気にかけないし心配もしないなんてことじゃないけど
俺の実家でもある道場には、爽司も通ってきている。俺は生まれたときから、近くなんて言葉でも足りないくらいに身近にあったわけだけど、それなりに身体ができるまで、だいたい、保育園の終り頃になるまでは、まともには鍛錬に加わったりすることはなかった。
もちろん、見学したり、突きやら蹴りやらを、それこそ、保育園なんかでやるお遊戯会の練習みたいな感じでやっていたことはあったけど、それはあくまで遊びの範疇ってことで、本格的に格闘技としてやり始めたのは、小学生に上がる前後だった。
その期間を含めるなら、十年程度のキャリアになるわけだけど、それは、爽司とも同じになる。
幼馴染っていうくらいには、保育園のころから仲良くつるんでいたからな。もちろん、そこに一緒にいることもあった透花は道場に通うようなことはしなかったわけだけど。
それでも、実家だと言えるだけのことはあって、俺のほうが爽司よりも長い時間武術に浸かっているんだろうと自負してはいる。
それでも、ほとんど差はないし、実際、良い勝負をする。
「朔仁、白月のほうはどんな感じなんだ?」
組手に集中しろよ。それとも、精神攻撃に類する、爽司の作戦なのか?
「とりあえず、ストーカーみたいなやつらは引いてるみたいだな。それでも、すれ違ったりするときに視線を感じるのはしょっちゅうだし、また、いつ、似たようなやつらが現れないとも限らないと思ってるけど」
そして、それは白月自身でもわかっていることだろう。
だから、できるだけ一緒に下校しているわけだし。そして、それに対する報酬ももらうつもりだ――っと、その件で一つ、爽司にも言っておくことがあったんだった。
「それで、貸し借り的な話ではあるんだけど、白月に勉強を教えてもらうっていうか、一緒に勉強しようみたいな話になって。それで、爽司も来るだろ? 部活がない時間帯なら、透花にも声かけるつもりだし」
「行く行く!」
爽司は二つ返事で了承してきた。
「それって、どこでやるんだ? 白月の家? まじかよ、やば」
女子の家にお邪魔するっていうのは、あんまりないからな。というか、俺は今までの人生において、同級生(あるいは、先輩、後輩でも)の女子の家に遊びに行ったことはない。
一応、透花の家なら知ってるけど、それも遊びに行ったとかってことはないからな。見舞いとか、そんな感じなら何度かあるし、向こうの両親とも顔見知り以上の関係ではあるけど。
「まあ、教わるのに、うちに来てもらうのも悪いだろ」
白月の成績が良いことは、入学直後の新入生の試験の結果でわかっている。
学年の成績優秀者は廊下に名前が張り出されたわけだけど、実施された国語(正確には、現代文と古文)数学英語のすべてにおいて、白月の名前は上位十人以内には入っていた。
それは透花もだったけど。
「それで、俺はかまわないし、白月にも確認はとってあるんだけど、おまえの彼女は良いのか?」
そんなに目くじら立てるほどのことじゃないかもしれないし、同級生、とはいえ、異性は異性だからな。
そういうところをしっかりしないっていうのも、長続きしない原因になってくるんじゃないか、なんていうのは、余計な世話だってことはわかってるけど。
「朔仁は気にしすぎ。同級生との勉強会にあれこれ言うような人じゃないよ」
爽司はなんでもなさそうに笑う。
俺には男女の機微的なことはわからないから、爽司が気にしないって言うなら、それでいいんだけど……いや、やっぱり、一応は幼馴染として、少しは気にしろって言っておくべきか? もっとも、そんな投げやりの言い方じゃあ、爽司が態度を改めるとは思ってないけどな。
まあ、爽司はその彼女とも、ペースが合わないからとかなんとかって、一か月と経たずに別れることになるわけだが、それは今はおいておく。
「じゃあ、そういうことで決まりだな。透花にも声かけるんだっけ?」
「ああ。バスケ部の都合があるだろうから、無理させるつもりはないし、俺から声かけとく」
爽司から声をかけられたら、自分の都合はおいておいて、参加するって言いそうだし。
そのくらい気持ちを強く出していってもいいんじゃないかとは思ってるけど、半ば、強制したみたいにはしたくない。
それにしても、するっと透花の名前が出てくるわりに、彼女にしようとは思わないんだから、爽司の考えていることはわからない。まさか、告白に怖気づくなんてやつでもないし。
「それで? 朔仁は白月とはどんな感じなんだ?」
「それは、さっき答えなかったか?」
あと、組手の最中にあんまりしゃべるなよ。舌噛むぞ。
警告の意味も含めて、爽司のことを投げ落とす。もちろん、しっかり受け身はとられたけど。
「違う違う。白月の周囲の話じゃなくて、朔仁自身が白月に対してどういう風に思ってるのかってことを聞きたいんだよ」
「今のところ、クラスメイトで、後ろの席のやつだって以上の感情はねえよ」
なんでもかんでも、恋だの好きだの付き合うだのってことに結びつけようとするみたいだけど。
「はあ? 朔仁、白月に対して、入学からこれまでの中でも、それだけ接してきて、なんにも思うところとかはねえの?」
信じられないものを見るような顔で見られても、実際、なにもないんだから話しようもないだろ。
そりゃあ、客観的に言えるような、美少女だなんだの容姿の話だとか、成績優秀者として尊敬するとか、そんなことなら言えるけど、個人的な想いだとか、そんなものはないからな。
爽司じゃあるまいし、一目惚れとかって概念を理解してないわけじゃないけど、すくなくとも今のところ、俺は白月に対して、同級生、あるいは、せいぜい友情以上の感情を持ってはいない。
「一応、危険そうだから、注意はしておくかって程度の気持ちならあるぞ?」
遭遇した場面が場面だからな。
さすがに、あれが日常とは思わないけど、それなりに起こりうることだって言うなら、心配になるのはわかる。
むしろ、同級生の女子が危険な目に遭いそうになってそれでもまったく気にかけないし、心配にもならない、なんてやつは、まあ、ほとんどいないだろ? もっと言えば、俺は当事者――目の前で起こったことだったわけだし。
「それにしても……」
爽司はなにか言いたげにしていて。
「なんだよ?」
「いいや、なんでもない。言っとくけど、俺は恋愛において、敵に塩を送るような真似はしないからな」
なんでもなくないだろうが。ちゃんと、宣言してるじゃねえか。
つうか、そもそも、敵ってなんだよ。直前までしてた会話のことは、なんにも頭に入ってないってことか?
「しかし、白月って、実際に近くで会って話してみても、すげえ可愛いじゃん? 朔仁はああいう女子は好みじゃないのか?」
会って、見て、はそのとおりだと同意してもいいけど、話してみて、については少し、首を傾げたいけどな。
いや、言ってることが意味不明とか、こっちを置き去りにして一人の世界でしか存在していないとか、そういうことじゃないんだけど、なんて言ったらいいんだろうな、マジで白月茉莉としか言えない感じがすごいというか。
「爽司はまず、そのなんでもかんでも、付き合うとか、そういう方向に考えるのを控えろよな」
そのうち呆れられるぞ。誰にとは言わないけど。いや、それも今さらなのか? だったら、どうしようもないけど。
「俺としては、朔仁のほうが枯れ過ぎてんじゃないかって思ってるけどな。もっと、青春を楽しまなくちゃ損だろ」
たしかに、付き合っていても、ふられても、爽司は楽しそうではあるな。
いや、俺が今の生活を楽しんでないとか、そういうことじゃないけど。実際、個人的には充実していると思ってるし。




