あの晩
あれだけ、帰り道、速く乱暴に足を運んだのに、夜が明けておそるおそるみた皿は、一枚も割れていなかった。
枕元に置いたままだった桃を、しばらく眺めてから気をとりなおし、けんとうをつけたところへ皿を売りにゆけば、こちらの値に、色をつけた値で買い取るという酔狂なあいてがすぐにみつかった。
それから三日経ち、元締めのもとへ、いつものようにヒコイチがたずねてゆくと、茂った眉毛の奥におさまった目をぐるりとさせ、「来たのか」と驚いた声をだされた。
「なんでエ。仕事をもらいにきちゃ、わりいか」
まったくいつもの様子であがりこみ、ひさしぶりに勝負するか、と勝手に将棋の盤をもちだすのに、元締めは髭を引いてわらう。
将棋の勝負でヒコイチが買ったら、取り分があがる約束をしているのだが、いまのところヘボ将棋をさすヒコイチが勝てたことはない。
「 ―― ヒコさんが帰った日の、夜にな、《地蔵婆さま》は、息をひきとったそうだ。 さいごは、オフクちゃんがきたよ、って布団の中で、笑っていたってよ」
ヒコイチがさすのを気長に待つ元締めが、盤をながめながら言う。
「へえ、そうかい」
腕をくんで盤をながめたままかえす。




