第9話 ユキトは一人でバトル開始しちゃいました!?(2)
一つ一つの物語という名の線が、一つに交差する。交差した点が、終局を奏で始める。
これはその一つの線である。
ユキト編(2)
狐面だった少女の仮面を剥ぎ取れば、状況を打開出来る、つまりただの少女になる(いや、攻撃してこなくなる)と、おれは思っていた。
「うわぁぁぁぁぁんっ!」
けれど、あまり変わらず、おれは、少女に攻撃されていた。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
先程までと違うのは、殺気のこもった鋭い腕の刃でも無ければ、足技による華麗な蹴撃でもない。もちろん、おれは【能力】を使わなくともダメージはない。軽やかな、これまでの強さなど全くない、いわゆる、胸をポカポカ叩かれている、だった。
「ずびびぃぃぃっ!」
付け加えて、たまに鼻水が付いてきた。
どうしてこうなっているかと言うと、先程、少女の狐面を剥がしたところまで遡る。
おれは足に痛みを残したが、【疾風迅雷】。。。、【能力】フル活用の技で、なんとか狐面を剥がした。すると、仮面の下は、綺麗な少女だった。
そう、「仮面を取ったらとんでもない美少女だった件」のように、昨今のラノベにありそうな、タイトルを連想してしまったのも無理はない。それくらい、狐面の下の素顔に驚いてしまった。
おれが、彼女に見惚れていると、少女は涙を浮かべながら少しずつ、視線をおれに合わせてきた。その後、少女は、ゆっくりと近付いてくるので、少し警戒したが、すぐにその歩みをと止めた。居心地の悪さを感じるような視線で、おれが持っている仮面を見やる。そして、先程まで戦闘をしていたとは思えない、小さな指先で、おれが持っているを指差した。少女は、仮面を指差したまま、首を左右に大きく振った。おれは、捨ててくれ、もしくは壊してくれと受け取り、空に高々と投げ、この拳で叩き壊した。
そうしたら、少女は突然大声で泣き出し、少し早足でおれの胸に飛び込んできて、今に至る。
実に簡単な経緯である。
先程まで敵同士だった、と言う表現は合っているのだろうか。けれど、この場は彼女を信じようと決める。
決して、彼女が可愛いから疑念を持つのはやめるけではない。おれは少し言い訳がましく自分自身を言いくるめる。
それに、一目惚れ、などと言う言葉で、片付けて良いのかは分からないけれど、おれは、今胸の中にある確かな暖かみを感じたのだから。
彼女は、もう涙と鼻水で顔をくしゃくしゃになっている。おれは、お尻のポケットにたまたま入れていたハンカチで、少女の鼻を拭う。
時間としては数分だったと思う。ようやく、彼女の鳴き声がやんだ。
「少しは落ち着いたかな。。。」
「。。。うむ、すまぬ、突然このようなことになってしまったい。。。」
「おれは大丈夫だよ。ところで、君、名前は何ていうのかな?」
彼女は、少し顔色を悪くすると、足元にゆっくり視線を落とす。
「。。。。3号。。。」
「。。。。」
おれは言葉に詰まる。ホムンクルスとか、人造人間とか、そう言いった、作られた存在なのかもしれない。伸びるように手足を自由に変化させていた、彼女なら、それは、十分あり得る話だ。そんなことを、瞬間的に思いつく。
「私は、色々なセカイで、こういったゲームを繰り返すために、作られた存在。」
やはり。。。と、おれは、また瞬間的に思う。けれど、口に出してはいけない、そんな気がして、言葉を飲み込む。
「そして、ゲームと共に、ワシたちを作った【組織】じゃが。。。」
「ま、待ってっ!ちょっと待ってくれ!」
「?」
おれは、彼女の会話を止める。
