言いたいこと
「ええ!!おれをですかい?」
あわててかけよったヒコイチは、奥の家のほうをうかがう。
この老婆が抜け出てきているのを家人が気づいているようすはない。
「 いってエいつから、 ―― ともかく風もつええし、はやく家にもどりやしょ」
あわてて近づいて、そのほそく肉のない手をとる。
「 っ、」
つめたい。
だが、ヒコイチはその手を、しっかりとにぎりなおした。
「 ―― おれに、なにか、言いてえことが、ありましたか?」
顔をのぞきこむと、「そうそう」、とこどものように小首をかしげ、その目がすうっとヒコイチをとおりぬけ、とおくを見る。
「 ―― あの日、オフクちゃんがいなくなって、うちは大騒ぎだったでしょう? みんなが、わたしの言うことを、信じていいのかどうか疑いながら、外をさがしたり蔵をさがしたりして、いない、いない、って・・・。 わたしは、オフクちゃんは《神様》に連れていかれてしまったから、もう戻れないのはわかっていたからね、どうして、みんながまださがすのかわからなかった。 ・・・だのに、おっとさんもおっかさんも、オフクちゃんがいなくなって、わたしがいちばんつらかろうって、 わたしに、『オフクちゃんはそのうち戻るよ、見つかるよ』って・・・。 そんなことない、戻らないよって言おうとしたんですけど、・・・ 子どもながらに、そんなこと言ったらいけないって感じたんでしょうねえ・・。 ですから、わたしは、オフクちゃんのことを口にするのは、やめたんですよ」
そうしてまわりの大人も、オトメの前で、姉のはなしをするのをやめた。




