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いつでも頼ってくれてかまわない

 この場合は、女子が家に来るっていうのを素直に喜ぶべきじゃないんじゃねえのか? つうか、それに数えて良いものじゃないだろ。

 もちろん、困ったときに気軽に来てくれるのはまったく問題ないけど。

 本当は、困っていないとき、つまり、門弟として戸を叩てくれるなら大歓迎なんだけど、それはやんわり断られてるからな。あんまり、しつこく誘うことでもないし。

 

「俺としては、白月が朔仁の道場に通うようになってくれるなら、超嬉しいけどね。学外でも合法的に会えるんだから」 


 わざわざ、合法的に、なんて添えて、爽司が笑いかける。

 本当、ぶれないやつだよな。感心もしないし、真似したいとも、見習いたいとも思わないけど。まあ、付き合って一緒に帰る、みたいな提案をしなかっただけ、少しは白月のことを考えていると言ってやってもいいのかもしれないか。

 

「真田くんの道場というのは、どういったことを教えていらっしゃるのでしょうか。柔道や、合気道などですか?」


「そういった流れはあるし、似たような、あるいは、そのままの技もあるけど、基本的には、我流だって、師匠は言ってるな。ああ、師匠っていうのは、俺の父親のことだけど、道場では師匠って呼ぶことにしてるから」


 どうやら、口では厳しく言われるし、実際、指導が手ぬるいとかっていうこともなく、むしろ、人一倍厳しいんだけど、俺の感じているよりずっと、肉親が教えるっていうのは難しいものらしい。

 その、息子ゆえの甘さが出ないよう、道場では親子である前に師弟ということにしていて、俺も相手を気遣うみたいな真似はしない。まあ、気遣う以前に、親父に一矢報いることができたこともないんだけどな。

 

「まあ、日常の不良とか、ナンパレベルの相手で、本気で武術が必要になるような場面なんてないと思ってるけどな。素人のできる警戒レベルで十分に回避できるはずだ」


 そもそも、日常的にそういったことを警戒しなくちゃいけない、被害者側の注意が必要になるっていうこと自体が問題だって言うなら、そのとおりだけど、その意識は、一朝一夕に、俺たちだけでどうこうできる話でもない。

 たとえば、明日の登校から、みたいな話だな。実際、白月の場合、明日の登校からであっても、狙われる可能性はありそうだし。

 この場合の素人にもできる警戒っていうのは、小学生低学年レベルでも可能って話で、たとえば、防犯ブザーを持ち歩くとか、なるべく一人にならないようにするとか、すぐさま大声をあげて、走って逃げることのできるようにしておくとか、その程度のことだな。

 すぐに逃げられるようにっていうのは、比喩でもなんでもなくて、恐怖で足がすくんで、みたいな話はあるし、そういったときにちゃんと身体を動かせるようにってことだ。声を上げるっていうのも同じだな。

 実際に武術を習っていて、実家だって道場を開いている俺の言うようなことじゃないかもしれないけど、武術なんて、いわば、最終手段だと、俺は思っている。

 もちろん、それを踏まえたうえで、武術を習いに来てくれるっていうなら、歓迎するけど。

 そんな、簡単な、護身程度であれば、べつに、道場なんかに来てもらわなくても、数日くれれば、教えられる。武術と関係なければ、もっと早い。もちろん、本人のやる気次第だっていうのは、それはそのとおりだけど。

 道場に来てくれることを反対しているわけじゃなくて、実際に通うとなると、まあ、言い方はあれだけど、月謝みたいなことも関係してくるからな。自分の家のことだけに、軽々には勧められない。それでも、単純に武術に興味を持ってくれるっていうだけでも、俺は嬉しいけど、それはともかく。

 そんな程度を、白月が思いついていないとも思えないけどな。


「俺たちでよければいつでも頼ってくれていいからさ。頼るっていうのがあれなら、利用してくれるっていうのでも、俺は全然かまわないよ」


 爽司が気軽に声をかけると、白月も、ありがとうございます、と返してくれる。

 

「それじゃあね、白月。明日、また学校で」


 爽司がにこやかに手を振り、俺たちも帰路につく。

 七原家はうちからも近いし、ここから帰る方向も同じだ。もっとも、どうせ、そのあとすぐに爽司とは道場で顔を合わせることになるんだけど。

 

「わりとあっさりしてて良かったな」


「白月も――白月は普通の高校生だからな」


 噂がどれだけ独り歩きしていようが、本人は、普通と称するには、些か特徴的すぎるって言うやつもいるけど、それでも、ただの同級生には違いない。

 漫画やら、小説やらみたいに、ここから、どこぞの裏社会っぽいやつらが続々と現れて、みたいなことになるとは、まあ、あまり思えないし、思いたくもない。ナンパ程度の声かけが止むかどうかは、別問題だろうが。

 

「今のところ、俺たちにできることもほかにないだろ」


 せいぜい、学校側に報告して、話を共有して、防犯意識を高めてもらう程度か。

 とはいえ、俺たちにできることなんて限られてるし、俺と爽司でも二人が限界だろう。

 そもそも、爽司は心配するなら、透花のことを気にかけてほしいんだけど、それを俺から言うのは違うしな。


「いや、これは、一緒に登下校する理由にするチャンスじゃないか?」


 一見、ただのナンパな発言に見えて、実際、ただのナンパな発言なわけだが、これでも爽司が大まじめだってことは、付き合いの長い俺にはよくわかっている。

 

「そうか。それはそれで、迷惑にならないよう、勝手にしてくれ」


 爽司のナンパにまで、付き合ってはいられねえ。

 

「そんなこと言って、朔仁だって、朝の走り込みにコース変えてこっちまで見回りに来ようとか思ってるだろ?」


 咄嗟に否定できず、つい、爽司のほうを向いてしまう。

 

「……よくわかったな」


「まあ、付き合い長いからな」


 それに、毎日同じコースっていうのも、タイムを測るんなら適しているんだろうが、慣れないようにするためってことなら、違うコースを走ったほうが鍛えるには良いんだよな。

 なんて言い訳をするでもなく、単純に白月が、あるいは、白月の周囲が心配だからっていうのもある。

 とはいえ、付き合いが長いっていうのは、そのまま俺も爽司と長い付き合いだってことになるわけで。


「俺がそうするまでもなく、爽司もそうするつもりだったんだろ。だったら、俺までするつもりはねえよ」


 すぐに考えを当ててきたっていうのは、たんに幼馴染だからってことだけじゃなく、爽司も同じ思考に行きついたからってこともあるんだろう。

 爽司の実力は知ってるし、それなら、俺まで来る必要はない。


「朔仁、おまえ、そんなことだから、女の子と仲良くなるチャンスを逃すんだよ」


 爽司はこれ見よがしにため息をついて見せる。いつものことだから、俺は取り合ったりせず。

 

「言っとくがな、爽司。世の中のやつらが、全員が全員、おまえみたいに年中女子と近づくために思考回路を割いてるわけじゃねえんだぞ」


 そんなことになったら、世も末だよ、まったく。

 べつに、種の存続とか、そんなスケールのでかい話をしてるわけでもないし。それにしても、ともすれば、セクハラで訴えられる。


「馬っ鹿、朔仁。おまえ、せっかく高校生になったんだぜ。青春しないとだめだろ。そのために必要なものは、可愛い彼女だろうが。畳の向こうのむさ苦しい男どもじゃないんだよ」


「そうか。なら、好きにしてくれ」


 それ以上は、俺の知ったことじゃない。

 もちろん、白月の周囲の話じゃなく、爽司のナンパに関してだ。




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