突然、大声で話してしまい、彼女をびっくりさせたかもしれない。けれど、この状況を話しに夢中でつい忘れてしまっていた。
「ひとまず、何処かに座ろうか。そこでゆっくり話しをしよう。」
「そ、そうじゃな。」
おれは、まくしたてるように、早口だったかもしれない。彼女の少し動揺したような返事に頷くと、座るところがないか、急いで辺りを見回す。
おれは、現在の状況をようやく理解したためである。理由は明々白々である。つまりは、彼女はおれに抱きついたまま、喋っているのである。
今はこれ以上、彼女と顔を合わせないようにしている。一度気付いてしまうと、緊張が顔に出てしまい、自分の顔が沸騰したやかんのように熱いのが分かる。鏡を見たら、おれの顔はりんごのように真っ赤になっていることだろう。
気恥ずかしさから、おれはいつの間にか、背筋をピンと伸ばした直立姿勢になっている。いつまでもくっついているのも、彼女に悪いと思い、おれは、おそるおそる、彼女の両肩をそっと抱く。彼女がビクッとするのを肌で感じ、心の中で「ごめんなさい」とあやまる。それからおれは、さながら、おもちゃの兵隊のように、ぎこちなく後ろへ一歩分距離を取る。彼女も、今の状況にようやく気付いた様子で顔を紅潮させると、半歩後ろに下がる。
なんとか座れるところを見つけて、彼女。。。3号を案内するとともに、おれは自己紹介した。
「おれ、ユキト。よろしくね。」
おれたちがゲームのために飛ばされたこの森にも、木こりはいたようで、大きな切り株を見つけたおれは、彼女に座るように促す。そのあと、少しだけ距離を置いて、おれも同様に座る。
「先程はどうも。。。。」
「いや、こちらこそじゃ。。。。」
思い出したら、顔が熱くなるのでもうこの話はよそう。おそらく、お互いにそう思っているはず。
おれは、先程聞こえてきた【組織】という言葉について、話しを切り出す。
「さっき【組織】がどうって言ってたよね。話しの続きを聞いていいかい。」
「あ、あぁ。そうじゃな、続きを話すのじゃ。」
その「のじゃ言葉」も気になるところではあるが、あとにしよう。。。
彼女は、瞳に悲しみの色を見せると、俯き、思い出すように、話し始める。
「先程の続きじゃが、ワシたちを作ったのが、その【組織】じゃ。名を【王牙】という。」
「【王牙】。。。。」
なるほど、尾形じゃなく【王牙】か。わざわざ店の看板にするなんて、律儀な【組織】だ。そんな、どうでもいいことを考えつつも、彼女の話しにもう一度集中する。
「【王牙】は、20歳前後の男女のグループに、何かしら理由を付けて集めさせ、この館におびき寄せる。そして、有名なゲームの皮を被り、無理矢理スタートさせるのじゃ。じゃが実態は、ゲームと言う名の人殺し。しかも、何度も繰り返し続けているのじゃ。これまでも、こうやって、何人も犠牲になってきた。死のゲームを繰り返して。。。。」
彼女も、これまで何度もこのような死闘を繰り広げ、そして、その手に掛けてきたのか。何度も。。。か。。。。
「けれど、どんな目的があってそんなことを。。。。」
「ワシも詳細は分からないのじゃ。じゃが1号。。。ゲーム開始時に真ん中にいたやつじゃ。あやつを完全な状態にしようとしているらしいのじゃ。ワシも詳細は知らんのじゃ。」
なるほど、1号、そして3号、か。
「となれば、あの時左右にいたどちらかが、2号ってことか。。。。」
彼女は俯いたまま、頷く。
「そうじゃ。2号。。。2号は、【組織】に貢献しているようじゃが、私は、貢献出来ていなかった。だから、今回が最後と言われていたのじゃ。ワシは、【組織】にとってはお荷物。。。要らない存在じゃからな。」
「素人のおれが言うのもなんだけど、とても貢献出来ないって感じの戦闘力では無かった感じだけどなぁ。」
