3話「声をかけられて対応したのですが……」
私が会場前に到着した時、辺りには既に多くの人がいた。
女性が多いが多少男性もいるようだ。
「聞いた? 今日ウォシュル様がいらっしゃるそうよ」
「うっそ、ホントに!? それホントの話!? ガセネタとかじゃなく!?」
「ええ、多分ね。信頼できる筋からの情報よ」
「へぇーっ、それは凄いわね! もしかしたら参加者の中から見初められる人が出るんじゃない?」
こういうところへやって来る女性たちは大体が噂好きだ。それゆえ好きになれない。害はないとしても、である。どうしても心理的に馴染めないのだ。気分的に違和感が大きくて。そういう、すぐにあれこれ話をする女性たちを見ていると、いつも何とも言えない気分になってしまう。もちろん罪ではないし悪でもないのだが。あくまで個人の感性と好みの問題である。
その時。
「申し訳ありません」
背後から声がして、振り返ると背の高い青年が立っていた。
「少しよろしいでしょうか」
絵本に出てくるような典型的な王子様を連想させる容姿の人だった。
すらりと伸びた背筋、整った目鼻立ち、さらさらの金髪。
とにかく隙がない。
見た目において欠けが一切ない。
「は、はい。何でしょう」
「この招待状のパーティーなのですが、会場はこちらでしょうか?」
彼はそう言って白地に金の縁取りがされた招待状を見せてくる。
「あ、はい。そうです。ここだと思います」
取り敢えずそうとだけ答えておいた。
その招待状は私も貰ったものだったから。
……多分、間違いないはず。
「そうでしたか、それは良かった」
「参加者の方ですか?」
「ええ」
「そうですか」
「貴女も参加されるのですか?」
「はい、少し事情がありまして、急遽私が」
「ああそうだったのですね」
彼はふと頬を緩める。
蜂蜜を舐めるように甘い笑顔に心がとろけそうになる。
馬鹿! 何やってるの、ちょろすぎ!
そんな風に心の中で自分を叱った。
「それでは失礼しますね」
私は一礼だけして小走りで彼の前から去った。
◆
欠片ほども思わなかった。
――あの時の人がウォシュル王子だったなんて。
「こんにちは。先ほどはお世話になりました」
会場内にて彼は爽やかに声をかけてくる――が、王子がただの娘に喋りかけている光景が珍しいものであるがゆえに、周囲から物凄い視線が飛んでくる。
「あ……い、いえ」
気まずくて話を早く終わらせようとするのだが。
「あの時はすぐに行ってしまわれたので、お礼を言いたくて。またこうしてお会いできて良かったです」
彼はナチュラルな笑顔のままどんどん言葉を飛ばしてくる。
……しかも距離まで近い。
「もう会えないかと思っていたのですが。こうして再びお会いできたことに幸運と運命を感じます。無礼かもしれないのですが、よければお名前を教えていただけませんか?」
「え……あの、どうして私なのです……?」
「お世話になったからですよ! お礼などさせていただきたく。強制はしませんが、どうか、教えていただけませんか? どうしても嫌ということであればもちろん無理にとは申しませんが」
パーティー参加者の女性たちからの視線は今も私たちに降り注いでいる。
私がそれが気になって仕方がない。ちくちくする小さな棘を舌で舐めているような気持ち悪さがあるのだ。
しかしウォシュルはというと、そんなものには一切気づいていない様子だ。
慣れているから平気なの?
それとも鈍感なの?
その辺りは定かでないが、彼は非常にマイペースで、気の赴くままに話を進めてくる。