ナンパから助けようとしただけで、他意はない
母さんなら同性ってこともあるかもしれないけど、同性だからって、ストーカーじゃないとは限らない。
もっとも、そんなことを言したらきりがないわけだけど、一応、さっき会ったばかりとはいえ、クラスメイトで、顔見知りとギリギリ言えるような相手のほうが問題は小さいだろうから。
それに、親の目の前でナンパなんてするわけないっていう言い訳も、できないことはない。
ただし、向こうからの直接的なアクションがないままに潰すと、そのまま諦めて帰る、もしくは、最悪、別のターゲットに切り替える可能性もある。
だから、できれば向こうから動くまで――なんて考えていたら、その二人組はあっさりと白月に声をかけに行った。丁度、コンビニを通り過ぎた辺りか。
さすがに、向こうの声までは聞こえないけど、歩き続ける白月に、めげずに声をかけ続け、行く手に立ち塞がりまでしたので。
「よう、白月。まだ帰ってなかったのか」
見ればわかる状況だけど、この場合、明らかに知り合いのやつが来たってことを知らせることが重要だからな。
男子と女子の制服で、ズボンとスカートの違いはあっても、上着のほうは同じだから、知り合い、今日が入学式と知っていて張っていたなら、同学年、もしくは、同じクラスってことまでわかるかもしれない。
まあ、名前を教えることになっちまったのはマイナスかもしれないけど、どうせ、白月茉莉なんてやつは、このあたりじゃあ有名人(本人の望む望まないにかかわらず)で、容姿を知られた以上、名前だけ黙っていても意味はないだろう。
ただ、余計な世話である可能性は、ないとは言い切れないけど。
「はい、真田くん。どうも、通行止めの道らしく、困っていたところです」
白月も、こっちの目的――って言ったらあれだけど――を正しく理解していて、簡潔に告げてきた。
俺と顔見知りであること、はまあいいとして、重要なのは、困っていたと発言したところだから。
これは、白月が俺を信頼しているとかってことじゃなく、たんに、一応はクラスメイトか、それとも、まったくの初対面のナンパ目的の二人組、どっちを取るかと判断した結果だろう。
「そうか。けど、通行止めはもう終わるみたいだから」
ボクサーの拳が凶器扱いされることがあるように、格闘家だって、ある意味、全身凶器といえなくもない。
ただのナンパ目的の素人だろう相手に、マジで喧嘩なんてしてられないし。
「おまえらもつまんないことしてねえで、スポーツでもするとか、大人しく家で遊んでるとかにしとけよ」
相手の年齢はわからない。
ただ、一般的に、高校の入学式の日付が違うとも思えないから、この二人は年齢的には先輩ってことになるんだろう。
もし、年下だとしたら、高校生のナンパに来たって根性を少しは認めないこともないけど。
ただし、白月の態度から、おそらくは年上なんだろうと予想はつくけどな。
だからって、俺の態度は変わらなかったけど。
「なんだと、てめえ」
「邪魔してんじゃねえ、ぶっ殺すぞ」
相手は、二人組ってこともあって気が大きくなっているのか、引き下がる様子はない。
「いや、邪魔してるのはあんたらだろ。今、白月が道を通れないよう邪魔されてるって言ってたじゃねえか。お望みなら、こいつをもって出るところに出てもいいけど」
俺は、高校進学を機に持たされることになったスマホを突き出す。
「ちっ」
「しらけることしてんじゃねえよ。行こうぜ」
途端に諦め、舌打ちして去っていく二人に、その程度で諦める程度の気概なら最初から女に声なんてかけてんじゃねえ、なんて追い打ちはしない。
つうか、やっぱり、後ろめたい気持ちはあったんじゃねえか。
俺はスマホを仕舞いつつ。
「余計な世話だったか?」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
白月の目が俺のスマホに向けられていたみたいだったから。
「安心しろよ。動画なんて撮ってねえから」
俺は一応、スマホを差し出したけど、大丈夫です、と確認はされなかった。
「今日は、ご両親は一緒じゃねえのか?」
両親と一緒にいるところをナンパしてくる猛者はなかなかいないだろうが。
「はい。どうしても、仕事の都合がつけられなかったようで」
白月は、そのこと自体は、気にしている風には見せなかった。多分、慣れているんだろう。
「今みたいなやつらが絡んでこないよう、家まで送ってくか?」
まるで、俺までナンパしているみたいな文言だが、はたして、白月は冷めた声で。
「ナンパですか?」
「違えよ。つうか、今の流れでナンパできるのは、精神力強すぎだろ」
ナンパから助けた直後にナンパって、精神力どうこうの前に、ただのやばいやつだろ。
「冗談です。顔も名前も知っているクラスメイトを初日からナンパなんてしないでしょうから」
次の日から登校しづらくなること請け合いだからな。
「ですが、家まで送っていただくわけには。真田くんの御両親も待っていらっしゃるようですし」
白月は俺の背後へちらりと視線を向ける。
「気にすんなよ。どうせ、そんなに遠回りするような話じゃねえし」
俺がそう話すと、白月はわずかに視線を鋭くして。
「私の家をご存知なんですか?」
クラスメイトとはいえ、初対面の相手に初日から家を知られているっていうのは、思うところがあって当然だろうけど。
「言っとくけど、白月はこのあたりじゃあ、ちょっとした有名人だからな」
知ってると思うけど。
それは、中学時代までの話が聞こえてきているってことで、中学までは学区域があるから、当然、学区域割りは違っても、近く(電車とかの世話にはならないって意味で)ではあるんだろうってことはわかるはず。
「この町のプライバシーはいったい、どうなっているんでしょうか」
「人の噂に戸は立てられないって言うし、仕方ないんじゃないか。いや、当人の白月にとってしてみれば、仕方ないで済ませられるような問題じゃないんだろうけど」
むしろ、迷惑この上ない話だろうが。もっとも、白月とは意味が違うだろうけど、うち――真田家も、この町では、ちょっと目立つというか、知られているような家ではある。
真田家は、そのまんま、真田流の武術の道場をしていて、遠近問わず、通ってきている門弟もいるくらい、それなりに広い敷地の家だから。いや、家族のプライベートなスペースって意味ならそれほど広いわけじゃないとは思っているけど、道場と庭があるからな。
ただ、それは、俺個人が有名って話にはならない。クラスメイトで、小学校、中学校くらいに、うちに遊びに来たことのあるやつから話しが広まって、学内程度なら、それなりに知られていた(実際、通ってきているやつらも、それほど多くはなくても、何人かはいた)わけだけど、それは、うちの道場がって意味だからな。
白月は小さくため息をつく。
俺でも知っている程度の話でも、随分と人気みたいだし、ああいう輩の扱いは慣れているみたいだったけど、それと、絡まれたくないっていうのはべつの話だろう。
さっきのやつらは、しつこそうだったしな。
「まあ、白月が不要だってことなら、余計な真似はしないでおくけど。俺的には、迷惑でもなんでもねえから」
この方向に来てたってことは、どのみち、途中までは一緒になるってことなんだろ?
「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません」
「そうか。あ、でも、一応」
と、俺はスマホを差し出して。
「一応、連絡先くらいは聞いておいてもいいか? もし、なにかあったら、連絡してくれていいから」
それとも、これもナンパに含まれるのか? 連絡先を聞き出そうとしているようにも、見えなくはない。
白月はわずかに口角をあげ。
「わかりました」
と、俺たちは連絡先を交換して。