本物の地蔵様に
「 そんでな、 ―― つぎの朝には、枕元に《桃》があったっていうんだが、 ヒコさん、帰りにあの婆さまと、会わなかったか?」
「 はあ?あんな時刻に帰ったおれが、こっそりあがりこんで、大奥様の枕元に、《桃》を置いてったかってことかい?」
「・・・そういや、そうか。 さすがにそれは、ねえなア」
「 そうよ。 ―― その《桃》はきっと、 『オフクちゃん』が、くれたんだろよ」
ぱちり、と置いた駒に、いつものように《元締め》がにんまりとし、やっぱり将棋はヒコイチが負けた。
あの蔵のとろこにあった《石》は、しばらくして、本物の地蔵さまに置き換えられた。
《元締め》のところにゆくとき、ヒコイチはその地蔵さんに、かならず声をかけて通る。
今日も、日が暮れてから元締めの家をあとにし、蔵のところで足をとめる。
白い蔵の壁には、ちいさなこどもの手は『生えて』おらず、 ―― 強い風が吹き抜けたが、提灯にも袖にも、《こどもの手》は、ついていない。
首のうしろをかいたヒコイチは、提灯をもちなおし、ほこりっぽい道をたどる。
帰れば、あのときの《桃》が、まだみずみずしいまま残っている。