おれは先程までの死闘を思い出す。本当に、死ぬかと思ったのは間違いない。
「おヌシも、既に体感したと思うのじゃが、このゲームに参加させられる人間は、身体能力が大きく向上する。おヌシも、だいぶ動いていたから、分かるじゃろう。」
「え、そうなの?」
「当たり前じゃ。じゃないと、おヌシなど、ワシの刃でイチコロじゃったぞ。」
そうなのか。。。じゃあ、【増加能力】だけじゃなく、もともとベースアップしていて、それで、ようやく張り合えていた。それがなれば、おれは彼女の言う通り、本当にイチコロだったかもしれない。
少しだけ、寒気を感じて身震いをしてしまい、顔に縦の青スジが生えてしまう。彼女に「どうしたのじゃ、大丈夫か?」と聞かれ、「大丈夫、続けてください」と何故か敬語で続きを促す。
彼女は、おれからゆっくり視線を外し、遠くを見やると、再び話しを続ける。
「ワシは、お荷物なのじゃ。。。。人一人殺せぬ。。。な。。。」
「!」
彼女のいう【貢献】とはそういうことか。
「さっきも言っていた、『殺さないと』って。もしかして、君が人を殺めるように強制された感じだったのかな。」
「そうじゃ。あの被り物をすると、目の前のものを殺すようにまじないのようなものを施されたようじゃ。かすかに記憶に残っている。じゃが、ワシには無理じゃった、人を殺すなど。。。。」
「いやいや、かなり余裕でおれやられてたよ」なんて言えないので、ひとまず頷いてみせる。
けれど、このコ自体は決して悪くはないんだ。悪いのは、その親代りのヤツらだ。
「けれど、だとすれば、君は優しいね。」
「何がじゃ?」
「自分が死ぬかもしれない状況で、相手を慮ることがだよ。」
「はっ!ワシは、別に好きでこんなことをやっている訳ではないからの。殺すくらいなら、もういっそ殺されようかと思っていただけじゃ。」
最初の攻撃は、ただの牽制であり、殺させることを望んでいたのか。おれ個人としてはそんなことなかったくらい必死だったけれど。
「じゃが。。。」
「ん?」
遠くを見ていた彼女は、ゆっくり視線をこちらに向けると、少し紅潮させた頬と、艶っぽい瞳と、何より少しうつむき加減で(いわゆる上目遣い)、おれを見つめてきた。
「優しいと言われたのは、初めてなのじゃ。。。」
ぐはぁぁっ!!!かわいいっ!!これは、シンジがよくやるやつ!いかん、たしかに、こういうのがくるとダメージがあるな(鼻血的な意味で)。
「おれの友達はみんないい奴だから、これからもっと、言ってもらえると思うよ。」
「それは、どういう。。。。」
決めた。彼女はこちら側に引き込む。【組織】のこととか、ご両親のこととか、まだ色々分からないことだらけだど。彼女に人殺しなんて、させちゃ駄目だ。
おれは、彼女の瞳にしっかりと視線を合わせる。
そして、右手を彼女の前に差し出す。
「おれと、一緒に行こう。」
「!」
「まだ、ゲームがどうなるかは分からないけれど、これ以上、君にツライ思いをさせたくない。ツライことや嫌なことから、逃げたっていいんだ。そこに、また新しい何かがある。おれはそう思う。だから、一緒に行こう」
彼女は、少しだけ瞳を潤ませると、「ふんっ」と鼻を鳴らしながら、そっぽを向く。
「まぁ、このまま、おヌシを殺さずに戻っても、あやつらに殺されるだけじゃしな。おヌシと一緒に行ってやるかの!」
そう言って、またこちらを向くと、少し照れくさそうに、おれの手を取る。
「宜しくなのじゃ。ユキトとやら。」
「そこはさん付けとかあだ名じゃないんだ。。。。」
「むっ。こう見えて、おヌシより年上じゃぞ。」
「ま。。。まさか、84歳のばあさん。。。いてっ。」
胸をポカリと叩かれた。彼女が、すごい剣幕でこちらを睨んでいる。
