勉強を教えるという建前ではない建前
「もうすぐ中間テストがありますが、真田くんはおひとりでも勉強をしっかりしているんですか?」
連休明けごろに、一緒に下校していた白月にそう睨まれた。
睨まれたっていうと少し違うか。問いただされたか?
「一応は」
しっかり身につけているところまでが勉強だって言われると、まだ道半ばって答えるしかないんだけど。
それでも、毎日、帰宅して、道場での鍛錬が終わってからの時間で、机に向かう時間は設けている。
ただ。
「それに、先生には、それから、白月にも、学校で聞くことはあるだろ」
毎日、わからないところを聞くために通話、あるいは、ビデオ通話をするなんてことをしてはいない。
わざわざ、証明が必要なんていう、小学生とかでもあるかどうかのレベルの話が必要とも思えないしな。
たしかに、白月のほうから、確認の電話をするかなんて提案があったから、信用されているのかどうかは微妙だっていう評価なんだろうが。
「……確認のために電話をしてほしいと言ったはずでしたけど」
「え? いや、そりゃあ、言われたけど、あれ本気だったのか?」
通話する時間とかが無駄になるだけだと思ったんだけど。どうせ、翌日とか、せいぜい、二日、三日後とかに学校で確認できるなら、それで問題ないだろうし。
「……真田くんはそこまでしなくてもとおっしゃるかもしれませんが、私は責任をもっていますから」
「それは、俺が勉強を教えてくれって言ったことに関してか?」
もちろん、白月に教えてもらえるのは助かるし、ありがたいことだと感謝してる。押し売りとも感じてないし、むしろ、こっちが迷惑かけすぎじゃねえかくらいには思っている。
より成績の向上が見込めるっていうなら、テレビ通話なりで、即座に解説をもらう(言うまでもなく、自分でひととおり考えてからの話だ)っていうのは、正しい行動なのかもしれないけど。
まあ、俺だって他人に武術を教えてくれって言われたら、まずは道場に通うように勧めるし。それに、勉強よりは武術のほうが相手がいないと確認し辛いってことはあるだろうけど、ちょくちょく、仕上がり具合というか、出来を確認したくなるだろう。
「それもあります」
白月の言い方には含みが感じられて。むしろ、それ以外が本命なんだとでも言いたいような。
しかし、それ以外に、いつも連絡することのメリットなんて、安否確認くらいしかないような気がするけど。
それは、わざわざ確認するようなことか? それも、白月のほうから。俺から確認するってことなら、わからなくもないけど、それでも、今でも毎日、一緒に下校はしているわけで。
「学校が休みの日でも、勉強は続けてたから。もちろん、教師役が傍にいてくれることのありがたさは理解しているけど、それでも、学校が休みのときにまで毎日付き合わせるのも悪いだろ」
白月が責任感ってことだけじゃなく、多分、心配してくれてるんだろうってことはわかってるけど。
「まとめて聞かれるより、その場その場で解説できたほうが、教える側としては楽ですが。もっとも、これは人によると思いますけど……たとえば、数学なんかでも、最初の公式で躓くと、それ以降の利用した問題全部で躓きますよね? もちろん、一問一問、全てことごとく、なんてことになるとさすがに大変だとは思いますが、真田くんはそんなことにはなりませんよね?」
さすがに、常識はわきまえているつもりだからな。そんな、行き過ぎて、迷惑にまでなっているような行為をするつもりはない。
ただ、白月の言いたいことはわかる。
復習とかだって、毎日の繰り返しで、定着させるものだし、こまめに少しづつ聞かれるほうが、まとめて一気に聞かれるより、対応しやすいと考えているんだろう。
もちろん、本人の言っているとおり、白月の場合はって話だけど。
ともあれ、そっちのほうが、白月――つまり、教えてくれる側にとって楽だっていうなら、教わる側の俺としては、それに合わせたいところではある。
実際、白月に教えてもらうほうが勉強がスムーズに進むことは事実なわけだし。
「わかったよ。なら、これからはそうするから」
もちろん、いちいち、途中でってことじゃなく。
ひと通り、あるいは、ある程度まで進めてから、わからなかった問題についてまとめてって形にはなるだろうけど。
愚直に、一問一問、躓くたびなんてことをやってたら、時間がいくらあっても足りないからな。
ただ、そういう風に、教えてくれる側から言ってくれるのはありがたいことでもある。
「提案してきてくれた時点でわかってるつもりだけど、こまめに連絡すること自体は迷惑じゃないってことだよな?」
それこそ、食事とか、風呂とか、寝てるとか、出られないこともあるだろうけど。
もちろん、そんなときに着信を溜めるみたいな真似をするつもりはないけどな。
「はい。そんなことはありませんよ。もちろん、ビデオ通話でも」
「同じ教科書と問題集なんだから、そこまででする必要があるかどうかはわからないけどな」
何ページの何問目、みたいな指定の仕方で十分に伝わるだろう。
これが、違う問題集だったり、違う参考書、教科書を使ってるってことだと伝えるのにも手間取ることはあるだろう(たとえば、図なんかを伝えるときに)けど、同じものを両方とも見て確認できるなら、その手間も小さくて済むだろうし。
むしろ、ビデオ通話みたいに映る範囲とか、見えにくいとかってことを気にする必要がない分、楽とも言える。まあ、相手の顔は見られないけど、そこまでする必要があるかどうかはわからないからな。学校の授業で、教師と対面しているわけじゃないんだし。まあ、直接(かどうかは微妙だけど)向かい合っていたほうが教わりやすい、教えやすいだろうってことは理解している。
こういう場合、同じ学校、同じクラスっていうのは、大きな利点だと思う。
まあ、違う学校のやつにわからない問題を聞くような状況ってどんなことだ? って意見はあるかもしれないけど。
学習塾とかか? なんにしても、俺にはあんまり関係ないような……一応、道場の同年代以上のやつには聞けるのか。聞かないけど。
「……それもそうですね」
「気づいてなかったのかよ」
まあ、一緒に集まって勉強するときにも、問題集だったりはそれぞれで開くからな。
同じクラスってことは、時間割も同じってことで、多分、その日の復習、予習ってことなら、同じタイミングになることが多いだろうからな。教科書とか、ノート、参考書なんかの準備する手間もそこまでじゃあないだろう。
「とはいえ、せっかく、白月が厚意で言ってくれてることだろうし、それなら、ありがたく頼らせてもらうことにするから」
俺だって、本人が了承してくれるなら、よほどの無茶とか、迷惑でもない限り、それは素直に受けたいと思う。
一番、効果がありそうなことだし、手間も少なくて済むからな。
いや、俺は写真にでも撮ってそれを送れば済むかもしれないけど、白月が解説してくれるっていうなら、多分、それも全部、文字に起こしてからってことをしてくれようとするだろ? だったら、それよりは口頭で説明するほうが楽だとは思うんだよな。
授業なんかでも、教師からの説明が全部板書されるわけじゃなく、重要なところだけで、残りは口頭での説明なのと同じような理由で。
それに、話して、聞いて、書いて、とか、より五感を刺激するような方法のほうが、多分、覚える、理解するのが早いだろうし。
「はい。他人に教えるというのも、自分の勉強に、そして、理解度を確かめるのにちょうどいいですから。遠慮はしないでくださいね」
白月のほうからそう言ってくれるなら、俺に断ることはない。




