入学式のストーカー?
今日は入学式という関係上、一年生と、上級生は一部しか参加していないってことだったが。
一緒に来た両親は、おそらく、合流しただろう、爽司や透花の両親と一緒にいるはずだ。教室じゃなかったってことは、体育館かどこかに先に通されているって感じか。
高校に進学したからといって、入学式にやることが大きく変わるわけじゃない。
関係者の大人側から、それから、生徒代表ってことで、現生徒会長の三年からの挨拶。それと、合唱部の有志が駆り出されたのか、校歌の斉唱。新入生代表の挨拶。
新入生代表って、いつ挨拶の原稿なんて考えるんだろうな、と少し考えたが、おそらくは、入学手続きのときになにか言われているんじゃないかとか、そんなどうでもいいことを考えつつ、式を過ごす。
教室に戻れば、名前と出身中学程度の簡単な自己紹介を済ませて、解散になっている。
解散とはいえ、教科書を受け取る(購入したり)ことや、体育着と柔道着、なんかの購入を済ませる必要はあるけど。靴は自由だと、制服の採寸も含めた入学手続きのために訪れた際に事前に言われているから、売ってはいるものの、ローファーなんかをあらためて買うことはしない。いずれ必要になるだろうことを考えると、悪くはないんだろうが、それなら、その必要になったときの身体――足のサイズに合わせたほうがいいからな。
入学式の日には部活の見学なんかもなく、そもそも、俺は部活動をするつもりはないから、後は帰るだけだ。
コミュニケーション能力に長ける爽司は、さっそくクラスメイトに声をかけて、親睦会でもやるつもりなのかもしれねえけど。中学の時も、同じ学区の、違う小学校から来たやつらと一緒に遊んでたからな。
「朔仁はどうする?」
中学のときにも同じようなやり取りをしたし、なにより、日常的に道場でも顔を合わせている幼馴染だ。
おそらく、俺の返事はわかっていて、それでも、俺に話を振ってくれているんだろう。
その心遣いに感謝はあるけど、規定時間以外の飲み食いも、カラオケだとか、ボウリングだとか、学生が好みそうなアミューズメント施設にも興味はなかった。
「悪いな。道場での鍛錬があるから、また今度誘ってくれ」
「おう、わかった」
実際、この発言には嘘はない。
師匠――つまり、親父――からは、部活なんか好きにやれみたいに、むしろ、推奨されている感すらあるけど、俺の中での一番は、生まれたときから、隣どころか中心にあった武術の(あるいは自己のと言い換えてもいいかもしれないが)鍛練だったから。
もっとも、小学校でも、中学校でも、友人とは遊ぶことも全くなく、一に鍛練、二に鍛練、三、四も鍛錬、五も鍛錬、みたいな生活をしていたのかと言われれば、そんなことはないわけだけど。
そんなわけで、駅のほうへと向かったクラスメイトたちとは別れ、一人、帰宅の途に就いたわ家だけど。
俺と同じようにって言ったら悪いと思うが、他にも、入学式という浮かれた雰囲気、喧騒から抜け出して帰宅しようとしているやつが目に入ってきた。
べつに、誰もかれも、集団行動を好き好んでいるわけじゃなく、用事があるやつだって、早く帰りたいと思っているようなやつもいるだろう。そもそも、入学式ってことで、保護者が来席しているから、人数が多いしな。
そんな中で、そいつだけが特別目についたのは、容姿が特徴的だったからだ。
なににおいても、後ろからでもよくわかる、真っ白な髪。
この時間、こうして帰宅できているってことは、間違いなく、顔を見ているだろう教師からなにも言われなかったってこと。
鳳林高校は、私立高校であり、制服なんかはちゃんと指定されている。もちろん、それには洗髪も含まれる。
一個人の情報を、それも、噂レベルの話を、高校側で一から調査しているわけはないだろうし、まず間違いなく、白月茉莉本人による申告で、あの白髪が地毛だということは示されているんだろう。