「んなわけあるか!実際は。。。実際は。。。じょ、女性に歳を聞くもんじゃないのじゃ。じゃが【組織】の変な薬やら実験やらで、一時的に成長が止まっておるのは確かじゃ。そのうち、機会があれば教えてやるのじゃ」
「えー。でもほら、口調が結構年寄りくさいというか。。。」
「これは、先生の話し方がうつったのじゃ。今更直せん。」
「ふーん。。。。」
「なんじゃ、その疑っとる目は。」
「いえ、何でもないです、はい。」
「引っかかる言い方じゃのう。」
先生か。彼女たちに一体何を教えた先生なのか、気になるところではあるけれど、今は気にしないようにしよう。
「まぁまぁ、宜しく。ところで、今更ながらに名前を聞いてなかった。その、実験に参加する前は、どんな名前だったの?」
彼女は考え込むように「うーん」と唸りながら、頭をひねっている。
「名前か。。。【組織】に入ったのはずいぶん小さな頃からじゃったからのう。両親からもらった名前はとっくに忘れてしまったの。」
彼女は、何処か冷めたような、けれど寂しいような、不思議な瞳の色をする。
「なるほど。。。。なら、ここから、また新しく始めるために、名前を決めよう。」
「オヌシが決めてくれ。」
「え、いいのかい?」
「ワシを解放してくれたのはオヌシじゃ。好きに呼ぶと良い。」
おれは考える。柔らかい菫色の髪が印象的だからな。アジサイ、アジサ、アズサ。。。、うん。
「じゃあ、アズサ。どうかな。」
「。。。良い響きじゃ。」
「紫陽花からもじったんだ。紫陽花の花言葉は、冷淡や無常っていう少し良くないものもある一方で、和気あいあいとか家族って意味も込められているんだ。」
「詳しいのぅ。」
「たまたまだよ。好きなんだ。紫陽花。」
「分かったのじゃ、これまでのワシはもう捨てたのじゃ。ワシは今からアズサと名乗ることにするのじゃ。」
「ありがとう、よろしくね、アズサ。」
もう一度、丁寧にその名前を呼ぶ。
「あぁ、宜しくなのじゃ、ユキト!」
この前のアズサは綺麗だったけれど、今日のアズサは、笑顔が眩しい、とても可愛い、普通の女の子に見えた。
おれとアズサは、街に向かって森を進んでいた。けれど、せっかく知り合ったから、何か会話をしてから本題に入ろうと思い、少しだけ雑談をした。それから本題に入った。
「アズサ、そういえば君は、何か好きな言葉とかあるのかい?」
「あるぞ!」
食い気味に即答された。
「おぉ!」
「『さくらんぼ』じゃ♫」
思っていたより可愛い単語が出てきた。
「ん?さくらんぼ?」
「そうじゃ、『さくらんぼ』じゃ。昔を捨てたとは言ったが、子供の頃に食べたさくらんぼの美味しさだけは記憶に残っとる。」
「へぇ、そうなんだね。」
「それに。。。。」
「それに?」
「それに、まるでワシとおヌシのようで良いじゃろう!」
「どうして、おれと君?」
「『さくらんぼ』は、いつも2つあるし、茎で繋がっとるじゃろ。おヌシはワシとずっと一緒にいてくれるのであろう?」
「ん?」
「違うのか?」
彼女が急にしおらしい声になった。
「いや、違わないけれど。なんか、プロポーズされているみたいだなあと。」
その瞬間、彼女の顔が、さくらんぼのように朱色に染まった。
「ち、違うからっ!そういう意味じゃないんじゃからな!」
「分かってるよ、少しからかっただけだよ。」
「分かっとらんわ。。。。馬鹿者め。。。。」
「ん?何だって?」
「なんでもないわい!」
そういうと、アズサは走るスピードを何故か速めた。
なんとかアズサに追いつき、今度は本題である現状を聞いたのだ。
