止めようとして止められるものではない、らしい
俺が白月のことを気にかけているかって?
それはもちろん、気にかけてはいるだろう。いち男子としてってことだけじゃなく、こうして勉強だって見てもらっていたり、そもそも、あんな風に襲われかけたところに遭遇すれば、気にならないでいるほうが難しい。
「あー、もしかして、それはあれか? 俺が白月とどうこうっていうほうが、透花にとっては都合が良いとか、そういう話か?」
透花は口を噤むけど、それが答えだった。
まあ、そこまであからさまなことでもないんじゃないかとは思うけど。
俺に女心のなんたるかなんて、偉そうに口にできることじゃないけど、その程度、べつに、狡さとか言うやつもいないだろうから、気にする必要はないと思うんだけどな。
とはいえ。
「さすがに、そんな気持ちでは白月とっていうか、誰かと付き合ったりなんてできないだろ。相手に失礼だからな」
幼馴染の爽司と透花の関係を応援しているから、爽司の目をそっちに向けるために付き合おうとか、全然、誠実さの欠片もないし。
そんなことは、わざわざ、俺から言われるまでもなくわかってるとは思うけど。
「言っておくけど、白月が魅力的じゃないとか、そういう話じゃないからな」
そりゃあ、客観的に見れば、美少女であるってことは間違いない。それは断言できるけど。
外見っていうだけじゃなく、なにか、惹きつけるものを持っているようにも感じている。
ただ、知り合って、せいぜい、一か月程度だぞ。世の中に一目惚れって概念があることは理解してるつもりだけど、基本的に、知り合って間もないやつに、惚れただのなんだのと言われたって、しっくりこないだろ。それこそ、よっぽどの事情でもなければ。
たとえば、お見合いだとかってことで、最初から結婚する心づもりでいる相手とかってことなら、気の持ち方から違うわけだから、それなりにはすんなり進むってこともあるかもしれないけど。
「はい。それはわかっています……」
透花の返事は、どこか、歯切れが悪く、落ち込んでいるような感じで。
すくなくとも、俺の知っている透花は、誰かの悪口を言ったりするようなやつじゃないんだけど……。
「透花は告白しようって考えたことはないのか? そりゃあ、爽司はしょっちゅう誰かと告白した付き合った別れたなんて繰り返しているようなやつだけど、誰にもアプローチをかけてないときだってないわけじゃないだろ」
正直、お節介すぎることだってことはわかってる。
ただ、こっちもそろそろ、十年以上の付き合いになる(正確には、すでに十年は経っている)わけで、さっさとどうにかしろって気持ちがないわけでもない。もちろん、どっちに対しても。
「……まったく脈がないってことじゃないと思うんだけどな」
たしかに、これだけ近くにいて、爽司は透花に告白したりなんてことはないんだけど。
それだけ考えれば、対象外だからってことにもとれるだろうけど、俺はそうは思わない。じゃあ、そこまではっきり意識させる方法はってことになると、案はなんにも出ないんだけどな。
「俺から話しておいてあれだけど、こういうことは女子のほうがいろいろ、心強いっていうか、親身になってくれるんじゃないか?」
俺なんかより、よっぽどマシな話をできると思うんだけど。
べつに、透花は孤立してるとかそういうことじゃないし、そりゃあ、個人個人の話だから、俺がわかった風に口出しできることじゃないだろうけど、そういう話をできる友達くらいいるだろ。
俺から見た透花は、敵とか作るタイプじゃないしな。
というか、中学の時とか、周囲の女子は透花の気持ちなんて、とっくにわかってたんじゃないのか? いや、爽司と付き合ってたやつらもいたんだから、わかってなかったのか?
「女の子には話せませんから……」
透花が呟くのを聞いて、俺は首を傾げる。
「同性のほうが相談しやすいんじゃないのか?」
それこそ、こんな話をできる異性の友人なんていないだろ?
「……女の子はいつ爽司くんと付き合うことになるかわかりませんし、そうなったとき、恋愛相談をされたなんて話は、絶対に話題に上がりますから。仮に、その子に直接相談したわけではなくても、噂が広まるのはあっという間ですし」
秘密というのは皆が知っているということだっていう言葉もあるくらいだしな。
それで、爽司の耳に他人の口から入るのは透花の望むところじゃない、と。
爽司が軽いやつだっていうのはわかる。けど、透花のほうも透花のほうで拗らせすぎなんじゃないかとは思えてくる。
もちろん、本人の気持ちなんだから、俺にどうこう言えたことじゃないってことはわかってるけど。
俺個人の感想を言わせてもらうなら、噂が広まるのを気にするとか、いまさらな気もするんだけどな。
むしろ、そうやって、逃げ道塞いでいったほうが良いんじゃないのか?
まあ、そうやって無理矢理透花のほうを向かせるのが、透花の気持ちに反しているっていうなら、周囲が唆したり、取り持とうとしたりっていうのはしないでおくけど。
しかし、この調子だと、あと何年、いや、十年以上かかるのか? まあ、十年以上かかるってことは、二人の関係がまだ十年続くってことで、それはそれで喜ばしいと言える状況かもしれないか。二人が、十年仲良く付き合っているんだとしたら。
というか、そんなことになっていたら、周囲からはとっくに付き合ってるとかって見られるんじゃないのか?
さすがに、妄想というか、想像が過ぎるから、この辺で止めておくけど。
「本当に付き合うことになったら、いずれ、噂なんて広まるんだから、気にしすぎだと思うけどな」
今のところ、俺には二人のどっちかってことでも、焚きつけてやろうとかって気持ちはないけど、高校も卒業しようって頃にまでなったらわからないし。
爽司の噂の広まり具合は、透花もよく知っているはずだ。それが、良い感じなのか悪い感じなのかってことはともかくとしても。
「まあ、愚痴くらいならいつでも聞くから。無理かもしれないけど、もっと気軽に構えてろよな」
「はい。ありがとうございます。朔仁くんも……やっぱり、なんでもありません」
絶対、なんでもなくはないだろ。
まあ、それを言うのはお節介だと感じたってところか。そんなの、いまさらなのにな。そんなこと言い出したら、今俺がしてるのは、特大のお節介どころじゃなくて、まさに、いい迷惑ってやつになるだろうし。
それに、思い当たることも――。
「言っておくけど、俺に白月に対してどうこうって気持ちがあるわけじゃないからな?」
せいぜい、その程度のことしかない。
「そうなんですか? 朔仁くんが女の子のことを気にされるのは珍しい気がしたので」
「その理由はさっきも言ったと思うけどな」
今のところ、それ以上でも、それ以下でもないから。いや、まあ、爽司がなにやら懸想でもしているっていうくらいには考えてもいるけど。あとは、美人で賢いとか? 細かく言えばまだあるかもしれないけど、せいぜい、そんな程度だ。
そんなやつに、俺からどうこう想うなんてこと、するわけないだろ?
「朔仁くんは、爽司くんとずっと一緒にいるわりには、そのあたりの機微については疎いんですね。いえ、一緒にいるから、でしょうか」
「どういう意味だよ」
透花がなにやら意味深に呟くから聞いてみれば。
「偉そうに聞こえてしまったら申し訳ありません。ですが、想いというのは、本気になったなら、そんな風に理性で考えて止められるものではないということです。それは、身に染みてわかっていますから」




