5話「彼と一旦別れたのですが、その途端」
その時。
「殿下! こちらへお願いします!」
従者からウォルシュに声がかかった。
「ああすぐ行く」
ウォルシュはそう返事をしてから一度こちらへ視線を向けた。蝶の羽根のように柔らかな微笑みを唇に滲ませ、軽く一礼をすると、「少し失礼します」とそっと述べて身体の向きを反転させた。
こうしてようやくウォルシュから解放されたのだが――それ以上に厄介なことが待っていた。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
声をかけられて振り返ればそこには女性三人組。
「貴女、目立ちすぎですわ」
真ん中の派手な化粧の女性が腕組みをしながら言ってくる。
「付き合いが長いわけでもないのに殿下に構ってもらうなんて、どうかしてるわ!」
「そうよ! 殿下は皆のもの!」
左右の女性はそう続けた。
これはもしかして……ややこしいやつ、か?
嫌な予感がする。
「ちょっと来てくださるかしら? 貴女に、その身に、教えて差し上げますわ。貴女がいかに無礼かということを!」
中央の女性はこちらへ向かって一歩大きく踏み出してきて圧をかけてくる。
「逃がしませんわよ」
「……逃げる気はありませんが」
「はぁ!? 何その態度!!」
「私、べつに悪いことはしていないはずです」
「悪いですわよ! 謝りなさい!」
女性は顔を真っ赤にしている。
そんなにウォルシュのことが好きなのだろうか。
「なぜ悪いのですか。そもそも、偶然話しかけていただいただけで、私がすり寄っていっているわけではありませんよ」
「な、生意気な……!」
顔を茹でたたこのように染め上げている真ん中の女性が私の頬にビンタを加えようとする――が、手のひらが頬に当たる直前、女性の手は誰かの手によって止められた。
「何をしているのですか」
低い声。
制止した者の顔を見て驚く。
「ウォルシュさん……」
思わずこぼしてしまった。
彼が戻ってきていることには気づいていなかった。
ただ女性の行動を止めようとしてくれたことはとても嬉しい。
「なっ……どうして殿下が……!?」
「みっともないですよ。ビンタなど淑女のすることではありません」
女性は動揺している。
それとは対照的に冷静なウォルシュだが、その双眸には静かな怒りの火がちらちらと燃えていた。
「今すぐ離れなさい、そして去りなさい」
目の前の人間を睨む時、ウォルシュは別人のように怖かった。
その後ややこしい女性三人組はぱたぱたと走り去っていったのだが。
「何ですかあの女たち……」
その背を見つめながらウォルシュは小さく愚痴に似た何かをこぼしていた。
楽しく喋っていた時、彼は時に子どものような表情を見せていた。純粋で、心に正直で、楽しい時には楽しいという顔をする。心を偽らず、心を仮面で隠そうともしない。そんな人だった。
でも今は別人のように凛々しくて。
このある種のアンバランスさのようなものは、きっと、王子として育ってきたからこそのものでもあるのだろう。