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0-プロローグ




ここは人の住む(みやこ)から離れたうっそうとした森の中。

山から少し飛び出た高台の上、木々が少し拓けた(ひらけた)所に建った(木造屋敷)の中。


「あーーっうーーっ!!」

赤ん坊の声が甲高く響く。

「あーっ!!あーーーうーーー!!」

「あらあら〜ユーリお嬢様は、お腹がすいたのね」

ザザザザザという木々たちの晴れやかな合唱(さざめき)を聴きながら、白髪の老婆が彼女の子供にしては幼過ぎる子供をあやし、ミルクを温めている。

白南門(はくなんもん)は崩れ去り、白龍(はくりゅう)(みな)荒針峰(こうしんぽう)の雲の上、百合の跡へと聖なる血を…』老婆は物憂げに紫色の目を伏せながら、今日も同じ詩を口ずさむ。


庭にまばらに生えている野花も風に揺られている。

ここでは彼ら2人だけのゆったりとした穏やかな時間が流れていた


ーーーーーーーーーーー

この世界は現在、3つに分割されている。

我が国"ガルド同盟国"

非統制地"フリガラ"

その隣にある"インデール同盟国"


大きな区分として”国”とあるが、実際はガルド同盟国もインデール同盟国もそれぞれ5つと7つの”門派”の同盟によって成り立っている。

門派とは、国のようなもので、それぞれ特徴的な神武術を持つ。門派の主”門主”は、領主の様にそれぞれの領地をその神武術を使って守り栄えさせている。


神武術とは、神力を使ったさまざまな武術の総称だ。神武術を使える人間と使えない人間には雲泥の戦力の格差がある。

{神力はすべての人間の体を巡り、身体強化や様々な術を可能にするエネルギー。少しでも才があれば鍛錬を積むことでそれを感覚的に理解し意図的に使えるようになる。}


それぞれの門派が治める地がもつ資源や技術、戦力のための利害関係で同盟が結ばれ、国が成り立っているのだ。しかし、門主達は同盟を結んでいるだけで、門主たちを統制できる”王”は存在していなかった。それ故、彼らは自分の門派と領地を栄えさせるため、維持するためにそれぞれの神武術に磨きをかけ、同盟の水面下で絶えず攻防を繰り返していた。


戦乱の日々が続き、門派の生徒”門派生”になることが一種のステータスとなっている。理由の一つとして他の職よりも儲かるからだ。それだけでなく危険が伴うこの世の中、強さというものは重要視される。

門派生は神武術の実力により選ばれており、その強さを証明するものであるのだ。人々はお金や地位、己の強さの為に、様々な想いを胸に抱きながら門派生となる為、または門派生となり、日々鍛錬を行っていた。


ーーーーーー



そんな戦乱の時代もつゆ知らず、7年後、その小さな赤子だった子は当然のように7歳になった。


黒髪黒目の少女はまだ幼いが可愛く育った。その性格はとても活発で、ある日は家の裏にある森を一日中探検したり、またある日は老婆を真似て剣の練習をしたり、その次の日は分厚い本を大人さながらに読み込んでいる。

今日は彼女は老婆がよく口ずさんでいる意味のわからない詩歌を大声で暗唱しながら、家の近くの一番大きい木にリズムよく登っている。

(たみ)は孤独に葉を王へ、

空へ飛ぶのは(ヘビ)(ちょう)!!」

「ユーリお嬢さま、危険ですので前の様に木の上で踊ったりしないでくださいね。」

白髪だらけで70歳ほどに見えるの老婆が二階の窓から心配そうに顔を出す。

「大丈夫!!ばあばは気にせず掃除してていいよ!!」

そういうと渋々ばあばは物置の本の掃除を再開した。



この7年間の平和であたたかい日々はユーリに沢山のことを与えてくれた。。

いつの日かユーリは自分に母と父というものがいないことに気づいた。しかし老婆は本にあるような実の親の様に接してくれた。毎日毎日、甲斐甲斐しく世話をしてくれたので、そんなことを特に気にすることはなかったのだ。彼女は平民は一般に習うことがない文字や言葉を直接教えてくれた。

