得意げになられても反応に困る
白月を襲ってきたやつらは鳳凛高校とは関係のないやつらだったし、噂が出回るようなことにはならなかった。
制服のままだったから、一応、警戒してはいたんだけど、目撃者とかもいなかったしな。
ただ、白月から止められていたわけでもないし、爽司には、全部じゃないにしても、話したけど。うちが道場を開いている関係上、俺が一番乗りしないのには理由があるに決まっているし、それは前もって話していたわけでもなく、誤魔化す必要があるようにも感じなかったからな。
白月も、おそらくは気にしないだろうと感じていた。
「白月さん。昨日は大変だったんだってね。今朝とかは平気だった?」
もちろん、翌日朝から爽司がそうやって声をかけに行くだろうことも予想はついていた。
「はい、問題はなにもなく。心配していただいたようで、ありがとうございます」
そう答えた白月の視線が、一瞬だけ、俺へ向けられたように感じた。俺と白月の席は前後しているし、勘違いじゃあないだろう。
べつに、自慢にもならないことを自慢するつもりでも、白月に恩を売ろうなんて思惑があるわけでもない。
爽司に話したことを咎める、つもりでもないだろう。そもそも、昨日、俺が白月と一緒に帰ることは爽司にも知るところだったわけだし、あの後、俺が道場へ行く(帰る)予定だったことも話してあったわけで。
「いや、俺は後から聞いただけだからさ。でも、本当にあったなら、俺のほうが白月さんのことを送って行けばよかったなあ」
爽司は肩を落としてみせる。
とても、昨日、彼女と一緒に帰るから、みたいな理由で一緒に下校するのを遠慮してきたやつの台詞じゃねえな。
その彼女は先輩みたいだし、このクラスで直接話を聞かれる心配はなかったが……いや、なんで、俺が爽司の彼女の耳に入るような話まで心配しなくちゃならないだ。
「そんなこと、なんて言うつもりはないけど、おまえはおまえで、やることがあっただろ」
女性と一緒に家に帰る。言ってしまえば、昨日、俺と爽司のやっていたことは同じことだったわけで、それを同時にできるはずは(同じ家に住んでるやつとでも言わない限りは)ないんだから、ここで愚痴っていても仕方ないことだ。
「それはそうだけど。それはそれ、これはこれ、だろ」
だろ、じゃあねえんだよ。
「そんなこと言ってるから、おまえは彼女と長続きしないんじゃないのか?」
付き合ってる相手がいるなら、その相手とだけ、真剣に向き合っていればいいのに。
というか、白月が狙われた理由はあれだけど、同じことが起こらないとも限らないんだから、その彼女のことを心配しろよ。
「朔仁は一途だねえ」
「茶化してんな。俺に、彼女と付き合うなんたらなんて、わかるはずないだろ」
そういうことなら、爽司のほうが、それこそ、何倍も経験があるんだから。
もちろん、アドバイスなんてことも、できるはずもない。ただ、俺の感覚っていうだけで。
「朔仁。自分を大切にしてくれるのは当然として、他人を大切にできないやつがもてると思ってるのか? もちろん、そういう打算だけで言ってるわけだけじゃなくて、普通に知り合いが、しかもクラスメイトなんて、より近い相手だろ? そんな子が危険な目に遭ったなんて聞いたら、普通に心配するし、自分もその場で助けられたらなあって思うだろ?」
それはそうだろうけど、そんなことで言い勝った風に得意げになられても、反応に困るっつうか、なんで俺が説教されてる風になってるんだろうな。
「それで、そいつらって、今後も白月さんのことをつけ狙ってきそうなのか?」
「どうだかな。昨日も、一撃入れるだけで止めてやったし、後遺症が残るなんてことも、もちろんないはずだ。想定以上にあいつらが脆かったとか、その場合はわからないけど。まあ、顔に青あざくらいはつけてるかもしれないけどな」
ただ、青あざ程度で済んだなら、むしろ、喜んでもらいたいもんだ。いや、性癖の話じゃなく、折れてるとか、そこまではいってないはずなんだからってことで。
護衛の任務がアフターか、つまり、任務が終わった後にまで、対象が狙われないようにするってことまで入っているんなら、多分、達成できたとは思う。
ただし、ああいった、頭に血が上ってる……とまでは言わないにしても、ストーカー気質というか、自分に都合のいい思い込みをするようなやつらの思考は予想できないからな。
もしかしたら、さらに逆恨みされていることも考えられる。
それに、白月のことだから、一つ撃退しても、また、別のやつらに目をつけられる、なんてことも、話を聞いた限りじゃあ、ありえないとは言えないだろうし。
「白月。今日の登校のときには、変なやつらの姿とかは見かけなかったか?」
それが、昨日のやつらの関係者でも、関係ない、べつのやつらでも。まあ、そんな関係性なんて、こっちからはわかるはずもないんだけど。
「どうでしょうか。見てのとおり、実際に襲われることはありませんでしたけど」
白月が自分に対する視線に、あえて鈍感でいるっていうのはわかっているつもりだ。
そもそも、普通に考えて、平日の昼間から学生をつけ狙うことのできるやつっていうのも、いったい、どんなやつなんだってなるしな。
同じ学生なら、学校があるだろうし、大人なら、仕事があるだろう。
まあ、そんな真っ当な感覚を持ってるやつがストーカーなんかするはずないからあてにはならないって言うなら、それはそのとおりなんだけど。
「それに、真田くんにこれ以上ご心配をおかけするわけにも」
「いや、白月には悪いけど、心配はするだろ。白月のほうこそ、俺の心配なんて必要ないからな」
俺が好きでやってる……俺が気になってやってるだけのことだから。
そして、これに関する心配する、心配しないの話は平行線になるだろうから、やりとりに意味はない。俺に譲るつもりはないし、それは、白月も同じだろうしな。
「白月は、仕方ないから心配させてあげます、くらい言っておいてくれてかまわないんだぞ」
「だから、真田くんは私のことをなんだと思っているんですか? 七原さん、真田くんはいつもこんな感じなのでしょうか?」
話を向けられた爽司は、一瞬だけ驚いたような顔を見せ、楽しそうに笑う。
「いや。朔仁がそんな風に言っているのは、白月さんが初めてじゃないかな。少なくとも、俺の知ってる限りでは」
そもそも、いままで、こんな風に関わり合いになった女子がいないからな。
透花のことだって、そりゃあ、保育園とか、小学校のときなんかに、男女で喧嘩する――分かれてでも、混ざっていても――なんてことはあったけど、個人的に誰かと喧嘩するようなやつでもなかったし、その間に入るようなことも……少なくとも、記憶に残るようなものは、俺は経験していない。
それに、どっちかっていうと、透花は自分が喧嘩するんじゃなくて、仲裁する側っつうか、第三者以降の立場にいることばっかりだったからな。
「だから、白月さんには興味あるよ、俺は」
だから、息をするように口説くんじゃねえって言ってんだよ。数秒前の会話をもう忘れてんのかよ。まあ、忘れてるわけじゃないのはわかってるし、だから、仕方のねえやつだって言ってるんだけど。
まあ、爽司が誰と付き合おうと、ふられようと、俺には関係ない話だけど……まるっきり関係ないとも言ってられないんだよなあ。
「爽司くん、朔仁くん、白月さんもおはようございます」
「おはよう、透花」
爽司はかまわなくても、わざわざ、透花に聞かせるような話じゃないし、俺たちはその話題を切り上げた。
 




