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一緒にする提案

「白月さん。食べ物になにかアレルギーとかあるかしら?」


 昼すぎくらいに、母さんが俺の部屋に顔を見せた。

 休みの日には、俺は、午前と午後に跨るくらいには道場で鍛錬をしていて、休みをとるのにもわざわざ部屋にまで戻ったりしないで済ませるんだけど、今日は部屋に白月がいたし、なんとなく、一人きりにはさせたくなかったからな。 

 あれだけ言っておいたわけだし、白月がなにも言わずに帰るってことを心配していたわけでもないけど。

 それで、その午前の鍛練を終えて――そのときは、シャワーまでは済ませず、濡れたタオルと、一旦、着替えるくらい留まっていた――部屋で白月と手持ち無沙汰気味に過ごしていたところだったんだけど。


「いいえ。なんでも、食べられます」


 白月は小さく首を横に振り、そう答えた。

 うちの家業は身体が資本ってことで、食べるのも修行のうちではあるんだけど、まさか、客人の白月にまでそれを強要することはない。門下生としてこれからはいることになるってことでもないし。

 もちろん、俺たちに食事の好き嫌いがあるってことじゃなくて、量の話だけど。


「あの、手伝わせてくだい」


「じゃあ、お願いしようかしら」


 多分、母さんも白月に気を遣ったんだろう。

 客人なんだから、部屋で待っていてもらってかまわなかったわけだけど、白月もなにもせずにいて、すこしはほぐれかけていたとはいえ、表情とか姿勢、仕草なんかにも硬さは見られたからな。

 もっとも、それはなにも不思議なことはなくて、俺だって、いや、誰だって、急に他人の家に邪魔することになったらそうなるだろうって様子ではあったわけだけど。

 

「といっても、もう作るのは終わってしまっているから、お片付けと、そうね、夕食のときには声をかけるから、そのときはお願いできるかしら」


 白月を連れてきた直後は、とても、食事の好き嫌いなんて尋ねられる調子じゃなかったからな。

 つうか、よくよく考えれば、朝食だって抜いてる可能性が高かったんじゃないか? そんな相手をいきなり、道場に引っ張り込んだのはまずかったような。

 まあ、白月の身体が軽かったのは、一食抜いているからとか、そんな理由じゃなかっただろうけど。

 

「はい。こちらこそ、無理を聞いていただき、申し訳ありません」


 白月は頭を下げたけど、母さんは笑って。


「いいのよ。したいことがあったら、好きに言ってくれて。大変だったら、任せてくれてもね」


 母さんが言っているのは、食事の準備なんかの話なんだろうが。

 それじゃなくても、抱えている問題があるなら話してほしいってことでもあるんだろう。まあ、俺は聞いた――というより、半ば強引に聞き出したって言うほうが近いんだろう――けど、そう何度も同じ話を、それも初対面の相手にしたいだろうかと考えると、話の内容自体も含めて、そうそう口は開かないだろうとは思える。

 もちろん、母さんも、恩に着せて無理矢理口を開こうとは思ってないし、その気持ちは白月にも伝わっていることだろう。

 午後になれば、雨も大分小降りに、傘がなくても問題ないくらいになってきて、門下生も顔を見せるようになった。

 当然、その中には爽司の姿もあったわけだけど、さすがに、俺の一存で白月のことを話すわけにはいかない。あとは、爽司がどこまで本気なのかはわからないけど、なんとなく、白月がうちにしばらく滞在することになるかもしれないってことを伝えるのは躊躇われたっていうか。

 爽司に対して、後ろめたい気持ちがあったとかってことじゃなくて、そのことを話すと、結局、白月の事情も話すことになるからな。

 休日だし、少し長めの午後の鍛練を終えて、部屋でストレッチをする。


「朔仁くんは、身体も柔らかいんですね」


「そうか? うちに通ってきているやつらはだいたい、こんなもんだと思うけど」


 いや、うちの道場とか、武術を習っているやつに限らず、運動部的なものに所属しているやつなら、柔軟っていうのは、パフォーマンス的な意味でも、怪我をしにくいって意味でも、重要なものだからな。

 

「まあ、股割りはしっかりするからな。それに、たしか、透花も似たようなものだったと思う」


 透花もバスケ部――運動部だしな。

 直接、柔軟をしているところを見たことがあるわけじゃないけど、中学のときとか、あとは、この前のスポーツテストの長座体前屈の結果でも上位だったし。まあ、透花はそれ以外の種目もちらほら、上位に入っていたけど。 

 

「白月はどうなんだ?」


「真田くんほどではありませんから」


 とはいえ、白月も、立ったまま床に手を付けるくらいには、柔軟性はあった。 

 股割り――股関節とか、それ以外に関しては、まあ、もうすこし、気にしたほうが良いんじゃないかってレベルだったけど。


「俺も道場以外のやつのことは、長座体前屈の張り出される結果くらいしか知らないけど、もうすこし、柔軟性はあったほうが良いんじゃないのか?」


 それとも、一般の――運動を普段していないような人の柔軟性って、こんなものなのか?


「白月って、普段、運動のほうはなにかしてたりするのか?」


「いえ、とくに」


 白月は首を横に振り。


「じゃあ、明日から一緒に走り込みくらいはするか? それから柔軟も」


 体力は、あって困ることはないからな。

 まあ、白月が、テスト前に体力にあかせて徹夜で勉強、なんてことはしないだろうけど。

 

「私が真田くんのペースについて行けるとは思わないのですが」


「いや、いきなり俺と一緒に合わせて走れなんて言うはずないだろ。もちろん、俺のほうが白月に合わせて走るってことでもないぞ。ただ、時間を一緒に合わせようかってだけの提案だ。ちなみに、俺は学校があるときとかは、早朝に走ってる。放課後は、道場での武術の鍛練にあてたいからな」


 一人だと、やる気もなかなか起こらないものだからな。

 うちの道場に通ってきているやつらも、しばらく経っているやつらは、自主的に走り込みなんかもこなしているんだけど、入ったばかりのころは、そこまでやらないやつらは多い。 

 

「あと、純粋に体力があると、不審者に追われたときの逃走にも役立つぞ」


 それから、白月がどうかは知らないけど、中学時代の俺の勉強方法は、透花を頼っていたってこともあるけど、体力にあかせて無理矢理、みたいなところがあったし。

 

「まあ、今すぐに結論――」


「わかりました」


 すぐに決められることでもないだろうと思っていたけど、白月はあっさりと了承してきた。

 

「そうか」


 とはいえ、運動すること自体は良いことだと思う――もちろん、柔軟なんかも含めて――から、やる気があるなら、余計なことは言わない。こんなこと、強制みたいにされてやることじゃないからな。

 

「ちなみに、早朝というのは」


「まあ、毎朝、六時前くらいから三十分程度ってところだな。ああ、三十分程度っていうのは、準備運動とか、終わった後のストレッチやら、汗を流したりするところまで含めてってことだから」


 そのくらいなら、朝食、着替えを済ませて、登校時間に間に合う。

 近くの高校を選んだのは、その利点があったからってこともあるわけだし。

 さすがに、遠くの高校まで走って通うっていうのは、な。雨の日とかのリスクもあるし。

 

「もっとも、白月も一緒にってことになると、もうすこし、時間を――つまり、白月がうちまで来る時間と、うちから自宅まで戻る程度の時間くらいは、早める必要もあるかもしれないけど」


 とはいえ、そんなの、誤差程度だ。

 

「わかりました。では、明日からよろしくお願いします」


「マジか」


 提案したのは俺だけど、まさか、ふたつ返事で頷かれるとは思ってなかった。

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