試みはした
直感的なことだけど、こいつらはただぶっ飛ばしただけだと、また来るだろうな。しかも、今度はお仲間を引き連れてとか、武器を手にしてとか。
まあ、個人的にであれば、お礼参りっていうのは、なかなかに面白そうなことではあるけど、今は白月も一緒にいる――むしろ、標的が俺じゃなくて白月だったりするわけで。
大抵は、ずっと付きまとわれるのは迷惑だからな。いや、俺だって、こそこそと付きまとわれるのは面倒だと思っている。
「真田くん。最初は会話を試みようと思っている、と言っていませんでしたか?」
「だから、試みただろ?」
相手からの反応はなかったから、成立しなかったってだけで。
白月はあからさまにため息をついて。
「あれを試みたと言い張って、押し通すつもりですか?」
「問題あるか?」
俺もちょっと、会話と言うには、一方通行が過ぎたかとは思っているけど。
白月はわずかに目つきを鋭くして。
「助けていただいた私に言う権利があると思っているわけでもありませんが、真田くんはすこし、血の気が多いのではないかと思います」
言う権利とかはどうでもいいけど、白月の言っていることも、一理くらいはあるかもしれない。
ただ、一応、言い訳はしておくと、先に手を出してきたのは相手だからな? そして、今後を考えると、少しはこっちの本気度を知っておいてほしかったっていうこともある。
「悪いな。そっちから襲い掛かってくるくらいだったから、すこしは腕に自信のあるやつらかと思ったんだが、拍子抜けなくらいなにも感じなかったから、手を抜くとか、そういう次元じゃなかったわ。次があれば――まあ、ないことを願っているし、あれば、今度は本当に通報するだろうけど――もうすこし、うまい具合に、おまえらのことも立てつつ、丁重にもてなさせてもらうことにするからよ」
まだ起きてこないやつらは、聞いてるのか、いないのか。
「やっぱり、煽っていますよね?」
「煽ってねえよ」
いや、今のは若干、煽っているかもしれない。
でも、そんなことで、白月から俺に標的が変わるなら、万々歳だろ。
「いくつか聞きたいことはあるんだが、とりあえず、おまえら、誰かに言われて俺たちのこと襲いに来たのか?」
今後も同じように誰かが送られてくるのか、それとも、目の前のやつらを排除しておけば、とりあえずは大丈夫なのか。
まあ、白月の話を考えると、こいつらに黒幕がいようと、いなかろうと、今後もストーカーが現れるんじゃないかとは思うけど。
それでもしばらくの安全、安心は得られるのかどうかは、確認しておくべきだろう。
「し、知らねえ。ほかに仲間なんていねえ……いない、です」
べつに、敬語まで使わせようなんてつもりはないんだけど。
いちいち、つっこむのも面倒だから、放っておくけど、まあ、嘘じゃねえだろう。嘘だったとして、それを確かめる術もないしな。せいぜい、拳で脅しつけるくらい(脅迫とも言うけど)で。
「そうか。じゃあ、なんで白月のことをストーカーしてたのか、理由を聞かせろよ。今さら言うまでもないだろうけど、ストーカーって行為自体は犯罪だって知っていてやってるんだから、それなりの、ご立派な理由があるんだろ?」
まさか、好きになったけど声をかける勇気がありませんでした、なんて言わねえよな?
「そ、それは……」
男たちは押し黙る。
まあ、俺は警察でもなんでもないし、話させる権利とかもないんだけど。とはいえ、どうしても理由が知りたかったわけでもない。結局、再犯がないならそれでいいって意味だから。
「さっきまでの威勢はどうしたんだよ。俺は、おまえらがこれ以上、白月に迷惑をかけないって言うなら、手を出すつもりはねえよ」
いや、まあ、知り合いを狙うとか、俺に喧嘩を吹っ掛けてくるとかって場合にも、抵抗するだろうけど。顔も覚えたし。さすがに、スマホに名前と住所を表示させたりはしないけどな。
ちなみに、お礼参りはお礼参りでも、うちの門を叩きにきてくれるなら、歓迎したいとすら思っている。
男たちは、必死な様子で頷いて見せる。これなら、多分、問題ないだろう。
「じゃあ、行け」
まだ、立てない、なんてこともないだろ。いや、仮に立てなくても、自業自得なんだし、這ってでもこの場から去れ。
そんなつもりで睨んで言えば、男たちは、よろよろとした足取りで、それでも、振り返らず、立ち去って行った。
他には視線もないし、大丈夫だろう。もちろん、目撃者がいて、奇異の目を向けられている、なんてこともないし。
男たちの姿が完全に見えなくなってから。
「真田くん。怪我とかはされていないんですか?」
白月が遠慮がちに声をかけてくる。今の現場を見てすぐに声をかけてこようって、女子がそんな胆力を持ってるだけでも大したもんだと思うが。まあ、胆力なんて、本来、男女で沸けるものでもないけど、白月の場合、ストーカーってやつらに慣れてるから肝も据わってるとか、そういう感じなんだろうか。
「怪我はしてねえし、させてもねえはずだ」
いや、逃げて行ったあいつらが、びびって途中で転んだり、つまずいたり、ぶつかったりっていうのは、そこまで面倒見切れないけど。
「白月こそ大丈夫か?」
俺は、当然、白月に手を出させるようなへまはしないつもりだったけど、襲われるかもしれないっていうのは、いくら状況的に慣れているのだとしても、少なからず、恐怖とかもあるんじゃないかと思う。
あとは、今、まさに俺に対して恐れを感じているとかな。
「私は平気です。遅くなりましたが、助けていただいてありがとうございます」
しかし、白月は真っ直ぐに俺を見て、素直に頭を下げる。
遅い、なんてことはまったく思ってもないけど。
「もともと、こういうことを警戒してのことだったからな。俺が勝手にしたことで、感謝されるようなことじゃねえし、されようと思ってのことでもねえ」
「べつに、ツンデレは必要ないですよ?」
白月が、あざとく、首を傾げてみせる。多分だけど、わざとだろう。まあ、どっちでもいいけど。
「こっちこそ、そんなつもりじゃねえよ」
ただ、格好つけた手前、最後まで真面目にやり切ったってだけだ。
「じゃあ、俺も帰るから。これから、道場で稽古があるんだよ」
道場での稽古は、基本的に、毎日やる。もはや、稽古っていうより、毎日のルーティーンみたいな感じになりつつあるそれは、物心ついたときからずっと続けているからな。
もちろん、だからといって、適当になんてことはしていない。いつだって、本気で、真面目に、全力で取り組んでいる。
ここから、荷物を持ったまま、制服で走って帰れば、それなりの、準備運動くらいにはなるだろう。
「お時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした。このお礼は必ずしますね。真田くんはいらないと言うかもしれませんが」
もちろん、俺にそんなつもりはないけど、白月が借りだとかなんだって思っているなら、それを解消するのに付き合うのはやぶさかじゃない。
クラスメイトだし、美人だし、険悪なよりは、仲良くしたいと思うのは当然だろ?
まあ、気負ってほしいとかってことは、まったく思ってないけど。
「あんまり嬉しくはありませんか?」
「いや。そんなことはないぞ」
ただ、ここで歓迎してるって言うのも、それはそれで問題があるんじゃねえのか、あるいは、他に問題が発生することになるんじゃないのか、とは思っているけどな。
「そうですか。それはよかったです」
白月はそう言って、微笑んだ。