桜子探偵事務所「クラブのエースを持ついかさま師」
いつも有難う御座います
どうぞ宜しくお願い致します。
(推理ジャンルよりお引越し致しました)
『……結婚詐欺の立件も視野に…。次のニュースです……』
ニュースを読み上げるアナウンサーの声を遮るように、僕はテレビを消した。
「まさか安全確認から結婚詐欺に発展するとは、思ってもみなかったですね〜」
浮気調査、人探し、ストーカー調査…猫探し…
最近は探偵に依頼するハードルも下がり、ありとあらゆる頼み事が舞い込む、桜子探偵事務所。
僕が桜子さんのアシスタントとして働くようになって4年経つ。
少し前に依頼された仕事は「幼い子を抱えた自分の代わりに旦那の赴任先を見てきて欲しい」と、単身赴任中の旦那を心配する奥さんからだった。
依頼を受けた桜子さんが東京から九州へ。
すると、依頼主の旦那は赴任先のアパートで女と暮らしている事がわかった。
しばらく調査を続けてみれば、他にも2人、結婚を仄めかし金品を受け取っている女性がいる事がわかった。
集めた証拠の写真や記録データを依頼主である妻に渡し、後は弁護士に任せる。
すると他に「結婚詐欺」として警察に被害届けが出ていることが判明した。
その後、夫婦は離婚、他の女性も被害届けをだしたのだった。
「そうね…被害者の女性は少なくとも5人いて、被害総額はわかっているだけで3000万円ですって…」
「ああ〜…僕自信無くしますよ〜。僕より15才も年上で、お腹ぽっこりの、毛も金も無いオッサンが5人の女性を手玉に取るなんて…。なんで僕には彼女いないんだろう〜…一人だけを大切にするんだけどなぁ〜」
「ふふ…」桜子さんは笑うだけだった。
泣き言を言いつつ、デスクに積み上げられた書類を片付けようと持ち上げる。
ドサッ!
重たい音がして一冊の本が落ちた。
落ちた拍子に開いたページを見た桜子さんが言う。
「いかさま師…」
「いかさま師?」聞き返しながら、背表紙に「ルーブル美術館」と書かれた本を拾う。
「そう。ラトゥールの「クラブのエースを持ついかさま師」よ」
そこにはテーブルを囲む4人の男女が描かれていた。
「誰がいかさま師ですか?」
「この人。ほら、後ろ手にカードを隠しているでしょう?」
「本当だ、それにちょっと悪い顔してますね。あ、これ、この人以外みんな悪い顔しています!」
着飾った一人の若い男性以外は皆、何か企んだ顔をしている。
「そう。この絵はね、世間知らずで欲深な若者が、悪賢い人々に騙されるという教訓が示されているのよ。
17世紀のヨーロッパにおいて3つの最大の悪徳とされた「賭博」「飲酒」「淫蕩」が描かれていて…
いかさま師が「賭博」を表していて、こっちの女性はワインを持っているでしょ?「飲酒」を表しているの。それでこの中央の女性は「淫蕩」娼婦なの。
みんな悪い顔でしょ?それぞれ目配せをして合図を送って…今からこの若者を騙すのよ」
………
「酷いわ!私を騙したのね!嘘つき!」
僕は目の前にいる女性に罵声と共にワインをかけられた。
胸元にかかった赤ワインがまるで血のように滲んでいく。
僕は大きくため息を吐いた。
「僕が嘘つきだって?
そう言う君こそ嘘つきじゃないか。
僕がいつ君と結婚するって約束したんだい?
僕は君に「結婚」という言葉を一度だって使った事はないよ?
君が勝手な勘違いをした癖に、まるで僕が悪いように言うのはやめてくれないか」
そう言うと女は目に涙を溜め、震えるだけで次の言葉が出てこない。
「ほら、心当たりがあるから反論出来ないんだろう?
あーあ…おろしたてのシャツが台無しだ」
僕はその場でシャツを脱ぎ捨てた。
「そのシャツ、異国から取り寄せた生地で作らせているからシミさえ取れればいい金になると思うよ。餞別代わりに君にあげるよ。
君だって僕と遊んでいい思いしたんだし、もう十分でしょう?
