恥じることなどなにもない、当然のことだ
基本的に、両親は家にいることが多い。実家で道場を開いていて、それが主な職だからな。
まあ、たまに、それこそ警察なんかにも術科師範とかっていうことでも招かれたりしているみたいだけど、あとは、臨時での雇われの護衛みたいな仕事とか……詳しい話は聞いたことがないし、そもそも、息子といえど、話さないほうが良いような機密の関わる仕事もあるようで、全部を知っているわけじゃないけど。
そんなことだから、多分、警察への覚えもめでたいだろう。きちんと話に向かえば、聞いてもらえるはずだ。
物語では主人公がヒロインの問題を解決したり、危機を救ったりするわけだけど、現実、白月のことを救えるとしたら大人のほうが確実だ。もちろん、白月が信じられると思ってくれるのならって話だけど。
ただ、まあ、襲われかけた直後で、顔見知り程度の他人である大人にそういった話をするってことに抵抗があるのはわかる。白月が俺に話したのは、多分、巻き込んでしまったことへの責任感とか、そんな感じなんだろうけど。
「警察とか役所とかってことは考えなかったのか?」
第三者である、たとえば、俺とかからの報告ってことなら対応が長くなりそうだけど、被害者である白月本人ってことなら、ある程度なら、対応もスムーズに行われるんじゃないのか?
「お恥ずかしい話ですが、とりあえず、あの場から逃げることしか考えてはいられませんでした。真田くんの走っているところに通りがかったのも、意図してのことではありません」
全然、恥じることじゃないだろ。むしろ、当然だろう。
俺は当事者じゃないし、こうして白月から状況を聞いているだけだから、そのときの白月の感情とか心情までを理解できるわけじゃない。もちろん、他人に――あるいは、身内と思っていた相手にでも――襲われそうになるなんて経験もないしな。
それに、警察や役所でも対応してくれるのが見知らぬ男性かもしれないってことはあるわけで。
「まあ、今すぐ考えるのは無理だろうけど、俺の一存だけで白月を泊めることはできない。すくなくとも、うちの両親には話をする必要がある。それはわかってくれ」
本当は、俺にだって話をするのは躊躇うことだったかもしれない白月に、無理を、それも、立て続けに言っているのはわかっている。
けど、所詮俺は一人の高校生ってだけで、できることには限りがあり、白月の問題を解決したいと願うなら、大人の介入は不可欠だ。その白月の継父ってやつをぶっ飛ばしてそれで済むって話じゃないだからな。
そもそも、親権って話もある。白月の場合、継父って話だし、そういう場合にどうなっているのか、俺にはさっぱりわからないんだけど。
「そ――」
「言っとくけど、迷惑になるだろうから出ていくなんて言い出すなよ? そっちのほうが面倒なことになるからな。これは、あれだ、住み込みで家庭教師でもしているとでも思ってればいいだろ。衣食住とかは、その礼ってことで」
とはいえ、白月の実母には、どうにか話をしなくちゃならないだろうな。
直接白月の家に行けば早いんだろうけど、それだと、その継父も一緒にいる可能性は高い。
「白月の見立てでいいんだけど、白月の話をした場合、母親と、その継父ってやつの対応とか、反応はどうなると思う? 継父はともかく、母親は白月の話を信じて、味方してくれそうなのか?」
もちろん、きちんと場を整えて、第三者を含めて、冷静に話し合いのできる場を設けた場合って話だけど。
今の話を聞いて簡単にいるわけじゃないけど、やっぱり、実の母親が味方かどうかっていうのは、大切なことだろう。こんな風に疑っていること自体、精神的に良い状況とは言えないしな。
白月は目を伏せて。
「すみません。わかりません」
「いや、責めてるわけじゃない。悪かったな」
たとえば、表面的に謝罪の意だけを示してきて、家での態度が変わらない、あるいは、より悪化するってことにでもなるなら、意味がないからな。
「俺に考えられる対応は、そんなに多くない。たとえば、白月の家族とか、うちの両親とか、警察、児相、役所、学校……まあ、そんな感じの機関にうちにでも集まってもらって、包み隠さずに打ち明けたうえで、対応を検討するとかな」
その継父を一発ぶん殴って、それで目を覚まさせることができるっていうなら、簡単でいいんだけど。
「うちの迷惑は全然考えなくていい。白月自身はどうしたい? 家族とはしばらく距離をとっておきたいのか、それとも、元どおりは難しいかもしれないけど、仲を良好に過ごしていきたいのか、あるいは、完全に縁を断つとか、復讐したいとかって考えているとか」
まあ、最後のやつを選ぼうってことなら止めると思うけどな。もちろん、白月がそんな短慮だとは思ってないけど。
「……すみませんが、今はわかりません。もう少し、自分の中でも整理をつけたいので」
「そうだな。ただ、自分で考えすぎて、嵌りすぎるなよ。吐き出したいと思ったなら、俺でも、あー、まあ、透花とか、爽司でも、いつでも連れてくるから」
同性のほうが話しやすいってこともあるだろう。
爽司だって、女子を慰めるのは得意だろうから。
「むしろ、吐き出してくれ。溜まりすぎてどうにかなるほうが困る」
学校にはカウンセラーもいたはずだけど、この話をすれば、学校全体――職員の話だけど――の問題になる可能性もある。
もちろん、生徒個人のプライベートだから、他人に明かすとかってことはないかもしれないけど、本人が学校に通えなくなるとか、健全な学校生活の妨げになるとかって判断された場合、どうなるのか想像もつかない。
たとえば、教育委員会だとか、そのくらいのところにまで話が持って行かれたほうが、白月の心身の健康上良い影響になるとかって判断してのことなら、そっちのほうが良しとされるのかもしれないけど、それよりも、白月の気持ちのほうが大切だとは思うから。
「それから、これも悪いんだけど、いちいち気にしてたらなんにも聞けなくなりそうだから聞くけど、襲われかけたって言ったよな? 実際に手を出されたのか? それとも、ギリギリでも未遂だったのか? 白月のほうから反撃っていうか、抵抗とかはしたのか?」
こんなこと、ついさっき襲われかけた白月本人に聞くことじゃないかもしれない。心のないやつだと思われても仕方がない。
けど、そこをはっきりさせておかないと、今後、話し合いとか、場を設けたとき、困ることになる。
「触れられはしましたが、怪我をさせたり、怪我をしたりといったことはありません……ないはずです。もちろん、証拠も」
それは……良かったと捉えるべきだろうな。
相手の事情とかは知らないけど、それならまだ、謝罪させるとか、やり直す可能性がないわけじゃない、と思う。
もちろん、白月がそれを望むのか望まないのか、そういう問題はあるにしても、選択肢があるのは無駄にはならないはずだ。
もっとも、逆に相手側からそれを主張される可能性もあるわけだけど……それ以上詳しい話になると、専門家じゃない俺にはわからない。今だって、俺にできているのは、せいぜい、白月的にはどうだったんだろうと考えるとか、話を聞くくらいのことだから。
だけど、そんな消極的なことを、まさか、白月の目の前ででも言うべきじゃないんだろう。
「安心しろなんて言えないけど、こうして関わっちまったからな。それ以上は無視してなんていられないし、とことん、付き合うから。もちろん、白月の気持ち次第だけど」
ただ、逃げ出してきたのは、自分ひとりじゃあどうにもらないと思ったからなんじゃないのか?




