最初にするべきは
ていうか、助けられたとか、感謝するようなことをしていたって自覚はあるんだな。
さすがに、素直についてきた時点で、余計なことを、なんて言われるとは思ってなかったけど。
「いや、本当に今はまだ感謝とかいらないから。まあ、恩に着せておきたいとかってことじゃないのは言ったとおりだから、どうしてもってことなら、終わった後にしといてくれ」
負けるつもりはない。けど、どうなるのかは本当にわからないからな。
もっとも、負けとか勝ちなんてことも、今はわかってない状態なんだけど。
白月と叔父家族を引き離せて、安全を確保できたら勝ちになるのか? それとも、説得して、謝罪させるところまで? 謝罪したからって、反省してるとは限らないっていうなら、しばらくは様子を見る必要が?
「俺のことより、白月こそ、大丈夫なんだろうな?」
普段の調子なら、ほとんど、誰が相手であろうと問題ないと思えるんだけど、今の白月の精神状態をはっきりとは把握できていない。
もしかしたら、いざ、目の前にして、委縮する可能性だってないわけじゃないと思っている。
もちろん、そのために俺がついてきている面もあるわけだけど、しっかり、ケリをつけておくべきなのは、そのとおりだろう。
「もし、心細いとかっていうことなら、手でも握っていてやろうか?」
もちろん、冗談のつもりだったんだけど。
「そうですか。では、よろしくお願いします」
不安どころか、図太いとも言えるような様子で、白月が俺の手を握る。
俺から提案したことだったけど。
「自分で言っておいて緊張しているんじゃないですか」
「普段の白月の真似しただけなんだよ」
俺に似合うことじゃないっていうのはわかってるから。
だいたい。
「これから、戦いに行くんだろうが。手なんて繋いでると侮られるぞ」
たとえば、武術の試合とかってことなら、試合前まで相手に侮られているのは、決して、悪い意味ってだけじゃない。
侮られるっていうことは、油断を誘っているってことでもあるからな。その隙に一気に決められることもある。ルールの範囲内、実践じゃなく試合だってことなら、正々堂々の精神に則っている限り、卑怯だとか、そういうことじゃなく、油断なんてしているほうが悪い。この場合の正々堂々っていうのは、持てる技術のすべてを尽くして相手をするってことだからな。
でも、今回は、俺はあくまでサポートだから、そっちのほうが白月がやりやすいってことなら、それに従うけど。
「戦いではありません。意思を伝えに行くだけですから、侮られるもなにもありませんよ。少なくとも、私はそれだけのつもりです。感謝しているとは言いましたし、それは事実ですが、私がやらなければならないことですから」
白月は玄関扉の前で深呼吸を一度して、インターホンを鳴らす。
しばらく待っても、誰も出てくる様子はなく。
「どうやら、外に出ているようですね」
「この場合は好都合って言ったほうが良いのか?」
荷造り(と言っていいのか)を邪魔される心配が減るってことだから。
もちろん、インターホンが鳴っているのを無視して中で待っているってことも考えられるだろうけど。
「おそらく、中で待っているということはないでしょう。通常、私が帰宅した際、インターホンを鳴らすことはありませんから。それがあるのは宅配便など、家主が出てくる必要のあることがほとんどです。窓から見ていようにも、今は私たちも傘を差していますから、それだけで誰とは判別できないはずです」
「とにかく、さっさと済むならそれに越したことはない。俺までついて行く必要はないだろ?」
まさか、白月の荷造りを手伝えるはずがないからな。
「真田くんは年頃の女の子の部屋に興味がないということですか? 特殊な趣味をお持ちだとか?」
「隙あれば俺を貶めようとするんじゃねえよ。いいから、さっさと行ってこい。どれだけ時間があるのかもわからないんだから」
もっとも、ここで叔父が帰ってくるまで待っているって選択も、ないことはないんだよな。
そのほうが、一回で終わるから、楽でいい。
「はい。あ、ですが、真田くんも上がるだけは上がってくれませんか? さすがに、雨の中待たせるのは忍びないです。おそらく、時間がかかってしまうと思いますから」
女子だと身の回りの物が多くなるとか、そういうことか? まあ、イメージだけど。
「俺は外で待ってるほうが良いと思うけど……白月がそう言うなら、そうするか」
白月と叔父とをなるべく会わせないよう、相手が帰ってきたりした場合には、俺が足止めしていようと思ったけど。
結局、話し合いが必要なら、ここで顔を合わせても同じなんだよな。
白月が、俺の両親とかがいるほうが気が楽になるってことなら、うちに戻るまで待つってことも考えられるけど。
「一時避難のようなものですから、すぐに済むと思います」
家に上げてもらい、白月が自身の部屋へ入り、俺はその前の廊下で待つ。さすがに荷造りの場には邪魔できないし、するつもりもない。荷物詰めの終わった後の荷物持ちとかなら引き受けるけど、準備はさすがに手出しも、口出しも、見たりもできない。
「物色されたりなんてことにはならないのか?」
話を聞いた限りだと、絶対に大丈夫だとは言い切れないんだけど。
「正直、あまり想像したくはありません」
「まあ、そうだよなあ」
身内ってフィルターがあるだけで、性的被害一歩手前の状況だったことは間違いないわけで。
もし、可能なら、全部買い換えたいと思っていても、なにも不思議とは思わない。
「なので、そちらは考えていても仕方がありません。どうせ、バッグの収容量にも限りがありますから」
しばらく待っていると、白月が出てきたから。
「準備は済んだのか?」
「少し困ったことになりました」
いや、まあ、少しどころか、家を出て行かざるをえなくなっているっていうのは、大分困っている状況だと思うけど。
「バッグに全部荷物が入りきらなかったのか?」
「いえ。そうではなく――」
白月が言い切る前に、玄関の開かれる音と閉まる音が聞こえ――たかと思うと、慌ただしく階段を駆け上がり、俺たちのいる白月の部屋まで迫ってくる足音が聞こえてくる。
「茉莉。帰ってきていたなら――誰だね、きみは」
最初に聞くことがそれかよ。
まあ、一緒に暮らしている、この場合は、姪だとかってことになるのか? とにかく、親戚の年下の女子が男を連れ込んでいたら、気になるっていうのはわかるけど。
まず、心配するとか、謝罪するとかっていうのが先なんじゃないのか? 今のところ、白月の叔父と思しき相手から、そういった気配は見られない。いや、心配はしている、のか?
「真田朔仁です。白月――茉莉さんとは、クラスメイトです」
そういえば、目の前の相手も白月さんであることには変わりないんじゃないのか、と思って、言い直す。
「そのクラスメイトがうちになんの用だ」
明らかに、俺を邪険にしていて、それを隠すつもりもないらしい。
まあ、こっちも遠慮するつもりはないから、お互いさまだと言えなくもないけど。
「茉莉さんが身の危険を覚えたということだったので、しばらくうちで預かることにしました。そのための荷造りと、荷物持ちとして、こちらに帯同させてもらっています」
言葉にはしなかったけど、身に覚えがあるだろ? ないなら、そっちのほうが問題だし、あったらあったで、白月の出ていく理由もわかるよな?
「私の前で堂々と茉莉を誘拐するなどとよくも言えたものだな」
「誘拐ではなく、茉莉さんの意思と尊厳を尊重してのことです。事が事ですし、できれば、公に話すことは躊躇われていたのですが、なんなら、こちらは警察を呼んでいただいてもかまいません」
一応、粗を晒さないよう、言葉遣いにも気をつける。もちろん、気を抜いたりなんてことじゃあないけど。




