シンデレラは家を追い出された
シンデレラは途方に暮れていました。
継母に家から追い出され、はや一週間。
「これから、どうしたらいいのかしら?」
溜め息をついていると、農家の奥さんから優しい声がかかります。
「シンデレラちゃん、鶏小屋から卵をとってきてくれるかい?」
「はーい、すぐ行きます」
今、彼女が居るのは低い山の中腹にある農家。
開拓した土地を一家で切り盛りする彼らとは初対面でしたが、皆シンデレラに優しくしてくれます。
おまけに、家の中の手伝いだけしてくれればいいと言われ、こき使われることもありません。
「ちょっと、暇で困るくらいよね」
靴先を元気な鶏に突かれながら、シンデレラは独り言ちました。
幼い時に母を亡くし、商人の父と二人家族だったシンデレラ。
家に居ることが少なかった父が、ある日突然、継母と二人の義姉を連れ帰りました。
その後、すぐに父が病気で亡くなり、それからは継母にこき使われてきたのです。
数人いた使用人は、少しずつ解雇されていき、仕舞いには全員いなくなりました。
火起こしに始まり、水汲み、掃除、料理の仕方。
全ては継母に教わりました。
仕事はたくさんあって忙しかったのですが、失敗しても、不思議と叱られたことはありません。
ジャガイモが硬くても『次はもう少し長く茹でなさい』と言われただけです。
そして同時に、だんだんと家の中が寂しくなっていきました。
継母は道具屋を呼んでは、大きな古時計やらタンスやらを売り払ってしまったのです。
「お母様、これはどうかしら?」
日中はほとんど外出している義姉たちは、よく宝飾店に出入りしているようです。時々、新しいジュエリーを継母に見せていました。
「うん、これはなかなかの目利きだよ。
この調子でね」
「はい、お母様」
「もうクッタクタ~」
食事後、義姉たちはすぐに寝室に引っ込んでしまいます。
シンデレラは毎日、彼女たちのドレスを綺麗にし、繕うことを言いつけられました。
「姉さんたちが店で足元を見られないように、しっかり直すんだよ」
「はい」
わからないところがあれば、継母はわかるまで教えてくれました。
使用人の居る家のお嬢さんだったシンデレラでしたが、厳しく鍛えられて裁縫も洗濯も一人前。
だから、この農家でも、そこそこ役に立つだろうと思ったのですが。
『シンデレラちゃんはお預かりしている娘さんだから、滅多なことがあっては困るんだよ』
農家の奥さんはそう言って、あまり仕事をくれません。
滅多なことって何かしら?
そう言って小首を傾げるシンデレラ。
もしも、ここに質の悪い男がいれば、あっという間にお持ち帰りされてしまうことでしょう。
彼女は、まだそんなことを知りもしない、箱入りの美少女でした。
しかしあまりに暇なので、台所を使う許しをもらって継母から仕込まれた焼き菓子などこさえてみます。
農家の家族から「街で売り物になるんじゃないか?」と言われ、半ば本気で売ってもらおうかと思った頃のこと。
一台の派手な馬車が、母屋の前に到着しました。
「旅の一座でございま~す」
「どうか、一夜の宿をおねがいいたしま~す」
「かわりに私どもの踊りに歌を~」
「そして芝居をお楽しみいただきましょ~」
聞き覚えのある声に、窓から覗いたシンデレラ。
「お義母様、お義姉様!」
「あら、もうバレたの?」
「意外と賢いわねシンデレラ!」
「元気そうで何よりだわ」
家では品よく装っていたのに、今はド派手な化粧とドレスの三人。
「ああ、お待ちしていましたよ」
「義娘がお世話になりまして」
迎えに出た農家の奥さんと継母は、ぺこぺこと頭を下げあい、笑い合って挨拶をしています。
「あんた、太ったんじゃない?」
「ふっくら、美味しそうになっちゃって!」
義姉たちは、ムニムニとシンデレラのほっぺたを摘まみます。
確かに、ここしばらく、たっぷり食事をもらった上に暇にしているおかげで、少々肉が付きました。
『あれ?』
そして気付けば、両側からギュウギュウと二人の義姉に抱きしめられています。
