しっかり気にかけてあげてね
まあ、茉莉がそう決めたなら、それでいいけどな。
「じゃあ、また、学校でな。風邪ひいたりして休むんじゃねえぞ」
濡れた服は洗濯と乾燥させたし、温めるために風呂にも入れたし、多分、大丈夫だとは思うけど。
「それから、これからはなにかあったら、すぐに連絡しろよ。また、雨の中に傘もささずに飛び出すような事態になる前にな」
そうでなくても、巻き込まれやすいんだから。
いや、巻き込まれたってよりも、白月が中心にいるって言うべきなのか。
なんにしても、用心するに越したことはないけどな。
「はい。真田くんも無暗に人を殴ったり、投げ飛ばしたりしないようにしてくださいね。檻の向こうになっても、会いに行ったりはしませんから」
「そんなこと、するわけねえだろ」
まだ未熟とはいえ、俺は武道家だぞ。理由もなく、暴力に走るわけないだろ。今回のことだって、理由があってやったことだ。もちろん、理由があればなんでもいいと思ってるわけでもないからな。
そもそも、人としての理性も、道徳も、最低限以上には持っているつもりだ。
今回だって、最初は話し合いでどうにかするつもりだった。相手が暴力に訴えてきたから、それに対応しただけで。そのことは、白月だってわかっているはずだろうが。
まあ、いい。このくらい軽口を叩き合える程度には、たとえ、強がりかもしれないとしても、白月も持ち直しているってことだからな。
「ただいま」
「お帰りなさい、朔仁くん。あら、白月さんは?」
出ていくときには一緒だったのに、しかも、着替えを取りに行くとか、寝泊まりする場所まで準備していたのに、俺一人で帰ってきたから、母さんには驚かれた。
「白月なら、問題がなくなったから、家に帰った」
せっかくの準備が無駄に、とは言わない。むしろこれは、無駄になったほうが良かったことだからな。
白月の叔父と対面して、ひと悶着あった直後だから声を大にしては言えないかもしれないけど、家族と一緒にいられるなら、それに越したこともないわけだしな。
「そうなの。残念ね」
「いや、残念ってことは。家族と――白月がそれで問題ないなら、うちに帰れるほうが良いだろ」
自宅っていう、帰ることのできる場所が保証されるなら。
あくまで、うちじゃあ、居候とか、その程度にしかならないからな。
「朔仁くんは、白月さんと一緒で楽しそうに見えたけれど。勉強も、武術も、一緒にしているんでしょう?」
「勉強はともかく、武術を一緒にしたとは言えないだろうけど」
あれは、武術というより、ストレス発散と言ったほうが近いだろうな。あるいは、俺が勝手に振り回して、余計なことを考えさせないようにしたとも言える。
「白月さんの力になってあげたんでしょう? 立派なことね」
「いや、立派とか……そんな風に考えてやったことじゃないから」
人ひとり殴りつけたことは、どう考えても、立派なことなんかじゃない。
もちろん、武術なんて、突き詰めれば、そのための技術なのかもしれないけど。
「過程を大切にするのは立派なことだと思うけれど、今回は、ちゃんと白月さんの助けになって、問題が解決できたのでしょう? それは十分、力になって、助けになることができたと、胸を張っても良いんじゃないかしら」
まあ、当人次第ってことなら、白月自身から、それから、白月の母親である縫子さんからも感謝をされているわけだけど。
それは、自分で誇るようなことじゃない。もちろん、自慢することでもないしな。
自信、つまり、気持ちが大切だっていうのは、わかるけど。
「でも、お料理を作りすぎてしまったわね」
母さんは困ったように頬に手を当てる。
泊っても問題ないようにいろいろと準備していた俺もだけど、母さんのしていた料理も。
「でも、それカレーだろう? 余ったとしても、冷凍させておけば問題ないんじゃないか」
それに、白月一人分の増えた量くらい、俺と父さんで食べ切れるだろうし。
さすがに、白月の分だったからとかって言って、白月家に届けたりはしないし。いや、届けたら、それはそれで、受け取ってもらえるとは思うけど、押し売りみたいなことはしたくない。
「そうね。でも、今度はぜひ、白月さんにもご飯を食べて行ってもらってね」
「こんな事態じゃなければな」
普通に、遊びに来たとかっていうことならな。
まあ、白月の母親はしっかり茉莉に対する愛情を持っていたみたいだから、しばらくは、茉莉も安全だとは思うけど……。
もっとも、今晩であっても、料理を作りすぎたから食べに来ないかとかって誘ったら、来てくれそうではあるけど。もちろん、縫子さんも一緒に。
「けど、そういえば、白月は今回のことで継父もいなくなったし、母親の仕事は遅いみたいだし、食事は一人でしているみたいなんだよな」
多分、日頃、家族――母親と顔を合わせる時間はかなり少なかったんだろう。
だからこそ、白月も継父の不審を伝えられていなかったわけで。いや、もし、時間があったとしても、伝えるつもりはなかったみたいだけどな。
それでも、縫子さんのほうが、継父の様子なんかに気がついていた可能性もあるわけで。
気にしているのといないのとでは、たとえ、目の前のことであっても、気づくか気づかないか、結構差が出るはずだしな。
「気にしていないと言っていても、女の子は繊細だったりするから、しっかり気にかけてあげるのよ」
白月茉莉が繊細ってたまか? いや、家から逃げ出して、雨の中に飛び出すくらいだから、繊細な面もあるんだろうけど、普段、それを他人に見せるようなやつじゃないと思うんだけど。
「俺が気にかけるまでもないと思うけど。爽司も気にしてるし」
爽司の場合は、まだ、告白まではしていないみたいだけど、気にする方向が違っているかもしれないけど、それでも、気にある相手のことなら、些細な違いでも気にかけるだろうし。
そして、女子に対するそういう対応ってことなら、俺より爽司に任せたほうがうまくいく、と思う。
「爽司くんには透花ちゃんがいるじゃない」
「いや、今のところ、爽司は透花と付き合うつもりはないみたいだし、白月のことは気になっているみたいだから」
それが、いつものナンパなのか、真剣なのかは、今のところわからない。
本人は、いつも真剣だって言っているし、実際、そのとおりだと、俺から見ても思うけど。
とはいっても、透花のことをまったく気にかけていないとか、そういうことじゃないみたいだけど、本当のところは爽司にしかわからない。透花のほうはわかりやすいんだけど。
だからこそ、爽司が気づいていないはずはないと思うし、それを放っておいている現状も――いや、止めとこう。
いざとなれば、どっちの背中でも押すつもりだけど、ここで俺が一人で考えていてもなんにもならないことだしな。
「爽司くんに遠慮しているのかしら」
「俺が爽司に遠慮?」
そんなの、したこともないな。
というか。
「そもそも、俺は白月のことを気にしているとか、そういうことじゃないから。いや、気にしているのは事実だけど、それはあいつがこう立て続けに巻き込まれたりしているところに、たまたま、遭遇しているからってだけで」
まあ、あとは、勉強を教えてもらっているお礼とか? それは、白月に言えば、順序が逆です、なんて言われるかもしれないけど。
「あら、運命的ね」
「……母さん、そんなことでいちいち騒がなくていいから」
息子のことだから気になるっていうのはあるんだろうけど。
「そうなの、残念ね」
残念、なんて言いながら、母さんは楽しそうに見えたけどな。