だいたい女ってのはちょっと優しくするとすぐ勘違いするんだ。
やっぱり今日はジャンヌと会えば良かったよ。ジャンヌならこんなめんどくさい事は言わないからね」
そう言うと女は泣き崩れた。
僕も馬鹿だな、なんでこんな女と遊んだんだろう。
横顔が可愛いから褒めただけ。
家族に憧れているって言うから、その話に付き合ってあげただけ。
「私の事を好きか」って聞かれたから、嫌いではないから「好きだ」と答えただけだ。
それでどうして結婚の話になるのだろう。
勘違いも甚だしい。
シャツを着てないのが周囲にバレたら恥ずかしい。
僕はフロックコートのボタンをきっちりと閉め、部屋を後にした。
まったく。ついていない。
似たような勘違いをする女、これで何人目だろう。
首元を手で隠しながら辻馬車を乗り継ぎ家へ帰る。
家は代々続いている大きな商家だ。
おかげで金は溢れる程ある。
今は父が引き継ぎ、二人の兄と家をさらに大きくしようと毎日忙しくしている。
兄二人は優秀だから、僕は何もしないでいいらしい。
家に帰ると、門の所に馬車が止まっていた。
「ただいま〜。お客様?」
エントランスのところには父と下の兄、それと趣味の悪いドレスに身を包んだ中年の女性が立っていた。
女性は僕のつま先から頭まで、まるで値踏みするように見てから目を細めて言った。
「こんにちは。貴方がショーンさんね?」
「どうも…」
顔も上げずに挨拶をした。
「あらあら、お聞きしたとおりですこと。まあ…仕方ないわ。よろしくね」
そう言って持っていた扇を僕の顎に当て、上を向かせた。キツイ香水が鼻につく。
「チッ」
僕はそれを振り払い部屋に戻った。
いつもなら小言を言ってくる父も兄も何も言わなかった。
「今日は散々だったな…今からジャンヌのところに行こうか…」
大通りまで行けばまだ辻馬車も出ているだろう。
クローゼットの中から紅梅色のシルクシャツを選ぶと、金糸と銀糸が使われたベストを合わせた。
そして小銭をポケットに入れ、コートを着て裏口から家を出た。
「あら、こんな時間に来てくれたの?嬉しいわ。さあ、どうぞ」
ジャンヌは胸元が大きく開いたワンピースに、幾重にも重ねたパールのネックレスをつけていた。
いつものようにジャンヌと朝を迎えるつもりだった。
だが、部屋には男性の客がいた。
「はじめましてロイドだ。ジャンヌのカード仲間だよ。
と、言っても私はカードはあまり強くないんだ。
君の事はジャンヌに聞いていてね、是非会いたいと思っていたんだよ。
ここで会えたのは神の采配としか思えない。
私はついてるな。
どうだい?お近づきのしるしに一戦やってみないかい?」
そう言ってロイドと言う男はパラパラと慣れた手つきでカードを切ってみせた。
「…まあ!ロイド、彼はそういう人ではないのよ。もしも負けたら可哀想だわ…やめてあげて?」
僕が負けるだと?
ジャンヌめ、コイツはカードがあまり強くないって言ったじゃないか。
僕が負けるなんてあるわけないだろう!
「いいですよ。やりましょう」
カード遊びを了承するとロイドが嬉しそうな顔をした。
「そうこなくっちゃ!どうぞお手柔らかにお願いしますよ?」
ロイドによってカードが配られると、側仕えの女がグラスに酒を注ぎジャンヌに渡した。
一戦目。あっけなくロイドは負けた。
「やっぱりお強い!しかしこのままでは眠れそうにありません。すみません、もう一戦お願い致します!」
ロイドがテーブルに頭を擦り付けて乞う。
そして「私の気合いが足りなかったのでしょう。小銭を賭けさせて貰ってよろしいでしょうか?」
そう言って銀貨一枚と、銅貨を数枚テーブルに置いた。
「…いいよ」
何度やっても結果は同じだろうけど。
結果、連続して僕が勝つ。
するとジャンヌも参戦してきた。
「私は今、手持ちがないの。賭けるのは体でいいかしら?」
ジャンヌの体か。悪くない。
ジャンヌを抱くには銀貨五枚が必要だから、カードで勝てば銀貨五枚分。
楽勝。
。。。
空になったグラスにワインが注がれる。
「おや!やっぱり私はついてる!」
しばらくすると僕は全く勝てなくなっていた。
クソッ!