家では、こんなことなかったのに、とシンデレラは驚きました。
「お前たち、シンデレラが苦しがってるんじゃないかい?」
「あ、ごめん! 可愛い義妹の無事な姿を見たら、堪らなくて」
「家に居る時は、なかなか団らんも出来なかったからさ~」
いつだって、義姉たちは忙しそうでした。
昼間はほとんど外出していて、帰ればクタクタですぐに寝てしまったのです。
「お義姉様たちに、抱きしめられてるなんて夢みたい……」
少し涙ぐんだシンデレラを見て、義姉たちはますます抱く力を強めました。
さすがに危険を感じた継母が無理やり引きはがします。
「奥様方、納屋でよろしければ、皆さんで泊っていただけますよ」
農家の奥さんが声をかけてくれます。
「ありがとう。そうさせてもらいます」
「シンデレラ、あんたも一緒よ」
「いいんですか?」
「当たり前じゃないの」
ド派手なメイクの顔で、義姉たちが笑いました。
その夜は、母屋から運ばれた夕食を囲みながら、皆でゆっくり話をしました。
「突然、家を追い出されて、驚いただろう」
継母は本当に済まなそうに、シンデレラを気遣います。
「はい」
「悪かったね。時間が無かったものだから」
「時間?」
「実は、王城から招待状が来たんだよ」
王城で開かれる舞踏会の招待状は、王太子の妃を選ぶためのものでした。
しかし、内容が大問題。
『国中の若い娘は全員、身分を問わず王城での舞踏会へ招待するものとする。
なお、病欠は認めるが、健康にもかかわらず来なかったことが露呈した場合の罰則として……』
もはやこれは召喚状で、しかもあまりな無茶振り。
『若い娘を』という下心丸出しなうえに、身分を問わずという上から目線。
おまけに、ドレス一式の準備には言及されていません。
罰則まで設けて無理強いしておいて、必要な物を自分たちで賄えというのです。
今の王家は、悪質な商人との繋がりが絶えることなく、まったく信用ならないと噂されていました。
質の悪いオーダーメイドを店中にぶら下げた悪徳商店が目に見えるようです。
それにしても、王太子殿下の妃探しという名目は立派ですが、そもそも、王太子妃選びに身分を問わないというのは異常なこと。
つまりは、それなりな身分の令嬢たちから軒並み断られ、他国の王室からもそっぽを向かれたに違いありません。
「まあ、仕方ないわね。国も国だし、王様も王様。
王太子殿下も、まあ、取り柄は皆無だし」
継母は、正直な感想を述べます。
「王太子殿下は甘いお菓子に浸かって、デ……あんなご立派な体格におなりあそばしていらっしゃるし……」
上の義姉がうっかり失言しそうになりました。
鍛え抜かれた筋肉の太さなら、とても魅力的。
でも、一日中ダラダラとお菓子を食べ続ける王太子殿下は……
「あのボテ腹じゃ、まともに踊れるのかも怪しいわね」
下の義姉は切って捨てます。
「万一、お前が見初められたら大変なことになります。
これはもう潮時だと、国から出ることにしたのよ」
それで、継母の見知った農家に連絡し、迎えに来てもらったのでした。
「お前のお父様は、自分の病気のことを知っていらしたの。
もう時間が無いことがわかって、旅の途中で知り合った私たちを信用して、お前を委ねたのよ」
シンデレラの父親は商人同士の話の中で、王家の問題に気付いていました。
それで、万一の時に国を出る準備を、継母たちに頼んだのです。
「思ったより時間が無くて、少し焦ってしまったわ。
お前を不安にさせて済まなかったね」
「最初は、もしかして農家に売られてしまったのかと思いました。
でも、農家の皆さんは優しいし、お手伝いもあまり頼まれなくて、暇で困っていたの」
申し訳なさそうな表情だった継母は、それを聞いて笑い出しました。
「失礼しますよ」
その時、納屋の扉が開いて、農家の奥さんが入ってきました。
「これね、シンデレラちゃんが作ったお菓子なんですよ。
とても美味しいから、皆さんにも食べて欲しくて」
