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後ろの席の噂のそいつ

 俺たちの通っている鳳凛高校は、通学に関して、真田家から徒歩圏内とも言えるだろう立地にある。

 遠くまで通うのが面倒で、近くで済むならそれで済ませたいって気持ちはあった。部活をやるつもりはなく、実家の道場で鍛えるつもりだったけど、その時間は、できれば長くとりたいし、通学時間を減らすのが一番簡単だったから。

 もちろん、偏差値的な問題はあったけど、体力にあかせて受験勉強に取り組んだから、どうにか合格することができて、おかげで、こうして通えているわけだ。

 その際、俺も、爽司も含めて、透花に多分に世話になったことは間違いないが。

 

「朔仁くん。おはようございます」


 入学式の日、うちからの距離を考えると、まったく急ぐようなことじゃないんだが、それでも、少し早めに家を出ると、高校の校門の前で背中を預けている女子が俺に気がついて小さく頭を下げてきた。

 若干色素が薄い茶色っぽい髪は肩にかかるくらいでふわりと広がり、身長は俺と同じくらい、一見、おしとやかそうな印象を受ける。実際、そのとおりのやつではある。


「おはよう、透花。もう、クラスは見たのか?」


 背後を見やれば、有志なのかなんなのか、生徒がプリントを配っている。

 中学の入学式とか、学年が上がったときのクラス替えのときなんかにも見たような、多分、クラス分けのプリントを配っているんだろう。

 

「はい。私も、朔仁くんも同じ一組でしたよ」


「マジか。サンキュ」

 

 透花が嘘をつく理由もないし、確認する手間が省けたな。どうせ、教室に行けば、黒板に座席を指定するプリントも掲示してあることだろう。そう思っていたら、透花からプリントを手渡された。

 同じ中学からこの鳳凛高校に進学したやつは、すくなくはないと思うから、べつに俺たちが同じクラスになっても不思議はない。

 ちなみに、クラスは各学年、六クラスくらいあるみたいで、そう考えると、三人とも同じクラスっていうのは、偶然値が高い確率ではある気はする。

 

「同じクラスで良かったとは思うけど、それだと、教科書とか資料集とか、忘れたときに借りに行けないのが難点といえば、難点だな」


「忘れないようにしてくださいね」


 冗談めかした様子で注意されて、俺も、わかってるよ、と返した。

 

「それで?」


 幼馴染の心遣いには感謝するが、透花が本当に気にしていたのは俺のことではないだろう。俺のことを気にしてくれていたのも本当ではあるんだろうけど。

 

「……爽司くんも同じ一組でした」


 はにかんで照れるように、だけど、確かに嬉しさの滲んでいる様子で透花は呟いた。

 

「そうか。良かったな」


 まったく、これに気付いていないっていうんだから――気づいていてスルーしてるならなおたちが悪いし――爽司も大概、もったいないことをしていると思う。

 

「よう、朔仁、透花。二人とも早いな」


「俺も今来たところだよ」


 振り返りながら、声の主、爽司に答え、透花に譲るように身体をずらす。


「おはようございます、爽司くん。これが、その、クラス分けのプリントです」


 プリントが配られているといっても、校舎への入り口に置かれている長机にまとめて置かれているものを、数人分拾ってきたってことだろう。

 

「まじ? 助かる」


 爽司は透花からプリントを受け取り、自分の、それから、俺たちの名前も確認して、高校でもよろしくな、と肩を組んできた。

 爽司はプリントに目を走らせて。


「白月茉莉って、あの白月茉莉か?」


 俺は自分の名前とクラスくらいしか確認していなかったが、爽司はしっかり、クラスメイトの女子の名前まで確認したらしい。

 

「同姓同名、ってこともないんじゃないか?」


 すくなくとも、今、爽司が思い浮かべたであろう白月茉莉の姿は、俺の、そして、おそらくは透花の頭に浮かんだやつと同一人物だろう。

 