「もう一回!」
「もう一回!」
「もう一回!!!」
賭ける金がなくなった。
それでも勝負を続けた為、借用書を書いてロイドに渡す。
さすがにこれ以上は父に怒られると思い、悔しいが負けたままカードを終わらせた。
ジャンヌも抱けず、辻馬車代も借りた。
家に戻ると父が待っていた。
話があるから応接間に来るように言われる。
ちょうど良かった、お金をなんとかしてもらわなくては。
応接間に行くと母、二人の兄が既に並んでソファに座っていた。
「どこに行っていた」
いつにない低い声で父に問われる。
「友達のところだよ。ちょうど良かった、僕もお父さんに話があって。
友達とちょっと遊びすぎちゃって…お金が足りないんだ。少し工面してくれないかな…」
「いいだろう…」
金額も伝えていないのに父から了解が出た。
すると父は母に目配せをし、母は俯きながら部屋から出て行った。
「遊んだ金がいくらかも知らんが…自分で返すんだ。お前はデメル夫人のところに婿入りする事になっている」
「デメル夫人…?」
「この前会っただろう?」下の兄が言う。
あっ!あの中年の!
「どうして!?嫌です!あんな中年と何故結婚しないといけないんですか!?」
「私がお前を売ったんだよ。買ってくれる人はデメル夫人しかいなかった。
お前が作った借金はお前を売った金から返すんだな。金は最後の親心としてお前に持たせる気だったが…
お前が好きに使ったのなら同じ事だな」
父は座っていたソファから立ち上がると、テーブルを挟んだ向かいのソファに座る兄二人の背後に立ち、冷めた目を僕に向けてそう言った。
「いやだ!絶対に結婚なんてしない!」
父に向かって叫んだ。
「わかっている。
お前がそう言って何人もの女性を泣かせてきこともな。
お前の言う「友達」とは娼婦のジャンヌだろう。おおかたそこにいた客に賭博の良いカモにされ、借金を負わされたんじゃないのか?
私たちが汗水流して稼いだ金を何故お前の放蕩に使わねばならんのだ?」
「だって!僕は仕事しなくていいと言ってくれたじゃないか!」
そう言うと、上の兄が声を出して笑った。
「意味が違うよ。大した仕事も出来ないお前が手を出すと足手纏いなだけなんだ」
「デメル夫人に婿入りするって仕事くらいはちゃんと出来るかと思っていたけど、それさえ出来ないの?」下の兄がクスリと笑う。
「出来る出来ないではない。ショーン、お前に選択権はない。これは決定した事だ。
明日、迎えの馬車がくるまでに準備しておけ」
そう言い残すと父は部屋から出て行った。
最後に聞こえたのは、誰が言ったかわからない…
「これまでいい思いしたんだから、良かったじゃないか」
いつか僕が誰かに言った言葉だった。
………
「人にした行いは、いつか自分に返ってくるわよ。
それが本当かどうかわからないけど…そう思わないとやってられないじゃない?」
パタリと本を閉じて桜子さんが言う。
「そうですよね…」
詐欺は立件が難しい。
結婚詐欺となれば尚更。
「いつか春雪君にも良い人が現れるわよ。それも本当かわからないけど?」
「そう思わないとやってられないって事ですか…?」
僕がジト目で桜子さんを見やると、桜子さんは満足そうに笑った。
『クラブのエースを持ついかさま師』
フランス語: Le Tricheur à l'as de trèfle
英語: The Card Sharp with the Ace of Clubs
《Wikipedia https://ja.m.wikipedia.org/wiki/いかさま師_(ラ・トゥールの絵画) より》
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございます。
★活動報告にて、「クラブのエースを持ついかさま師」の絵画を載せています。
ご興味がありましたらどうぞ見て下さい
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