「良いか。殺人ゲームとは言っても、実際は生気さえあれば良いのじゃ。最初のケンゴ殿は、足首だけが残った。じゃが、何が残っていようと関係ないのじゃ。生気を回収すれば、あとはどうでもいい。生気を吸われた人間は、現実世界に戻され、店の前に放り出されているはずじゃ。そのまま放っていれば、普通は危ないじゃろう。。。。」
「だから、真ん中のやつは『いただきます』って言っていたのか。」
「そうじゃ。皆を怯えさせるための、あやつなりのデモンストレーションじゃ。」
「む。。。。」
「ケンゴ殿の場合、あくまでデモンストレーションじゃ。このゲームについて、噂を広めて貰うための、じゃ。生気を吸われているが、多少は動くことは出来よう。問題は、残ったメンバー、つまり、ユキト、おヌシたちじゃ。ワシ以外の1号、3号に出会った場合、慣れてない【能力】を駆使しても殺されてしまうじゃろう。」
「そんな。。。。」
「そもそも、3号はワシと同じ【能力】を持っている。あやつは、【組織】の目的なぞ関係なく、人を切り刻んでいる。まるで殺しを楽しむように。。。。」
「アズサと同じ【能力】で、おまけに殺人狂か。。。。おれは、最初に出会ったのが、たまたまアズサだったから良かったけれど、他の皆がそいつと出会ったら。。。。」
「間違いなく、殺されるじゃろうな。」
「分かった。やはりひとまず、他の皆と合流しよう。君以外は、話しの通じる相手じゃなさそうだ。」
「了解じゃ。おそらく、何人かは街に飛ばされたはずじゃ。森の中を彷徨うより、まずは街に行って、周辺を当たってみる方が得策なのじゃ。」
「そうだね。ついでに、ババ抜きクリアのために、カードをCPUから奪わないといけないし。残りの【組織】の連中を戦闘不能にすれば終わるとも限らないし。そういえば、アズサは何かカードを持っているのかい?」
「ワシは、
『7、5、A、9』
の4枚じゃ。」
「おれは
『9、2、6、3、Q』
だから『9』が消せるね。君にあげるよ。」
「心配は要らん。ワシにはゲームオーバーなど存在せぬ。遠慮なくワシから持って行くが良い。」
「そうなのかい?やっぱり、主催者側だからなのかな。」
「おそらくそうじゃろう。」
「ふむぅ、じゃあ右手にお願い。オレが貰っておくよ。」
「分かったのじゃ。」
オレはアズサの右手に触れ、バインダー(から『9』が入ったことを確認する。
「消去実行。」
これでおれの残りのカードは『2、6、3、Q』の4枚。最低あと2枚か。。。。先は長いな。。。。
「よし、じゃあ街の方を目指してみよう。」
「そうじゃな。詳しい話しも合流してからのほうがいいじゃろう。街へ行くぞ。」
街へ着くと、何か違和感のある人たちが歩いている。おれやアズサに見向きもしない。
「アズサに関してはコスプレもいいとこなのに、この田舎で誰も反応しないのは、おかしいな。。。いてっ。」
おれは、後ろからポカリとアズサに背中を叩かれる。振り向くと、またしかめっ面でこちらを睨んでいる。
「うるさいっ。だったら、おヌシの家に行って、服をよこせ。バカ者め。そんなことばかり言っていると、女子に嫌われるぞ。」
「ごめん、いろんな意味でそうだね。。。。だけど、その前に。。。」
CPUから、何枚かカードを奪っておきたいところ。けれど、【疾風迅雷】は足が壊れそうで怖い。いや、歩いているスピードであれば、そこまで【能力】を使う必要もないだろう。
「てか、これ誰が持ってるとかあるのかな。」
「おヌシの【能力】は【増加による強化】であろう、感覚を強化してみるのじゃ。違いが分かるじゃろ。」
おれが独り言のように呟くと、アズサがさらっと応えてくれる。これがさくらんぼ効果か。。。。
「おヌシ、変なこと考えてないか?」
「そんなことないよ、なるほど、ありがとう!【感覚強化】!」
鋭い。。。。