それにいつも笑顔で、ユーリをかわいいかわいいと褒めまわし、いけないことをすれば(暗いところで書物をずっと読んでいたり、好き嫌いをして食べ残しをすると)しっかりと怒ってくれる。


少女はそのおかげあって、すくすくと育ち、文字を学んでからはどんな本でも繰り返し読み沢山のことを理解した。

武術の本を読み、年少4才にして自ら悟り(神力の感覚を覚えること)を開いた。


彼女は老婆(ばあば)の期待に溢れた視線を感じることができる”運行”を毎朝の日課としている。

{運行とは、武人の才がある人間にのみできる、神力を鍛える方法。}

少女は事実、神力の鍛錬については武人として十分すぎる天才をもっていたが、それは彼女にとって老婆から褒められたいが為に行っているにすぎなかった。



「ばあば!!見て見て!リス捕まえた!!」

「ユーリお嬢様!?いつの間にそんなところに!!枝の上で飛び跳ねてはいけません!!」

「へ?」バキッ!!「ぎゃーーー!!!!」バサバサバサッ!

「な、なんとか枝に引っ掛かって地面に落下せずに済んだ!!」「ユーリお嬢様!!絶対にそれ以上動かないでくださいね!今行きます!!それとこれからは木に登るのは禁止いたします!!」

