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白月茉莉の事情

 いや、滅茶苦茶な話と決めてかかるのはまずいか。本人にとっては深刻なことなんだろうからな。

 それを笑い飛ばしてやろうと考えている俺はどうなんだって思わないでもないけど、とりあえず、話を聞かないと判断はできないし、したくない。

 とはいえ、急かしても良いことはないし、視線を合わせるために、俺もその場で座り込む。もちろん、そのまま寝技に移行して、なんてことはしない。

 

「……お風呂のすぐ後にこんなに汗をかくようなことをするということについては、どう思いますか?」


「いや、まあ、今日は雨だったし、どうせ走り込み終えたら稽古するつもりだったから、べつに」


 さすがに、雨に濡れたまま、あるいは、タオルで拭いただけの格好で道場に上がるなんてことはできないし。

 それこそ、今までに食べたパンの枚数でもないけど、雨の日に稽古をしたことなんて、数えるまでもないことだからな。数えきれないって意味で。

 

「風邪をひかれたりしたことはないんですか?」


「俺をなんだと思ってんだよ。昔にはひいたこともある」


 最近はないけどな。もちろん、雨の中での走り込みを続けたから身体が丈夫になったとか、そんなことはない。

 たとえ、雨に濡れたとしても、お湯でしっかり温まって、濡れたままにせず、食事も運動もまともにこなしていれば。

 

「それで、俺が聞いていい話なのか?」


 いまさら、なあなあで済ませるつもりはない。

 それなら、いつ切り込むのかってことは、早いか遅いかの違いだけだ。

 けど、普通、助けを求めるとかって話なら、警察とか、児相とか、学校とか、まともな相手は――すくなくとも、クラスメイトってだけの、一高校生の俺よりは――いるわけで。

 

「私には親が三人いるんです。生まれたときの両親と、実父が他界して、母が再婚してからできた継父です。もっとも、母が再婚したのはわりと最近のことなのですが。名字は変えなかったようです。最近は夫婦別姓も珍しくありませんし、母は父を想っていたことは間違いなかったので」


「待て待て待て」


 それなりの理由があるんだろうとは思っていたけど、想像以上に重そうな話なんだが。

 これ、本当に俺が聞いていいやつか? 一応はどんな話でも受け止める覚悟でいたけど、さっそく、決意が揺らぎそうなんだが。

 

「その話は、簡単に話していいやつなのか?」


「簡単にではありませんよ。というより、そのこと自体に対して、私に思うところはあまりないんです。実父が他界したのは、もう、十年以上は前のことなので。はっきりとは覚えていないのですが、そのくらい前だということです」


 そう、なのか。

 いや、本人が気にしてないって言っていることだから、俺が気にするのは筋が違うんじゃないかとは思うけど。

 

「私は学生の身で、そもそも、法律で十五歳以下は就労できませんから、まともに自分で稼ぐというのは無理なのですが。もちろん、モデルだとか、役者だとか、そういった方たちを否定しているわけではありません。それでも、私を長い間その身一つで育ててくれた母の決めたことですから、良いも悪いもないとは思っていたんです」


 そんなことはないだろう。白月の母親のことを知っているわけじゃないから、俺から言えることなんてないかもしれないけど、白月の口調からは、母親に対する愛情は感じられたし、話に耳を傾けてくれないなんてことはないんじゃないのか。

 そうは思ったけど、白月の話が終わるまでは口を挟まないでおく。


「その相手とは、私はほとんど顔を合わせたことがあったわけではありませんが、それでも、何度か顔を合わせる程度はしていました。本当に、それだけだったはずです。少なくとも、私の認識としては、母の知り合いの男性の一人、というものでした」


 まあ、それはそうだろう。

 たとえば、正月とかに親戚同士である交流でお年玉をくれるとか、そんな関係であるはずもないし。

 

「本当に、まともそうには見えていたんです。いえ、その程度にしか私から歩み寄ろうともしていなかったと言えば、そのとおりではありますが。それで、ついさっき、襲われかけまして」


「おい。俺、聞いたよなあ? これ、俺が聞いていい話なのか、簡単に話していい話なのかって、聞いたよな?」


 さては、白月、小学生のころ、通知表の人の話を聞くの項目で、もう少し頑張りましょうをもらってた口だな?

 いや、人の話を聞かないのに、あの成績はないか。

 

「雨が降っていたのは幸いでした。流されてくれるかもしれないので」


 だから……まあ、もう言わないけど。

 とりあえず。


「……そんな状況でよく、俺についてくる気になったな」

 

 普通、男性、いや、他人を避けてもおかしくないだろ。


「真田くんが強引に引っ張ってきたんじゃないですか」


「それはそうだけどな……」


 俺が悪いのか? 件の、母親の再婚相手かもしれな男のことは別にしても、この件に関しては、白月の危機感の欠如が問題じゃねえか?

 一応、前に、不審者に対する簡易的な自己防衛は教えていたと思ったけど。まあ、教えたのは俺だけどさ。

 

「まあ、吹っ切れはしないよな」


 こんな、何度か投げた投げられたなんてしたくらいで。多少は気が晴れたりするかもしれないけど、それも一時的にはって感じだろうし。

 

「とりあえず、うちにはいくらいてくれてもかまわないからな。俺としては、しっかり、少なくとも、母親とは話をするべきだと思うけど、今すぐには無理だっていうのはわかるつもりだ」


 問題は、今、白月が身一つでほかになにも持っていないように見えるところだけど。多分、あったとしてもスマホとか、その程度か?

 その家に帰れとは言えないけど、学校はあるわけで。学校なんて行ってる場合じゃないと言えば、それはそのとおりなんだろうけど。

 一応、制服は学校でも買える。教科書類だって、他クラスのやつに借りに行くのはわけもないことだし、なんなら、俺のやつをコピーして使うんでもかまわない。

 

「白月の母親っていうのは、いつごろ帰ってくるのかとか、だいたいの時間はわかるのか?」


 少なくとも、今は家にいないんだろうから。


「……わかりますが、母があの人を信じているんだろうというようなことはわかるんです」


「だから、白月の言ってることを信じてもらえないかもしれないと?」


 それは、白月も自分の母親のことを信じていないってことにもなるんじゃないのか? という台詞は呑み込んだ。 


「うちは道場だし、スペースは余ってる。白月がかまわないなら、いてくれてもなにも問題はない。ただ、その場合、父さんとか母さんに、まったくなにも説明しないでっていることは無理だろうな」


 詳しい経緯を全部話す必要はなくても、下手すれば、相手側から誘拐だとかって騒がれてもおかしくないからな。

 たとえ、誘拐だと騒がれようが、俺が信じているのは白月だから。


「まあ、前にも言ったかもしれないけど、うちは不審者から逃げるために逃げ込むための家ってことになっているからな。その男が、少なくとも今は、家族でもなんでもなくて、白月の生活が脅かされそうになってるってことなら、お国のほうでも許してくれるんじゃないか」


 物的証拠がないなら、警察に行くのは難しそうかもしれないけど。 

 それでも、手を出そうとするほどに白月に執着してるなら、もしかしたら、探しに来るかもしれない。まあ、うちの通用門は大分いかつい感じで、不純な気持ちで近寄ろうとは思えないかもしれないから、ここに手が伸びることはないかもしれないけどな。

 仮に、逃げ込むのにはここしかないんじゃないのかって当たりをつけられたとしても。

 

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