使命を果たす
まあ、この前のやつは男だったし、女相手っていうのは、いまだに、俺は確認できていないけど。
「女子が相手というのであれば、主には、学内でのことでしょうね。簡単に言えば、人の男に手を出して、みたいなことです」
「ああ、なるほどな」
もちろん、白月自身には、自分から他の男子に声をかけにいったなんてことはないんだろうが、彼女のいる男子のほうが白月に惹かれて、その彼女が盗っただの、盗られただのと騒いで、それが大きくなった感じか。
時として、事実より、声の大きいほうが勝つことはあるわけで、白月がそうやって敵を作りやすかったのなら、どちらに同情的な傾きがあったのかっていうことは、想像に難くない。
「まあ、さすがにいじめみたいなことまでにはなったことはありませんでしたが」
「それはそうだろ……いや、もしかして、女子の中じゃ、そんな真相が確かじゃない、本人が言ってるだけの噂程度のことでいじめにまで発展することがあるのか?」
白月が、もちろん、みたいに頷くから、俺は若干、顔をひきつらせた。女子界隈のことなんて、知るはずもなかったけど、くそ怖いじゃねえか。つい、かっとなってやった、なんてレベルじゃねえぞ。
「そいつらは、言葉とか知らないのか?」
「感情的になると、言葉というのは役に立ちませんから。ストレートに言い過ぎたくないという心理もあるのでしょうが。負けた気分になりますからね。もっとも、そんなことをしでかしている時点で、勝ち負けを語る意味はなくなっているのですが」
どういう理屈だ、それは……いや、理屈なんてものがないから、直接的な行動に出るのか。
「ともかく、姿の見えるストーカー程度であれば、あまり気にしていないということです」
それは、まあ、同じ学年とか、同じクラスとかのやつらを敵に回すよりは、精神的に楽かもしれない……いや、俺にはどっちも経験なんてないから、本当のところはわからないけど。
それでも。
「それはやっぱり、精神が麻痺してるだけだろ」
どっちだって、嫌なことは嫌だろう。
言ったところでどうしようもないと思ってるのかもしれないし、味方がいなかったってこともあったのかもしれないけど、しっかり、発信するべきだと思う。もしかしたら、味方になってくれるやつはいたかもしれない。
それに、白月が意味を感じていたのかどうかってことはあるのかもしれないけど。
この調子なら、仕方ありません、なんて溜息の一つで済ませていたかもしれない、いや、実際にそれで済ませていたんだろうからな。
「困ったことがあったら、俺に言えよ。そりゃあ、小学生みたいに、一億円貸してくれ、なんてことを言われても無理だけど、白月が困ってるなら味方になるから」
それで、根本的な解決にはならないかもしれないけど、少なくとも、爽司や透花は俺に賛同してくれると思う。味方になってくれるやつがいるっていうのは、心強いことだ。
「もしかして、口説かれていますか?」
「口説いてねえよ」
白月は、冗談です、ありがとうございます、と笑う。
「ところで、あいつらは知り合いってことでいいのか?」
前方に見える集団を指差す。集団って言っても、二、三人程度だけど。
明らかにこっちを見てにやついているし、この前とは違い、どう見ても、学生には見えないが。
「いいえ。そもそも、私には男性の知り合いというのは、ほとんどいませんから」
白月はあっさり否定する。
人を見た目で判断するつもりはないけど、あいつらが知り合いだって言われたら、今後白月を見る目が変わっていたかもしれない。
「じゃあ、当然どこの誰かも知らない、と」
それなら、問題ないよな、ぶっ飛ばしても。
武道を習っているからと言って、誰もかれも、精神的に成熟していると思われても困る。いや、本来はそうなるべきなのかもしれないが、それでも、あいつらが悪だというのなら、見逃すこともない。
もちろん、最初から決めつけるんじゃなく、一応は、対話を試みようとは思うけど。
それでも、あらかじめ聞いておいたのは、そうしたほうが、咄嗟の反応が早くなるからだ。身構え、心構えができるからな。
「ええ」
白月も頷いたし、まあ、白月を言い訳にするつもりは最初からなかったけど。
「お――」
「おい、通行の邪魔だ。素直にどいてくれると、こっちとしても助かるんだが」
相手が声をかけてきたところに、わざと、こっちも台詞をかぶせる。
それにしても堂々と姿を見せるなんて思ってなかったけどな。どちらかと言えば、影からこそこそとこっちを見てきていたりするところを、問い詰めるつもりだったんだが、これはこれで手間が省けたと考えるべきなのか。
あるいは、白月的には、直接手を出してくるわけでもなく、ただ後をつけてくるだけ、という認識だったんなら、そのままのほうが楽だったって感じなのかもしれないが。
「お――」
「聞こえなかったのか? 知らないとは言わないだろうが、こいつは白月茉莉。この先に住んでいる家があって、ここを通るのが面倒のないルートだ。少し行けば、白月って表札も出ているから、真実かどうかはわかるだろう。それで、その進行ルートによれば、おまえらがここにいるのは通行の邪魔になるわけだが、素直にどいてくれると助かるな」
相手の台詞を聞かず、わざと、被せるように一方的に言ってのける。
「な――」
「もし、どかねえっていうんなら、通報だ。迷惑防止条例かなんかに引っかかるからな」
俺が視線を向ければ、白月は心得ていたとばかりに、スマホを取り出し、わざとらしく「もしもし、警察ですか――」なんて話し始める。
「おい、おまえ――」
伸ばされた男の手を掴んで止める。
「なにすんだ、てめえ」
「それはこっちの台詞だ。てめらこそ、なにするつもりなのか言ってみろ」
睨みつけると、一瞬、怯んだように身を引こうとしたものの、まあ、俺が手首を掴んだままだったっていうのもあるだろうが、思い直したように、逆の手で殴りかかってくるので。
「は?」
そのまま、投げ落とした。
なんのことはない、握っていた手首をそのまま返しただけのことだけど、目の前で、大の男が、文字どおりに一回転すれば、慣れてないやつらは大抵、驚くものだ。
もちろん、落としたときには、注意して、どこも怪我したりしないよう、できる限り、優しく……なんて、配慮をしたりはしない。
まあ、思い切りアスファルトに叩きつけると、ともすればあの世行きだから、加減はしたけどな。もちろん、そんな下手をうったりはしないけど。
「先に手を出そうとしてきたのはそっちだろ。まさか、なにすんだ、なんて言ったりしねえよな?」
「ふざけんじゃねえ」
わざわざ、振りかぶって殴りかかってくるやつは、まあ、進路が簡単すぎるから避けてもいいんだけど……今回は後ろに白月がいるから、そうも言えないか。
とりあえず、拳の側面を叩いて軌道を逸らし、胸の中心を掌底で押し飛ばす。
加減はしたから、男は後ろに数歩、たたらを踏んだだけで済んだ。
「ふざけてんのはおまえらだろうが」
残った一人にも目を向けてやれば、そいつは茫然としていた様子だったから。
「そいつら連れてさっさと帰れ。もう、人様に迷惑かけるんじゃねえぞ」
「なに言ってんだ、てめえ!」
逆切れされた。
まあ、話を聞くようなやつらだとは思ってもいなかったけど。
「暴力で脅しつけてしか告白できねえようなチキン野郎どもこそ、なに言ってんだ」
残った男も、青筋が立っているんじゃないかと錯覚するような顔つきでけりかかってきたからそれをジャンプして躱し、顔面に蹴りを入れた。




