一発張り手をかますくらいかまわないんじゃないのか
そう言われてもな。
いや、透花のほうの想いの丈の話じゃなく、俺自身、自分の感情のことを、恋だの、愛だのと思っているわけじゃないってことで。
もちろん、人それぞれだってことはわかってる。
でも、まさに目の前に、十数年拗らせてる馬――面倒なやつらがいるわけだし。
それとも、それを見ていてなお、今の俺が自分の気持ちを理解できていないと言われるようなら、俺もその仲間ってことなのか?
俺だって、恋だの愛だのっていう気持ちがどういうものなのかわかっているわけじゃないけど、今、俺が白月に対して思っているのは、ただのクラスメイトというよりは少しは親密だろう、という程度だ。そのはずだ。
もちろん、危険な目に合うところだった場面に居合わせているわけだから、そういう意味では目が離せない――離さないほうが良いんじゃないかと思っていることは事実だけど。
そして。
「いや、そういうことならやっぱり、恋とか愛とか、そんな風に言われるものじゃないと思う」
これだけ考えられているんだから。
衝動的に否定しようとか、それでも止められないとか、そういうこともないしな。まあ、爽司の本気を測りかねているとか、そういう部分が多少は関係しているんだろうけど。
まあ、未来のことはわからないってことなら、今はまだとか、今のところは、とかって言葉をつけてもいいけど。
「お節介なことを言ってしまい、すみませんでした」
透花に頭を下げられる。
「いや、まあ、お節介なんてほどじゃないけど」
べつに、透花に言われたからって気になりだすとか、そんなこともない……はずだから。
「実際、白月のことが気にならないって言ったら嘘になるしな」
白月がどう思ってるのか、本心はわからないけど、あの外見で気にならないやつがいるっていうなら――男でも、女でも――そいつは一度、眼科に行ったほうが良い。
もちろん、その後も特別興味を惹かれるかどうかって話とはべつだ。クラスメイトだって、さすがに入学当初はみられた好奇の目なんかも、今は常識的な範囲に収まってるしな。
「それは透花だって変わらないだろ? 爽司が気にしてるとか、そういうこととは関係なく」
友好関係と言える程度のものは築けているみたいだし。
それとも、女子から見たら印象は違うとか? そういう話は、できれば遠慮したいところだけど。
俺は、透花がそういう穿った見方をすることはないだろうと思ってるけど……。
「はい。茉莉ちゃんとは、友達、です」
透花は口元をほころばせる。
恋敵だとかってことで、嫉妬なんてことはしてないらしい。実際、白月のほうにそういうつもりがないのは見て取れるからだろう。
あるいは、自分から爽司に言い出せないことに不甲斐なさを感じていて、爽司の行動なんかをあれこれ気にしていないとか。いや、まったく気にしてないってことじゃないとは思うけど。
でも、詳しくはないけど、恋敵? 同士でいがみ合ったり、喧嘩だったり、雰囲気が悪くなるようなことよりは大分マシ――比べるまでもないことだろう。
「俺は――爽司や透花からすればお節介とも思えるようなことをするかもしれないけど、基本的に、どっちにも肩入れしないからな。まあ、さっさとくっつけよとは思ってるけど」
お節介はしないと言いつつ、直後にお節介を口にする俺は、大分間違っているんじゃないかとは思うけど、この程度、べつにかまわないだろ?
爽司だって、透花を好きじゃないってことはないだろうし、透花に関しては、あらためて確かめるまでもない。
それを踏まえたうえで、どっちに対しても、せっつくような真似は、極力したくないってことだ。
もちろん、協力してくれとかってことなら、手を取るけどな。さすがに、道を外れようとかってことなら、止めるだろうけど。
「今日のことだって、俺じゃなく、爽司と一緒に帰ることだってできただろ。爽司に遠慮する必要とか、一切ないし」
気づいているのかいないのか、爽司も爽司だとは思うけど。
だいたい、爽司がふることなんて、まずありえないんだから、さっさと告白でもなんでもすればいいのに。
「もしかして、爽司が誰かと付き合ってるから遠慮してるとかってことか?」
さすがに、交際相手のいる相手に告白するのは、無謀というか、空気が読めていないと言われるだろうけど。
とはいえ、安全上のことではあっても、爽司が白月を送っているのは事実だしな。
聞いておいて、俺は透花の答えを待たず。
「いや、悪いな。お節介は焼かないとか言っておきながら、完全に余計な世話だった」
どのくらいまですると余計な世話になるのかってことはわからないけど。
このくらいなら、まだ、幼馴染の範疇だろうか。
「俺は、はっきり言ってくれないとわからないんだけど、いや、二人の間を取り持とうとしてるとか、そんなことでもないんだけど、あー、いや、なんて言ったらいいのか、うまく言えないな」
他人の恋路に口出しできるほど、知識も経験もないからな。そもそも、そんなことはしないほうが良いと思ってるとかって話でもあるけど。
応援はしたいところだけど、邪魔になりたくはないからな。
「とにかく、俺が言いたいのは、爽司の横っ面に一発張り手でもかますくらいで丁度良いんじゃないかってことだ」
そうすれば、他の女子のほうを向いてる爽司の顔の向きを変えられるかもしれないだろ。
「そ、そんなこと、できません……」
「だよな」
俺は毎日の鍛練で、何度も爽司とどつき合ったりしてるけどな。
「今日はありがとな。部活も大変だっただろうけど、透花がいてくれて助かったよ。マジで感謝してる」
白月が教えるのがうまいってことは事実だけど、透花も負けているわけじゃないから。
実際、成績だけで比べるなら、白月のほうが上なわけだけど、僅差だし、俺からすればどっちも変わらない……って言ったら、失礼になるのか?
なんにしても、感謝してることは間違いない。
できることなら毎日、と言いたいところだけど、それはさすがに無理だから。
「これからも、こうして勉強を見てくれると助かる。もちろん、爽司のことも同席させるから」
爽司のことは要領のいい奴だとは思ってる。多分、分野を考えないのなら、鳳凛高校内でも、トップクラスに。
そうじゃなければ、入学早々、先輩の誰それと付き合うなんてできるはずもないだろうし。本人の気質ってだけじゃあ、さすがに無理だろう。
その努力を他に向けてくれ……なんてことは言えない、俺にだって、興味のあることないことで、真面目に取り組める度合いは違うからな。それこそ、武術と勉強とか。
「まあ、白月も一緒にいてくれるとは思うんだけどな。実際、助かるし」
白月には勉強を教えてくれ、見てくれって頼んでいるけど、あんな程度のことでいつまでもっていうのはあれだから、そのこととは関係なく、頭を下げるつもりだけど。
それはそれとして、断られることもないんじゃないかって雰囲気は感じてるから。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
なにがこちらこそなのか。まあ、形式的なものだろう。あるいは、透花の人柄か。
俺が透花によろしくできることなんてないだろう。あえて言うなら、爽司のことかもしれないけど、それは、透花があんまり必要としてなさそうだしな。
あるいは。
「なにか考えているのか?」
「それは、考えていますけど」
はぐらかされたらしい。まさか、透花が道場に通いたいと思ってる、なんてことじゃないだろうし。いや、心変わりしてくれるなら、それが透花本人の意思ってことなら、俺としては歓迎だけどな。