友達というだけで理由には十分
言われ慣れてるものだと思っていたけど、この反応を見るに、そうでもないらしい。
普通の褒め言葉なんかは、ありがとうございます、なんて軽く受け流せる程度に慣れてる様子だったのに。
とはいえ、冷静に考えれば、俺だって相当に恥ずかしいことを言っていたような気もするし、言われたとおり、黙って白月の後をついて歩く。
「それにしても、真正面から来る人たちで、凶器まで準備されていたのは初めてです」
凶器さえ持っていなければ慣れているみたいな言い方だけど、実際、ただのナンパ程度なら慣れているんだろう。
俺だって、脅迫まがいの告白なんてものを実際に目の当たりにしたのは――いや、ただの告白ってことでもそうだけど、目の前でされたのは――初めてだからな。
爽司がよく、誰々が好きだとか、誰々と付き合うことになったとか、誰々が良いやつで、みたいに言っているのはいくらも聞いてるけど、あれは告白とは違うしな。
もちろん、たいそうな人気者だな、なんて茶化すことはしない。
「そんな状況に慣れるっていうのも、どうかと思うけどな」
できれば――あるいは、普通は――一生涯、遭遇したくない状況だろう。
たとえば、ボディーガードみたいな仕事に就く、みたいなことだと話は違うだろうけど。全然詳しくないし、イメージみたいな程度のことだけど、たとえば、政治家が演説の途中に反政府組織(あるいは個人)みたいなところから襲撃を受ける、みたいな。
もっとも、そんな状況だって、滅多にっていうほどにも頻繁に起こることはないだろうけど。
「個人的には、美人であるほうが美人でないよりは得だと思っていますが、できれば、それほど悪目立ちしない程度、もしくは、近づくことすら躊躇う程度のものであれば、とは考えますね」
白月はそんな滅茶苦茶なことを言いながら、ため息をつく。
「それは、なんだ、白月自身は、ナンパされる程度には親しみやすく、近寄りがたいってほどではない、他人よりは人の集まりやすい、飛びぬけた美人だと思ってるってことでいいのか?」
「さすがに、そこまで自意識過剰ではありませんよ」
でも、似たようなものではあるってことだろ?
まあ、白月が自身をどう分析していようと、どうでもいいことだけど。少なくとも、本人には、他人に迷惑をかけるつもりなんてないわけだしな。
たとえば、好きだった人が白月のことを気にしていて、なんてやつもいるかもしれないけど、そんなことは、白月本人にどうにかできることでもない。まあ、それに関しては、身近に実例があるし、これからそれが進展するかもしれないから、関係ないとは言ってもいられないっていうか、とはいえ、俺になにかできるわけでもないんだが。
「ありがとうございます。なんだか、借りばかりが溜まっていくようで、なにかお返しできればと思ってはいるのですが」
「そこは謙虚なんだな」
この程度を謙虚と言っていいのかってところではあるけど、相手は白月茉莉だ。
「べつに、借りだなんだのなんて思ってくれなくていいから。こっちだって、恩を押し付けようと思ってやったことじゃなくて、俺が勝手にやっていることだし。これといって、白月に頼みたいこともないしな」
クラスメイトと一緒に下校したってだけのことだ。
「メイトっていうのは、友達とかって意味もあるだろ? まあ、白月にとってはどう思っているのかなんて知らないけど、友達相手ってことなら、助けることにそれ以上の理由はいらないだろ?」
もちろん、友達ってことじゃなくても、困ってる相手がいるなら、助けることに難しい理由なんて必要ないけどな。
自分の手に負える、負えないってことはべつにして。
「それに、その逆だって、ようは、友達を頼るのだって、頼ってもらえる本人は嬉しいことだからな。まあ、多少、巻き込みたくないって気持ちができるっていうことなら、それはそのとおりかもしれないけど、相手だって、本音では貸し借り、損得関係なく、手を貸してくれるだろ」
すくなくとも、俺は、爽司や透花に頼まれたなら、いや、もしかしたら、頼まれなくても、困っているような状況なら進んで首を突っ込みに行くかもしれない。
まあ、世界中のどこの誰でも、なんて言えるほど、博愛だとか、滅私奉公の精神みたいに言えるものを持ち合わせているわけじゃないけどな。
でも、だからって、手の届くところ、目に見える困っている相手を見捨てるほど、冷たい人間でもない、とは思う。
「……真田くんは、すごいですね。なかなか、いない人だと思います」
一拍遅れて、そう呟いてから、白月はまじまじと俺を見つめてきて。
「どのように過ごせば、そんなに純粋に育つのでしょうか?」
「なんか、馬鹿にされてるって感じるのは、俺の気のせいか?」
多分、感心しているんじゃないかと、表情とか、言葉なんかからは感じられるんだが。
「いえ。褒めていますし、感心しているんですよ。本心です」
「評価してくれるのはありがたいけど、俺だって、実際にできているわけじゃないからな。今回だって、白月が、知り合いが相手だったからってところはあるし」
見知らぬ他人のために身を粉にして、なんていうような人間じゃない。そもそも、そんな人間、僧とか、シスターだとか、そんな感じの人しかいないだろ。
もちろん、それだって、俺の勝手な思い込みだけど。
「では、そういうことにしておきます」
くすりと笑う白月に、本当にわかっているのかどうかと問いただしたい気持ちがないわけじゃなかったけど、それほど重要なことでもないし、一つ聞けば、倍になって返されるような気がしたから、なにも言わないでおいた。
「真田くんは不要だとおっしゃっていましたが、それでも、言わせてください。今日はありがとうございました。もしよろしければ、お茶の一杯でもお出ししたいところですが」
ここは白月の自宅の前。招かれるのは、やぶさかじゃないんだが。
「せっかくだけど、今日は止めとく。帰って、稽古があるからな」
無駄とは言わないけど、それなりに時間を取られたからな。
「そうですか。できれば、真田くんとなにかご一緒にと思ってはいるのですが。今のところ、真田くんとご一緒したことといえば、ナンパに絡まれて、助けていただいたという、それしかありませんから」
まあ、たしかに、高校に入って、クラスメイトとの思い出がそれしかないっていうのは、思うところもあるだろうと理解はできる。
なるべく、思い出したくないことだろうし。それとも、全然、気にしてない、みたいなことなんだろうか。いや、気にしてはいるみたいだけど。
ここで、爽司なら、デートのお誘い? みたいにいくところだろうが、ナンパから助けたみたいな形になった直後って状況を理解している身からすれば、それが最も遠い位置にあることだっていうのはわかる。
「あー、じゃあ、また今度、勉強でも教えてくれよ。ああ、もちろん、爽司とか、透花とも一緒に」
そっちはあんまり得意じゃないからな。
たとえば、高校受験前、みたいなことだと、道場に来るついでにってことで、爽司とか、あとは、道場は関係ないけど、透花とも一緒に勉強していたこともあったんだけど、できれば、幼馴染の想いは応援したいところだし。
余計なお節介と言われれば、そのとおりかもしれないけど、幼馴染のことなら力になりたいと考えるのは、あたりまえだろ?
それから、まあ、一応こんな状況の後だし、一対一っていうよりは、白月も余裕ができるだろう。
「……ふふっ、わかりました。では、お誘いを受けるのを楽しみにしていますね」




