両親に説明
「母さん。すこしいいか」
リビングで掃除をしていた母さんに声をかける。
母さんは俺と、少し後ろにいる白月に目を向けてから。
「いいわよ」
ソファのほうを促す。
「どうしたの、二人であらたまって。べつに、お付き合いくらい、報告することはないのよ? 結婚というのだったら、挨拶をしてくれたら嬉しいとは思うけれど」
「そういう話じゃない」
こっちの緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれないけど、母さんの指摘をばっさりと切り捨てる。
「お父さんもいたほうがいいのかしら?」
「……そうだな。ここの家長は父さんなわけだし」
多分、白月的にも、両方に話を通しておいたほうが良いだろう。
「じゃあ、ちょっと呼んでくるから、待っていてくれるかしら」
考えてみれば、母さんよりも、先に父さんのほうに声をかければ良かったかもしれない。
いまさらだし、俺の部屋から道場に行こうと思ったら、真っ当な道なら、母さんのいるところを通り過ぎないわけにもいかなかったし、それなら先に声をかけたのが道理だったわけだけど。
「待たせたね。私が朔仁の父の正人です」
普段から、道着姿が正装みたいな父さんが、やはり、道着姿のまま席に着いて、白月を見据える。
「正人さん。そんなにまじまじと見つめるのは失礼よ」
「これは、申し訳なかった。それじゃあ、話を聞かせれくれるかな?」
一応、白月との話しが男女のあれこれじゃないってことは、母さんから伝えてくれていたらしい。こっちの真剣な雰囲気もあったんだろう(もちろん、母さんの場合はその硬さをほぐそうってことでもあったんだろう)けど、繰り返す必要はないからな。
「実は――」
白月から話させることはないと、事前に白月と話し合い――というよりは、無理矢理説得したって感じだったけど――俺から父さんと母さんには話をすることにしていた。
「――ってことで、しばらく、白月のことをうちにおかせてもらってほしい」
「それは、もちろん構わない。だけど、学校のことはどうするつもりだい? 着の身着のまま飛び出してきたということは、他になにも荷物がなかったということだろう? 今はうちの道着で済んでいるかもしれないけれど、学校はそういうわけにはいかない。そんな事のあった直後だ。学校に行っている場合じゃないと言っても理解は得られるだろうけど、そういうつもりもないんだろう?」
父さんの視線は白月に向けられる。
一応、学校の売店で、新しく制服を買うことはできる。
入学時に作ったのは、あくまでも、そのときの大きさについてだ。当然、入学後だって、成長して、服のサイズが変わったりすることはよくあるわけで、売店には、制服だろうと、運動着だろうと、各種のサイズが取り揃えられている。
とはいえ、そんな無駄な出費をするのは避けるつもりだけど。
「それは、これから、取りに行くつもりです」
「白月。取りに行って、そのまま、戻ってこないつもりとかってことじゃないだろうな?」
雨に濡れたままだった白月が、その後どうするつもりだったのか、それは言葉を濁されたけど、おそらく、時間をおいて、家に戻っていたんだろう。基本的には真面目なやつだから、個人的な事情で学校を休んだりするようなやつには思えない。
「それから、生活費の心配はしなくても良いのだけど、女の子だし、学生だ、いろいろと、ものは入用なんじゃないかな? 誰か、連絡のつく、助けになってくれるような家族の方とは、話ができないのかい?」
白月が特待生で、授業料やらなにやらの免除がされているらしいとはいえ、高校に通う以上、そして、普通に生活する以上、かかる費用はそれだけじゃない。
人間社会で生きていくうえで、金は絶対的に必要だ。
山に入って、木の実を取り、葉っぱや枯れ木で火を起こして、川で水や魚を調達して、洞窟に寝床を作って生活する、なんてことじゃないんだから。
話の持っていき方が性急すぎるとは思ったけど、どうしたって、避けては通れない、必要な話だ。
「……もしかしたら、母とは話ができるかもしれません。ですが、母は父を亡くして、少なくとも、いままで、継父との関係は良好です。継父が、母とは良い関係で続けて行けるというのなら、それを壊したくはありません」
それは……俺は、しっかり、母親にも話すべきだとは思うけど、白月にとっては、ただ一人の、産んでくれた母親だ。その、父親を亡くした後、ようやく手に入れられたかもしれない幸せを壊したくないというのは、わからないでもない。
いや、本当のところはわかってないのかもしれないけど。
「でも、いずれは話さなくちゃならないだろ? 少なくとも、白月の母さんは白月と一緒に再婚することを決めたんだろ? それなら、黙っていても、一時しのぎにもならないと思う」
偉そうなことを言うつもりはないけど、それは、幸せとは言わないんじゃないのか?
「もちろん、すぐに白月を引き渡そうってことはしない。さっきも言ったけど、それで同じようなことが繰り返されるなら、意味がないからな」
だから、白月自身で、母親に今の状況を認めてもらう必要がある。いや、認めるまではいかなくても、すくなくとも、意思は伝えておくべきだろう。
「とりあえず、しばらくのところは、友達の家に泊りがけで遊びに来ているとでも言っておけばいいんじゃないのか?」
そうすれば、一応は、帰らないことの理由にもなるし、時間は稼げる。その間に、どうするのか、考えたらいい。長期滞在の理由としては、苦しい言い訳であることは間違いないだろうけど。
内弟子云々はともかく。
「ふむ。形だけでも、この道場の内弟子になるという手もあるんだけどね」
親子で思考が似るんだろうか、父さんも、さっきの俺の提案と同じようなことを口にした。
ただし。
「もちろん、形だけのことだよ。実際に入門してくれてもいいけれど、その必要はない。なにも、武術のことだけが、修行ということでもないからね」
武術以外に修業なんて、なにがあるんだ?
いや、それはもちろん、料理だとか、書道だとか、あらゆることは修行、あるいは、練習が必要だろうけど、うちは武術の道場だろう? すくなくとも、対外的に説明するには、それが一番まともなんじゃないのか?
「朔仁くん。あんまり鈍すぎて、白月さんに迷惑をかけたらだめよ?」
母さんは困ったような顔を浮かべ、父さんはやれやれとでも言いたげに肩を竦めてみせた。
いや、俺が悪いのか? どう考えても、説明が足りていないのが悪いと思うんだけど。
「あの、正人様、沙和様。私はさ――朔仁くんとはクラスメイトというだけで、恋人だとか、将来を約束しているなどということではありません」
その話に流れを持って行くのに、俺のことを初めて名前で呼ぶようなことをすると、俺のほうが驚くんだが。
この場に真田は三人いるから、それじゃあわかりにくいかと判断したっていうのはわかるけど。
「そうなの? 私はてっきり同棲の許可も一緒にってことかと思ったのだけれど」
なんでそうなるんだよ。今の白月の話、聞いてなかったのか? そりゃあ、成り行き上、同じ屋根の下に暮らすことにはなったけど、それだって、一時的なものだし、こうなった経緯を考えたら、そんな白月相手にどうこうなんて、しようとか、思ったりも、するはずないだろうが。
母さんが俺と白月を見比べ、そこに。
「今のところは」
なんで、白月はそうやって、鎮火しそうなところにわざわざ薪をくべるような真似をするんだよ。