周囲が皆黒(もしくは、限りなく黒に近い色とか、せいぜい、色素が薄く、茶髪っぽく見えるとか、そんな程度)の中、真っ白な髪はただそこで靡いているだけで目立つ。
隣に両親の姿は見えない。入学式にも仕事があるっていうのは、相当、忙しいんだろうか。まあ、家庭の問題は、突っ込むことじゃねえ。少なくとも、今日、たまたま、席が前後しただけの初対面のクラスメイトってだけの相手ならなおさら。
興味があるとかないとかじゃなくて、普通に、怖いだろ。いきなり、家庭のことまで聞かれたりしたら。
「朔仁くん」
俺のほうも帰るとするかと、周囲を見回せば、見つけるより先に声が掛けられた。
「母さん。し――父さん」
師匠、と言いかけて、ここは外だし、今はプライベートだから、と考えて言い直す。
今日は平日だから、こんな時間から門下生も来ない。だから、両親も気兼ねなく、俺の入学式に出席できたってことだ。
「爽司くんと、透花ちゃんは一緒じゃないのね」
母――真田沙和があたりまえのようにそう聞いてくる。
だいたい、三人でいることは多かったからな。今日だって、べつに、仲が拗れてとか、そんな理由で離れているわけじゃない。
「二人はクラスメイトと一緒に親睦会的なものに参加しに行ったから」
「朔仁くんは行かなくて良かったの?」
俺は荷物を掲げてみせて。
「荷物があるし、それより、身体動かしたかったから」
教科書類は結構重い。俺は鍛えているから、このくらいではとくになんとも思わねえけど、むしろ、こんな荷物があるのに懇親に向かったクラスメイトたちに感心する。
一旦荷物を置きにっていっても、皆、うちみたいに近いわけじゃないし、一度替えると、わざわざ、もう一度出かけるのはちょっと、みたいな心理も働くしな。
「そうなの。朔仁くんがそれでいいのならいいんだけど、無理はしなくていいのよ?」
これも、中学以前にも何度もしたやり取りなので、形式的なものだろう。もちろん、親子関係が冷え切っているとか、そういう意味じゃなく。
「わかってるよ――」
武術を嗜む誰もがってことでもないだろうが、俺は周囲に気をつけている。
というより、鍛練におけるそういった時間が多いから、そうする習慣がついているってだけだ。これを、気持ちの切り替えが不得意ととるかどうかは、そいつのひねくれ具合によるだろうが。
それはともかく。
いまだ、入学の喧騒冷めやらぬ学校のほうを気にしているような視線があり、いや、正確に言えば、その視線は学校前の人だかりを越えて、さらに奥のほうを見ているようにも思える。
先入観に囚われがちだってことは認めるけど、俺には、その視線は一人の新入生を捉えているんじゃないかと思えた。
なにしろ、すでに、一人集団を離れているし、それに、なにより、一人だろうが、なんだろうが、目立つ。
「どうかしたの、朔仁」
母さんが、それから、父さんが、俺の視線を追いかける。
師匠でもある父さんは言うに及ばず、多少とはいえないほどには、心得もある母さんも、俺の視線の先がなにを捉えているんかを察したようだ。
「朔仁。ストーカーはだめよ、いくら、可愛い子だって」
「そっちじゃないって、わかってて聞いてるだろ」
俺が見ているのは、白月茉莉じゃなくて、その白月茉莉を見ていると思しき、まあ、ありていに言えば、不審者のほうだ。
まだ確定はしていないだろうし、この状況でつけて行こうとすると、俺までストーカーになりかねない。というか、見た目的には、言い訳の余地なくストーカーにされるだろう。一応、親と一緒なら大丈夫かもしれないが。
父さん――この場合は師匠のほうが適当か。師匠は、警察なんかの武術師範とかってこともしているみたいだし。