「よっしゃ、ラッキー」


 無邪気、ではないだろうが、はしゃぐ爽司に、一応、釘だけは差しておく。


「爽司。あんまり、無神経なことは口にするなよ」


「しねえよ。つうか、朔仁のその発言のほうが無神経じゃねえか?」


 それは……たしかに、そうかもしれない。

 白月茉莉は、その真っ白な長髪と、真っ赤な瞳で、学区域外の俺たちのところにまで名前が轟いているほどの、このあたり、おそらくは、町内程度であれば、一番の有名人といえる中学生だった。

 それ以外の、学力だとか、どこの部活に所属していたとか、大会的なものに出たのか、その成績なんかの情報は一切なかったけど。

 とはいえ、あれだけ目立つやつのことだ。そんな話を一切聞かなかったってことは、おそらく、そういった学内外の大会やコンクール、コンテストなんかには参加してはいなかったんだろう。

 そして、実際に教室(一年生の教室は四階だった)に行ってみれば。


「なんだ、この人だかり」


 俺たちの一年一組は、階段から一番近い位置にあったんだが、その教室の前に人集りができていて、皆、中を覗き込むようにしていた。

 

「なにかあったのか?」

 

 爽司が口にするが、今来たばかりの俺に解答の持ち合わせはない。

 

「おい。廊下に溜まってんじゃねえ」


 俺がひと言発すると、近くにいた数人が振り返り、それにつられるように前のほう、教室の扉近くにいたやつまでがびびったように道を開けた。

 いや、教室の中に入ればいいだろ。それだと根本的な混雑が解消してねえんだよ。

 とはいえ、そんなことを、高校生にもなった、おそらくはクラスメイトに、初日からかますつもりもなく、前の黒板に張られた――後ろの黒板にも同じものが掲示されていたが――座席表を確認する。

 俺――真田朔仁の出席番号は十五番。一クラスの人数が三十六人だったから、丁度、三列目の前から三番目の席になる。

 そして。


「よう。あんたが白月茉莉ってことでいいんだな?」


 俺の後ろ、今はただ一人だけこの教室の席に着いている、出席番号十六番、白月茉莉に声をかける。

 真正面から、これだけ近くで見たのは始めてだったが、白月茉莉は、噂どおりに、いや、噂以上に美人……というよりは、まだ、美少女っていったほうが近いやつだった。

 座って静かにしているだけなのに、妙に雰囲気がある。

 白月は、真っ赤な瞳をわずかに見開き、すこしだけ、驚いたような顔をのぞかせたが、すぐに元に戻り。


「はい。あなたは、真田朔仁さん、ですね」


 よろしくお願いします、と形式ばった様子で頭を下げる白月。座席表を確認したから席に着いているんだろうし、当然、俺の名前はわかっているか。

 

「ああ。白月のことは噂くらいに聞いていたんだけど、実際に会ってみて、びっくりした。本当に、すっげえ綺麗な白い髪と真っ赤な瞳をしてるんだな」


 誤魔化すのもどうかと思って、つい口にしちまったが、今度こそ、白月茉莉は驚いたように身体を硬直させた。

 

「もしかして、そのことって、触れられたくない話だったか。だったら、すまん。無神経だった」


 俺も爽司のことは言えねえな。


「……いえ」


 対して、白月はさっき、目を見開いた以上の反応は見せず、気にしていない素振りを見せる。

 きっと、こういう反応には慣れているんだろうと思わせられる、そんな感じだった。

 俺の目的は、もちろんナンパじゃなく、他のやつらが教室に入りやすいよう、今の空気を壊すことだった。そしてそれは、俺に続いて爽司や透花が入ってきたことで、大分緩和されている。

 爽司も、さすがに初日から、それも、入学式よりも前から声をかけるのは、いかにもナンパが過ぎると思った……のかどうかは知らないが、とくにこっちに声をかけてくることなく、自分の席を探して座りに向かい、その雰囲気に続いてか、他のクラスメイトたちも教室に入ってくる。

 

「じゃあ、これから一年、よろしくな」


 

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