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テヅマ
元締めは返事の代わりにヒコイチのふところをゆびさした。
「その桃も、元は『山の神様』だけのモンだったって、いってたな。 それを、こどもがもらっただかなんだか、まえにきいたが・・・」
くわしいことは忘れたな、と元締めは強い髭をねじってひき、ヒコさんも風にあおられて転ぶなよ、とわらった。
たしかに、この薄い皿を背負っているのに、またあのような風にあったなら、足元があぶない。
「まあ、ゆっくり帰るさ」
背負子をゆらさぬように立ち上がってみると、いつのまにか懐のふくれ具合が増している。
「みっつ持ってけ。 ―― その子どもと、ヒコさんと、あとは土産だな」
桃のはいった籠をわきに髭を引いている元締めは、こうやってよく《てづま》とよぶおかしなことをする。
タネと仕掛けがあるのだと言って笑うホテイ様のような男が、このときばかりは古狸にみえる。




