『ホテエさん』
はじめから男は自分を『元締め』と名乗り、ほかの通り名は『ホテイさま』だと言って笑っていた。
たしかに、からだといわず顔にも肉がつき血色もいいが、眉も髭も強くたちあがり、顔からはみでるほどなので、ヒコイチはちがう《神さま》を思い浮かべる。
まあ、会ったその日にいきなり『商売をしねえか』などと声をかけるくらいなのだから、奇特である人物にちがいはない。
思えば、こちらの生い立ちもなにもきかれたことがない。
かわりにこちらもきかないから、いまだに、元締めが何者なのかはよく知らない。
ただ、この付近の人たちは元締めを『ホテエさん』とよんで、ありゃもとはどっかの寺のぼうさんだろう、ともっともらしいことをヒコイチにきかせた。
学もあるし、村人がだれか病になると、どれ見てやろうと医者のようなことをして、油紙につつんだ薬をおいてゆくという。
金はうけとらず、あまった野菜か米をわけてくれればよい、というらしい。
悪人ではない。
ただそれだけで、ヒコイチは《元締め》を信用している。
ゆえに、その《元締め》がしいれる品も、信用している。
その信用した品をかついで売り歩くのが、気に入っているのだ。