気を取り直して、強化した感覚を研ぎ澄ます。周りの全てが、隅々まで感じる。そして人の動きが、目を閉じていても分かる。そこに1人、変な感じの人がいることが分かる。ひとまず両腕に触れてみるか。どっちか、または両方手に入るかもしれない。
「待て。」
「んん!?」
急にストップがかかったので、急いでやめてアズサの方を見やる。
「どうしたのっ。」
「おヌシ、先程ワシからカードを引いたであろう。今行ってもおヌシはカードを引けんぞ。ワシが、おヌシからカードを1枚引く。」
「なるほど、ルールか、ごめん、完全に頭から抜けてたよ。『2、6、3、Q』とあるけど、どれにする?」
「ワシはどれを持っていても問題ない。好きなカードを寄こすのじゃ。」
「分かった。うーん、じゃあひとまず『2』で。」
「了解なのじゃ。」
アズサがおれのカードを引く。これでカードが移った。残りは3枚、
『6、3、Q』
になる。次は引く番。
アズサが
『7、5、A、2』
次は引かれる番。
となる。
「では、今度こそ行ってくる。」
「了解なのじゃ。」
「【迅雷】!」
スピードはまあまあに、おれは相手の両腕に集中して、ダッシュする。歩いている人を掻き分け、相手の両腕に触れる。そして、一気に飛び退いて、アズサのところに戻って来る。
おれはスピードを抑えていたつもりだったが、それでもなかなかの速さだったらしく、掻き分けて避けたはずの人たちが何人かよろけている。
おれが戻ってきたところで、アズサがまるで自分のことのように声を掛けてくる。
「どうじゃ?ちゃんとあったであろう!見ろ!ワシの言った通りじゃろう!あっはっはっ!」
「やったのは、おれなんだけどね。。。」
まぁいいか。手元のカードは。。。じゃないや、バインダーだったっけ。
「えっと、『7』かな。」
アズサは、見えないはずのバインダーあたりをピョンピョン跳ねて見ようとする。あれ、見えてないよねこれ。
「ということは、消せるのは『7』じゃな。引ける番になったら、ワシから引くと良い。これでおヌシはリーチになるぞ。」
「そうだね。。。。、けど、やっぱりアズサも一緒に消していかないかい?最後にやっぱり駄目でした、とかだと悲しいし。。。。」
「心配ないと言っておろうが、信用せい。」
「うーん。。。。納得できないけど、どっちにしても二人とも引かれる番だし、保留ということで。」
「まぁ、おヌシの好きに考えるが良い。」
大丈夫だと言い張るのは、まだアズサには聞けていない、【組織】も関係していることだろう。皆にも聞いてもらいたいし、【組織】についてはかなり話しが大きい。果たしておれたちだけで対処できるのか。。。
「ユキト!!」
アズサが急に叫びながら、ある方向を指差す。
「誰ぞおるのじゃ!」
「あれは。。。シンジとアイナだ!」
「おヌシの仲間かの!合流するのか!?」
「そうだね、そのために来たんだ。大丈夫、アズサを傷付けるようなことには絶対ならないから。安心して、おれと一緒に来てくれ。出来そうかい?」
アズサは少しだけ俯くが、すぐにシンジたちの方に視線をまっすぐ合わせる。
「大丈夫じゃ。ワシとおヌシとは。」
「さくらんぼだね。じゃあ、合流しよう。」
「うむ!」
仮に、シンジたちと合流して、皆で何とかなるのかと言われたら、まだ現時点では不明確な状態だ。けれど、アズサは、何があってもおれが守らないと。彼女を取り巻く環境を壊すきっかけを与えたのはおれだ。そして、それに応えてくれたアズサのためにも。守らなくちゃ、【組織】からも、アズサには「大丈夫」とは言ったものの、まずは友達からも。もし、友達の中にしょぐちの仇を仲間には出来ないと言う人が出てきたら、その時はおれ一人でも彼女の味方になるんだ。
一人ぼっちは、寂しいから。