「うわーーーん!!そんなーー!」


まだまだ幼いお転婆娘はこんな平穏が当たり前のものだと思いきっていた。

だがそれももう長くは続かない。運命の歯車はもうすでに動き始め、彼女を刻一刻と待ちわびているのであった。


ーーーーーーーーー

一昨日、枝にひっかっかってボロボロになった着物が途中まで手縫いで直され、壁に掛けられている。

日の光が新緑の若葉をキラキラと照らす。


そんな晴れやかな空を馬鹿でかい声が切り裂く。

「もおおーー!!暇ぁあああ!!」

大きな机に()()()()()を突っ伏しながら、ユーリは一人叫ぶ。


なぜこんな事になっているかというと”ばあば”が都に週一回の買い出しに行っているのだ。


いつも彼女はばあばに付いていこうとするのだが、どうやっても許しを貰えない。それだけでなく森に閉じ込められてしまうのだ。

~~~~~~~~~~


数分前に遡る。

「いーーく!!!わたしもいく!!つれてけーー!!」

白髪の老婆と黒髪の少女は玄関前で取っ組み合いを行っている。とはいっても老婆の方がだいぶ優勢に見えるが。

「ユーリお嬢様~、何度言ったらわかってくださるんですかー?お嬢様が十分に成長なされた暁にはわたくしが責任をもってご案内いたしますねー。」

笑顔の老婆は見た目によらない怪力で暴れるユーリを地面に組み抑えている。


タンッタンタン!

老婆は少女に点穴(全身に存在する特定のツボを衝き、体にめぐる神力を制限し、各種の身体機能を封じる技)を素早く施した。

「グッ!!ず、ずるい!!」

「今回も、10分ほどで解ける点穴を施しましたので、お留守番お願いしますね」


老婆は、体に力の入らなくなったユーリをダイニングルームの椅子に丁寧に座らせ、苦しくないように机に上半身を横たえてから、自分の黒い外套を慣れたように羽織り、家の鍵をしっかりかけ出ていった。


----そうして、前の状態に戻る。


スッーーー体が軽くなる。

悶々とした10分が過ぎ去り、全身に神力が巡り、力が入るようになる。やっと点穴が解けたのだ。

「ふうーー、ばあばはいつも容赦がないな!まあ、今日の取っ組み合いはわざと負けただけだけど。」

強がりの言葉を吐きながら椅子からすぐに飛び起き、体のコリをほぐす。


「よし、絶対脱出してやるぞ!!」


ばあばは、ユーリを森の外に行かせないために家に鍵をかけただけではなく、家を取り囲むように大体半径3、4kmくらい離れたところに人を迷わせる霧のような幻術の結界を敷いているのである。

今までは、どれだけ進んでも森の外に出られないばかりか家に戻ってきてしまう、この幻術のせいで都に出ることができなかったのだ。


人間というのは禁止されればされるほど反抗したくなる生き物だ。

ユーリはばあばに一泡吹かせてやろうという心持ちだけで、家中の本を読み漁り、様々な脱出方法を試しつくしていた。


だが、それも今日で最後になるだろう。ユーリはこの幻術の解術方法が載っている日記を見つけたのだ。

昨日の出来事だった。この家が建つ土地に何か秘密があるのではと思い、ここ(ガルド国西南部)の土地に関する本を読みながら、いつものように家中を徘徊していたところ、二階の物置部屋の隅で何かに躓いたのだ。この部屋で躓いたことなんて今まで一度たりともなかった。床を見ると木材の一つがほんの少しだけ浮いていた。気になってそれをどけるとそこにはこの古びた日記が隠してあったのだ。一昨日ばあばはこの部屋を掃除していたが、途中ユーリが木に宙づりにされた為、慌ててこの本しっかりと隠すことが出来なかったのだ。


ユーリはその解術法が載っていたボロ日記と小袋、他必要なものを忘れず持ち、(玄関のカギは外からかかっているので)窓を開錠し、外へと走り出る。

胸がワクワクで満ちていくのを感じた。

青々とした木々の中、ある程度行ったところに目的の”白い花”をみとめる。脱出を繰り返すうちにこの花の先には幻術を見せる靄が広がっている事がわかった。

白い花の目の前に座り込み、ボロ日記を開く

「ええと、”フリガラ東方地区の民族について”。どこだっけ、結界については、、、あったあった。」


『一五XX年 七月XX日。