「まあ、ありがとうございます」
「ほんとだ、美味しい!」
「姉さん、手が早すぎ。でも、ほんと、美味しいわ」
褒められてシンデレラは頬を染めます。
「ねえ、このまま、ここで暮らすかい?」
そう継母が訊くと、農家の奥さんがダメダメと首を振りました。
「シンデレラちゃんは綺麗過ぎて、田舎じゃ目立ちますよ。
うっかり畑に居たら、通りすがりの男に攫われてしまうに決まってます」
「攫われる?」
また小首を可愛らしく傾げるシンデレラ。
それを見た義姉たちが、呆れます。
「こりゃ駄目だわ」
「この天然美少女はわたしたちがガードしないと」
「私たちは元々、見た通り、旅の一座だったのさ。
お前も一緒に来るかい?」
「いいんですか?」
「もう、王都には戻れない。
大陸を西へ移動しながら、どこか住みやすそうな場所を探そうかね」
「そうですよ。
どこに行くにしたって、家族一緒がいいですよ」
「……家族」
農家の奥さんの言葉に、シンデレラは嬉しくなりました。
それから四人は馬車に乗り、街の広場で芝居や手品をしながら、西へ向かいました。
「わたしも、お芝居に出てみたい」
と言うシンデレラに最初は反対した家族でしたが、上目遣いで何度も頼まれるのでとうとう折れました。
「……でも、大根が過ぎる」
「美少女は普段、演技が要らないからなあ……」
さすがに素顔を晒して興味を引き過ぎても困るので、後ろ姿で美少女かと思わせ、声をかけると不細工だったとか、チョイ役をもらって出演しました。
お客さんが腹を抱えて笑ってくれるのは、とても嬉しいと言うシンデレラに義姉たちは言います。
「あんまり笑われると、ふと傷つくこともあるんだけどね」
「美少女は嘲笑された経験が無いからなあ……」
よくわからなくて小首を傾げるシンデレラ、可愛さが堪らず抱きしめる義姉たち、それを叱責する継母が、もはやワンセットになっていました。
そんなこんなで、男たちからシンデレラをガードしつつ、一座は西の大国に到着。
治安のいい中規模の街に、小さな空き店舗を見つけて腰を落ち着けることにしました。
「お前のお父様に頼まれていたからね。
いよいよ国を逃げ出す時のため、お前の財産は運びやすい宝飾品に換えておいたんだ」
「そうよー。足元見て来る商人を躱して、逆に安値で買いたたくのが大変だったんだから」
少しでも財産が減らないよう、義姉たちは駆け回ってくれたのです。
「ありがとう、お母様、お姉様たち」
「お前の焼くお菓子屋が軌道に乗ったら、私たちは出ていくから。
それまでに、信用できる良い人を見つけないと」
「嫌です!」
シンデレラは叫びました。
「シンデレラ!?」
「せっかく一緒に住めるようになったのに。
ずっと、ここに居て下さい」
「そりゃ、私はもう歳だし、その方がありがたいけどね」
「そこまで言うなら……この街は、いい男が揃ってそうだし、ゆっくり物色しようかしらね」
「いいわね」
こうして、四人家族の焼き菓子屋は開店しました。
「ねえ、シンデレラ、そろそろ恋人を選んだら?」
数年が経ち、焼き菓子屋は人気店になりました。
おまけに毎日のように花を持って、お客さんの列に並ぶ、シンデレラへの求婚者たちまでいます。
危険そうな求婚者は、さり気なく自警団に通報し、速やかに排除している姉たち。残っているのは、身元の確かな者ばかり。
「うーん、もう少し、値を吊り上げてもいいかな、と思ってます」
ニッコリ笑うシンデレラに、姉たちは呆れ顔。
「誰に似たのかしら?」
「もちろん、お姉様たちに似たのよ!」
「全くもう!」
言葉とは裏腹に、笑顔の姉妹。
「おっと、抱き合っている暇は無いよ。
もう開店しないと、お客様がお待ちだ」
すかさず釘を刺す母親。
「はーい、お母様」
三人の姉妹は声を揃えて返事をします。
「いらっしゃいませ!」
「今日は季節のマドレーヌがお勧めですよ!」
「旬のオレンジ風味が爽やかです!」
シンデレラたちのお菓子屋さんは、今日も大盛況です。