感謝なんてべつにいらない
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白月が荷物を取りに行くのには、当然、俺もついて行く。
荷物持ちのためとか、そういうことじゃなく、家族とひと悶着あるかもしれないからというための保険だ。俺にできるのはボディーガードくらいだけど、素人が相手なら、その程度は務まるとも思っている。
あとは、雨だし、傘持ちを務めるためってこともある。一旦、止んでたみたいだけど、今はまた、小雨以下程度で降っている感じだから。
白月の家でどんな話があろうと、結局、洗濯物なんかのこともあるし、たとえば、その場で謝罪が成立しようと、一度はうちに戻って来る必要があるからな。その場合、うちに荷物を持ってくる必要がなくなるから、俺は必要なくなるんじゃないかとはいえ、どうなるのかはわからないわけで。
「白月の、祖父さんと祖母さんは、やっぱり、こっちで一緒に暮らすとかっていうのは難しいのか?」
国内で、どれほどの近場だろうと、引っ越しって作業が大変なのはわかる。それが高齢ともなれば、なおさらだろう。
ただ、家族の危機とを天秤にかけたときに、どっちを優先するのかっていうことは。
「……そう、ですね。現実的ではないと思います」
白月本人としては、自分のことで迷惑をかけたくないってことなんだろうけど……こういうのは、俺から、あるいは、他人から説得しても意味がないんだよなあ。
白月本人が助けを求める気になるか、その、祖父母のほうから説得してくれるか。
ただ、説得するとか、そもそも、話をするには、白月のほうから現状を話さないといけないわけで。いや、本当のところを話さなくても、いきなり、こっちに来て、一緒に暮らしてください、なんて言い出したなら、結局、その理由を聞かれることは間違いないだろう。たとえ、理由も経緯も、なにもかも、なにも聞かずに一緒にいてくれるような心持の相手でも、誠意として、話さないでいるってことは難しいだろうからな。
俺としては――つまり、第三者からすれば――話さないでいるほうが、将来的にはかける心配も大きくなるんじゃないかと思うけど……それも、白月本人の選択なわけで。
「そうか。ああ、勘違いするなよ? うちに居させるのが気まずいからとか、そういうことじゃあ全然ないからな」
ただ、白月にとって、身内で味方してくれる相手がどこにいるのか、どうしたら連絡を取ることができるのか、みたいなことは把握しておいたほうが良いと思ってるだけで。
結局、家族っていうのは、大きいからな。法律的な意味でも、役所の対応って意味でも。
「はい。心配してくださって、ありがとうございます」
白月は、わかってる、みたいな顔をしていて、なんとなく小恥ずかしく、俺は顔を逸らした。
「今、その叔父ってやつは、家にいるんだよな?」
荷物をまとめていたりすれば、出くわす可能性は高くなる。
話を聞いた限りだから、ひどく限定的な情報しか知らないわけだけど、いまさら、思春期の女子の部屋だからって、入るのを躊躇うような性格のやつだとは思えないからな。あるいは、耳ざとく、戻ってきたのを察知されるとか。まあ、そのために俺がついてきたってところもあるわけだけど。
「……おそらくは。もしかしたら、べつの可能性もありますが」
「べつの可能性?」
家にいる以外だと、外出中ってことだけど、わざわざ、雨の中を外に出るような用事があるのか? 仕事とか? いや、それなら、白月が警戒する理由がわからない。そもそも、仕事の前に犯行に及ぼうとなんて、思わないだろ? もちろん、犯罪者の思考なんて理解できるはずがないから、絶対にない、とは言い切れないけど。
「はい。私を探すために外に出てきているという可能性です」
白月ははっきり言い切った。
「それは……あんまり、良い理由じゃあなさそうだな」
白月は、スマホも、財布も、なにもない状態だったわけで、探そうと思ったら、地道に足で歩いて回るしかないからな。
おそらくは、町内程度からは抜け出していないだろうって予想はつけられても、あんまり、現実的な手段とは思えない。人がいなくなって、まず向かうのは、警察だからな。
もっとも、白月叔父の白月に対する所業を考えたなら、警察になんて自分から行けるはずもないか。少しでも、罪悪感とか、そういう感情があるなら、だけど。そもそも、警察に行って、探す理由をなんて話すのかってこともあるし。
いや、まあ、そんな感情まったくなくて、警察に行って、自分の行状とか、理由なんかを全部喋ってくれたなら、そっちのほうがいろいろと早く済みそうではあるわけだけど。
とはいえ、俺なんかよりは、叔父のことについてはよっぽど詳しい(と言っても、しばらく一緒に暮らしてたってことだけだけど)白月の言っていることだ。どちらのほうが信じられるのかなんてことは、考えるまでもない。
「今度……なんてことはないに越したことはないけど、なにか事件事故に巻き込まれるようなことになったら、すぐに俺に連絡してこいよ? 可能な限り、急いで行くから」
いや、俺じゃなくても、爽司でも、透花でもいいけど。さすがに、誰でもいいから、なんて無責任には言えない。
「わかりました。ご厚意はありがたく受け取っておきますね」
こいつ……全然、連絡する気ないな?
そりゃあ、俺にできることなんて限られてるけど。
とはいえ、一応、言質は取った。忘れたら、どうしてくれようか。
「自分の言葉を忘れるなよ」
「はい。お礼は身体でしますから」
もちろん、その場でつんのめるとか、そんな無様は晒さなかったが。
「白月。おまえなあ……」
「真田くんがなにを想像しているのかはわかりませんが、勉強を一緒にしましょうということですよ。私のほうが成績が良いことは事実ですから、隣で勉強を見ていられるということです」
それがなにか? みたいな顔して頭を傾ける白月。
突っ込んだらこっちが負けだが、突っ込まなくても負けている。
つうか、今の今で、その自虐はずるくないか? いや、いつなら的確に返せるとか、そんなこともないんだけど。
「心配されなくても、こんなことは真田くんにしか言いませんから」
「……そうかよ」
爽司は、いや、他の男子もだけど、絶対、騙されてるだろ。
とはいえ、能力面に文句がつけられないのは、そのとおりだから、とくに反対する理由も……ないとは言い難いが、理解はされないだろうという、八方塞がり感がある。
「……感謝はしていますよ?」
白月は若干身体を傾け、下から覗き込むようにしてくる。もちろん、傘の範囲からは出ないように。
「感謝なんてべつにいらねえよ。俺が勝手にやってることだからな。白月をうちに連れてきたのだって、強引なことだったし。そんな風に考えながら遠慮気味にいられるほうが、困ることになるだろ」
それこそ、勝手に出ていくとか、そういう思考になりかねない。
「真田くんが勝手にやったと認識していることでも、私がそう思っていることは事実ですから。勝手にやっていることだと言うのなら、私も勝手に感謝していることにします」
まあ、白月が普段どおりにいられるなら、無理しないでいられるなら、俺にそれ以上なにか言うつもりはない。
あまりにも好き勝手やられすぎると困るかもしれないけど、白月がそんなことをするとは思ってないし。
もっとも、今だけのこと、そして、これからしようとしていること、起こるかもしれないことを考えたのなら、沈んでたりするよりは、明るさを持っているほうが良いんだけどな。もちろん、起こらないのが一番だけど。