この民族は白ユリの花のような見た目をした”零花”が幻術を造成することを発見し、これを使った結界術を秘術の一つとしている。結界の造成には長期間が必要となるが、この結界はとても強力かつ、零花が一般に知られていない今現在、結界があること自体判断できる人間はこの民族外ではいないに等しいだろう。----完全な解術は莫大な神力と独自の技術が必要なため困難だが、内側からの一部の一時的な解除は術者(または術者の神力のこもっているもの)と特産の鉱物”寂白樹晶”と造成時と同等量の神力があれば比較的簡単にできるようだ。』


ユーリは、護身術式付き(ばあばの神力つき)のペンダントを首から外し、小袋からばあばの部屋から頂戴した小さい石ころのような寂白樹晶を取り出した。これは大事そうに飾ってあり、ばあばはよく祈っていたので価値のあるものなのだと思う。慎重に扱わなくては。

「ふむふむ方法はというと、この石とペンダントと零花、自分の体に神力を巡らせるだけでいいのか。意外と簡単じゃないか。」

そうしてユーリはネックレスと石と零花に触れ、神力を運行させる。

いつも朝にしている運行と違う、自分のものではない神力が流れる異物感が全身に走る。

ボロ日記に従い、こちらの言語ではない文字列を読む。


「--------------(貴華の力を拝借させていただく。彼の許可のもと行使させていただく。解除。)」


瞬間、零花がフラッシュの様に白く光り輝き、全身の神力の巡りが急激に早まる。ゾゾゾゾゾゾゾゾ!!

いや違う!急激に零花に吸収されていっているのだ。

「ウグッ!!!!」

まずい!神力の使い過ぎは神力欠乏症を招きかねず、生死にかかわるのだ。そういえば"造成時と同等量の神力があれば”って、どれだけ神力が必要なのか全然考えてなかった!!

焦りと恐怖から全身から冷や汗が出る。中止をしたくとも神力の流れは速まるばかりで追いつけない。

「うがああああああ!!!!」ガクガクと全身の震えが始まる。

やばい、死ぬ。死ぬ!!すべてがスローモーションのように見え始めた。そしてばあばとの思い出がふと頭の中に駆け巡った。こ、これはかの有名な走馬灯というものか!?いやだ!!こんなところで死にたくない!!


「負けてたまるかぁああ!!!」ユーリは歯を食いしばり、飛びそうな意識を食い止め気合を入れたた。ユーリの瞳の虹彩は徐々に(あか)く染まり、周りの草木が円状に枯れてゆく。


ザザザザザーーーーシュッ!!ーーーーー零花の光が収まり、花びらが閉じた。

同時に神力の吸引が止まった。


フラッ。ドサッ。

少女の小さいからだが地面に倒れる。このまま一息つきたいところだが、霧が元に戻らないうちに結界の外に抜けなくては。

息絶え絶えの体を動かし、ドーム状に霧が晴れた所を這い進む。



数分後、無事に森を抜けた。

「・・・・はあ、はあ、はあ。なんとか、なんとかなった。。。」

ドクどくどく・・・仰向けになり、空を仰ぎ見る。霧のない青々と広がる晴天だ。

今更だが死ぬ所だった。二度とこんなことしない、ごめんなさいばあば。

しかし、

「やってやった、、、。」こぼれそうな笑顔を浮かべるユーリだった。

これは脱出101回目の挑戦だった。


ずっとこうしてはいられないと息を整え、外套で体を覆い深くフードを被り、都に入るため大きな城門へと続く道に向かう。

少し急な丘をなんとかして降りてゆくと太い

城門では検問が行われている。

ばあばにそれとなく聞いたところ普通の人は手形などは必要なく通行料を支払えば通れるとのことだった。


丘の上から見るよりずっと重厚な門や巨大な版築壁に圧倒されながらも、前に倣って(ならって)検問を待つ長い行列に並ぶ。

待っている間は、そこにいないはずの自分を見つけて、驚いて腰を抜かすばあばの表情を思い浮かべてニヤニヤしていてた。

それだけでなく、町には本当にいろんな食べ物が買える商店街というものがあるのかな?本当にいっぱいの人で溢れてるのかな?

ユーリは本で得た知識とばあばから教えてもらった話でまだ見ぬ城壁の中の様子に思いを馳せていた。



やっと自分の番が来た。頭上から地響きの様に低い声が降ってきた。

「おい、お前。頭巾を取って顔をみせろ。」

ユーリは思わず顔を上げた。壁の様にとっても体格(がたい)の良い門番さんだ。水色の道士服を着て、人の背ほどある槍を持っていた。

その厳めしい顔は、意外と幼さがある。ユーリは初めて見たごつくて大きい男性に呆気にとられた。それだけでなく彼女は生まれてからずうっとあの霧の結界内にいたので、ばあば以外の人間と面と向かうのがこれで初めてだったのだ。

