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この《桃》ならば
「おれア、てっきりその桃がつぎの売り物かと」
ちかごろあしをむけるようなった《ぼっちゃん》とよぶ男の洋館でだされた『水密』とはちがい、むかしからある、小ぶりで小さな《桃》だ。
「ああ、こりゃあ、おれがもらったもんだから売らねえさ。 村の人が礼にと、くれたんだ」
ヒコさんには土産でやるさ、と籠からひとつつかみあげてわたしてきた。
「 ―― むかしから、このあたりにある《桃》らしくてな。 小ぶりでなかなかうまいんだが、木が虫によわいらしくて、もうそれほど残っていないんだと」
元締めにわたされたそれを片手のひらにおき、ながめる。
「―― なるほど。こりゃ・・」
あの小さなこどもの手なら、すくうように両をあわせたそこに、すっぽりとおさまるだろう。