生えた手に
「 ああ、 ―― そこかい 」
提灯で、ぼう、と照らされる蔵の白い壁に、すくうように両をあわせたこどもの手が、
―― 生えている。
雲がきれたのか、月が、なまこ塀より少し上に出る、その、白くちいさなものを照らす。
寄って見た『つくりもの』のようなそれには、しっかりと小さな爪があり、ヒコイチは、ぐっと奥の歯をかみながら、その手を下からささえ、懐から桃をとりだした。
ふれたこどもの手は、柔らかいのに、やはり、ひどく冷たかった。
「 ―― こりゃ、オフクちゃんの分だ」
合わされたちいさな《くぼみ)に、桃は きれいにころがりおさまる。
小さな手が桃をだいじそうに包み、その両手をヒコイチの手が包むと、指の間を水が流れ落ちるような感触の後、
―― なにもなくなった。
しばらく動けなかった男は、ようやっと息をはき、息を吸う。
蔵をみあげてみるが、月に照らされたその壁の、もうどこにもなにも現れず、提灯を持ち直したヒコイチはしかたなく、元締めの家をめざすことにした。