ユーリは初めてのことだらけで思わず放心してしまった。


反応の無いユーリの様子に門番は不愛想な声で促す。

「おい、聞こえているのか?はやくしろ!」

思わずユーリはビクッとした。急いでごめんなさいと謝ろうとした時、

「ケ~~ンちゃん!!もう!この子が怖がってるでしょ!!」

ユーリの背後から若い女の人の声が降ってきた。振り向いて見ると、艶のあるこげ茶色の髪の可愛いらしい小柄な女の人がいた。彼女は何処かの土地から旅をしてきたのか、地味なあずき色の服を身にまとってはいるがそこらにいる平民とは違うような品が感じられた。

「ナ、ナツミ!かえってきたんだな。お疲れ様。」門番さんがに女の人の勢いに押されるように答えた。

「あら、ありがとう!そっちこそお疲れ様!ケンちゃんはただでさえ大きくて怖いんだからだから、子供には優しく声をかけなさいって言ってるでしょ。」

「わ、わかったよ。」門番さんは眉を八の字にし、体を縮め、頬を人差し指でカキカキと掻きながら答えた。

どうやら門番さんはこの可愛らしい女の人とは相当の顔見知りらしい。

「そこの君、頭巾をとってくれないか、顔を確認しなきゃ入れてやれないんだ。」

門番さんは体を縮めたまま優しく聞いてくれた。

「は、はい!」

ユーリはハッとして、答えると同時に外套の頭巾をすぐにとった。

「あら、かわいい女の子じゃない?ねえ、お嬢ちゃん今日は一人で来たの?」

「はい!そうです!商店街に行きたくて」

「そうなの!お姉ちゃんは今日久しぶりにこっちに帰ってきたから、商店街をぶらぶらしようと思うんだけど、一緒に行かない?それか用事の場所まで送ってってあげるわよ。」

「え、いいんですか?今日は商店街を色々見て回ろうと思ってました!」

「ええ、女の子一人だと心配じゃない。それに私は家業の商店街で出す品物を扱う仕事を手伝ってて顔が売れてるから、一緒にいるだけでどの商品も安くまけて貰えるわよ!」

「ぜひよろしくお願いします!私はユーリって言います。」

「あら~本当に賢い子ね。私はナツミっていうの。よろしくね。」ナツミはユーリの頭を撫でまわした。

「このおっきいお兄ちゃんはケンゴウっていう名前で、私の幼馴染なの。それに見てわかる通り、水清門派の門派生なの。私と同じ(おんなじ)でこの前十七歳なったばかりなのに本当にすごいでしょう?」ナツミお姉さんはケンゴウさんを指さしながら言った。

「よ、よろしく」ケンゴウさんはどもる癖でもあるのだろうか?

「あ、そうだ。ケンちゃん、夕方になったら露店で一緒に食べない?いつもの広場で待ってるわ」

「ああ、わかった。16時にな。」ケンゴウはちょっとうれしそうに答えた。



ナツミお姉さんはちょっと待っててと言って、まだまだ後ろの方に並んでいる、沢山の馬車や荷物を載せた台車をまとめていた彼女の家の商会の侍従長に声をかけに行った。そして少ししてから戻ってきた。もしかしたら彼女とその実家は物凄い金持ちなのかもしれない。


「さあ、ここがガルド国の第三の都市”水清京”よ!」


門を通ると、目の前から人がひしめき合う賑やかな広すぎる大通りが広がっていた。

大通りを囲むように様々な店が構えていた。赤を基調とした見たこともない高い建物で統一されており、それはそれは壮観だった。金色で書かれた看板や赤い提灯(ちょうちん)やひょうたんがぶら下がっていたり、さまざまな装飾が施された瓦が使われた屋根だったりと、ユーリは前々から本で水清京がどんな風か読んでいたものの、実際見るものは想像より何倍もすごい、開いた口が塞がらなかった。

 

「あれれ~なんだ?ユーリは都には初めてなの?」ナツミお姉さんがニコニコしながら顔をのぞき込んできた。

「は、はい!商店街ってすごい大きいんですね!!それに人がいっぱい!!」

「そうよ、商店街は全部ここの大通りに集まってるの。大通り以外は危ないところも多いから間違ってもいかないように。」

「はい!わかりました!」ユーリは目を輝かせながら答えた。

ナツミお姉さんはユーリの手を取ってしっかり握って見せた。

「人が多くて迷子になると危ないからね!絶対絶対離しちゃだめよ。」

「はーーい!」


商店街は手前の方から順に巡っていった。

「おお~、ナツミちゃん帰ってきたのかい!!」

「久しぶり~!!今回もいいもん一杯持ってきたから期待しといて!!」

ナツミお姉さんは商店街の人と話すときは、わざと訛りを出すようだ。

「あれ、そのちっこい子は親戚の子とかかい?」「いいや、さっき偶然会った子だよ。いい子だからよくしてくれよ!」「かわいい子だなぁ、お嬢ちゃんにはこの団子をおまけしたげるよ!!」

ナツミお姉さんと街商人たちとの間にはこんな風なやり取りが毎回起こり、商店街の中間に行く前にはもうお腹いっぱいになった。同時に、ナツミお姉さんが商店街の人々にどれだけ慕われているか信頼されているかがわかった。

商店街には食べ物だけではなく沢山のきれいな物があった。ここは漆が特産品らしい。物売りのところでもおまけを貰うもので、派手な子供用の着物や沢山の装飾品に、頬のっぷっくりした女児の顔を模したお面をかぶり見た目も面白い感じになっている。



「もう、お腹いっぱいだねー。ちょっと休憩しようか?」

「はい!ナツミお姉さんのおかげでお腹いっぱいおいしいもの食べれました。ありがとうございます!」

「ほんとう、礼儀正しくてかわいい子ね~~”うちの子たち”と違って。」

「”うちの子たち”って、子供がいるんですか?やっぱりあのケンゴウさんとの子ですか?」

「えっ、あっちがうの!!うちの子っていうのは弟と妹たちのこと!!ッてやっぱりケンゴウさんとの子って!!違うわ、ケンちゃんとはただの幼馴染よ!!」

ナツミお姉さんは顔に手を当て恥ずかしそうにしている。あっ、この反応はとユーリはピンときた。

「ナツミお姉さんは門番さんのことが好きなんですか?」

「それは・・・・。」見る見るうちにナツミお姉さんの顔が真っ赤に茹ってゆく。

「てっきり、お二人のお互いを見つめる熱い眼差しから…」

「もうーー!!どうしよう恥ずかしい!恥ずかしいよ!?ッて私そんな顔してたの?!」

「あはははは!!やっぱりナツミお姉さんはケンゴウさんのことがお好きなんですね。ナツミお姉さんわかりやすい!!どこが好きなんですか?いつから好きになったんですか?」

「もう!そんなにからかわないで!ちょっとここで待ってて、詳しい話は人が少ないところで!そこの店の個室が空いてるか確認してくるわね!」

「はーーい!」ユーリは逃げるように豪奢な造りの店の中に入っていく彼女を、生ぬるい目線を向けながら手を振り見送った。


「よっコラショ。」ユーリは暇なときよく虫や森の動物たちをじっと観察する。今もしゃがんだ足元には蟻の行列ができているがそれよりもずっと街の人々に興味がわいた。


商店街の人々は仕事をしている人もおしゃべりしている人もみんな笑顔を浮かべ幸せそうだ。

「わーい!!おれの勝ち~!!」通りの反対側の方でユーリと同じくらいの年の、元気な子供たちの声が響く。追いかけっこをしているようだ。

(あれが友達ってことか。いいな、楽しそう。…でも、ちょっと疲れた。)

いままで家の中と広い裏山しか見たことのなかったユーリは、人がひしめくこの活気な都はまるで別世界のようだと思った。ここには、おいしい食べ物、きれいなもの、優しい人々なんでもある。でも、ここには自分の居場所はないような気がしてきて、ばあばに早く会いたいと思った。


ふとその瞬間、子供たちがかけっこしている所の奥にある細い横道へと白い髪の老婆が、そう、私の”ばあば”が歩いて入っていくのが見えた。外套に隠れて顔はちらりとしか見えなかったが間違いない。私は大大大好きなばあばを見間違えやしないのだ!

「ばあば!!待って!!…いや、」ユーリは思わずニヤッと口角が上がるのを感じた。

(今から走ったら十分追いつけるはず!後ろからパッと登場して驚かせてやるんだ!!)


ユーリは緩んだ表情を抑えながら、大通りを通る大人たちを器用に避けながら広い大通りを横切り、薄暗い横道に入り込んだ。そう、はやる心のままに足を速めた。

ユーリの頭の中からは、ナツミから待っていろと言われたことがもうすっかり抜け落ちていた。




ばあばの影をなんとか追って迷路のような細道をグネグネと長く走ってしまった。

「はあ、はあ、全然追いつけない・・・ばあば流石の体力。結構奥まで来ちゃったけど帰れるかな・・。」

暗い裏道にでた時、何かが横から強く体にぶつかった。

ダンッ!!「わッ!」

私よりも小さい子・・・?


ズサッ!!

ユーリは地面に軽く尻もちをついた。対して、衝突してきた小さい子は勢い余って体の前側から体ごと倒れてしまった。とても痛そうな転び方だ。

ぶつかった拍子にその子の羽織っていた麻布がとれて、この商店街では見かけない薄汚れたウェーブする長い灰色の髪が見えた。


「だっ、大丈夫?!」ユーリは思わず駆け寄った。

さっき前のめりに倒れたことで腕を強く擦ってしまったのだろう、腕からドクドクと血を流していた。

「ち、ち、ち、血が!!痛いよね!?早く手当しないと!!」

それだけでなく、その細い手首には分厚い錆びた金属の手錠をはめていた。

ある本には、手錠をしている人は奴隷や犯罪者であると書いてあった気がする。この子供は大方(おおかた)奴隷というものなのだろうか。

こんな怪我なのに痛みに強いのか、子供は俯き(うつむき)、うんともすんとも言わない。


そっと近づきその顔をのぞき込むと、子供は涙をこらえて唇を噛み締めて震えていた。

とても子供がするような表情(かお)じゃない。それはユーリが見たことのない複雑な(ひどい)表情だった。

(・・・やっぱりものすごく痛いよね。確認しなくて本当にごめんなさい!!)

そう申し訳ない気持ちが湧き上がってくる反面、ユーリは今まで人をこんな表情にした事が無かったため酷く動転していた。

(どうしよう、私が怪我をさせてしまったみたいじゃないか、ばあばに絶対怒られる!!いや待て、そんなことよりはやく手当してあげないと。手当、手当…そうだ、ばあばは私が怪我をしたときは水で清めてから薬を塗って、それで包帯を巻いてくれた!)

「ごめんなさい!ちょっと待ってて、急いで水と薬と包帯持ってくるから!!」


立ち上ろうとした瞬間、震える両手でガッと服をつかまれた。見ると、


「・・・・・る・・・・けて」

「え?」子供はバッと顔を上げ、か細い声を絞り出した。

「追われてる・・・助げてっ!!」絶望が感じられる殺伐とした茶色い瞳と目が合った。

同時に堰を切ったようにその瞳から涙があふれだした。


ユーリはとりあえず深刻な様子の子供をなだめることにした。

「わかった。わかった。ぜったい、絶対に君のこと助けるから。」

「ヴっ、お兄ちゃんが!お兄ちゃんが!!」

自分より小さい背中を撫で、落ち着かせる。


話を聞いてみるとこの子は大変な状況にいた。

家族と共に幸せに暮らしていたところ、知らない大人達に兄と共に誘拐され、地下で毎日毒のような物を飲まされていたという。だが今日、外の騒ぎに乗じて、兄が身を(てい)自分をそこから逃がしたのだと。この子は兄のため自分のため必死に逃げてきて今に至るようだ。


話し終えた子供は幾分か落ち着いたようだった。

誘拐だ監禁だとか、あまりにもユーリに無縁過ぎて、「信じられない話だ」なんて言葉が頭をよぎったが、実際この子の酷い状態を見ると、ふざけているようには決して見えない。


この子はあの大きい門番さん、ケンゴウさんのところに連れていくべきだ。

ケンゴウさんの入っている門派、水清派はこの水清京の全体の犯罪の取り締まりを任されているらしくこの町の治安を守っているらしい。もしかしたら、まだこの子のお兄ちゃんも助けられるかもしれない。

ケンゴウさんの場所はわからないが、ナツミお姉さんならこの都に詳しいはずだ。

ナツミお姉さんに一緒に連れてってもらおう!

「君、名前はなんていうの?」

「ヴヴ、名前は・・アキレア。グスッ」

「アキレア、いい名前だね。背中に乗れるかな?今お姉ちゃんが安全なところに連れてって言ってあげるから!」

ユーリはしゃがんでアキレアに背中を差し出した。



アキレアをおんぶして大通りに戻る為歩き始めた時、後ろの方から「・・・お嬢ちゃん、いったいどこに行くつもりなんだい?」

知らない男の人の声が聞こえた。

「その子うちの子なんだよお嬢ちゃん、こっちによこしてくれないか?」

振り向くと商店街のどこにでもいそうな、人のよさそうな表情をした、恰幅の良いおじさんとひょろ長いおじさんがいた。

「・・・あなた達は誰ですか?」

ひょろ長い方のおじさんが口を開いた。

「まったく。その子の親の友達だよ。おーい、お父さんが心配していたよ。はやくお家に帰らなきゃ」

お父さんが心配してた?振り返って子供を見た。


子供は酷く怯えた顔をしていた。

「ああっ」

その瞬間、とてつもない殺気を感じた。





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