女神の神託
ルーイ視点
騎士たちは兵士寮に戻り、モヌレンヤとシンナを客室に泊まらせる。
宴を終えて、風呂も入り、やっと僕は部屋で寛ぐ。
みんな飲んで食べて楽しそうで良かった。
慣れない旅中、文句ひとつ零さなかったセリナとカピバラさんがご機嫌なら全て良しだ。
「ルリアニーナ様、当初の旅を無事終えました」
就寝前のいつもの祈りで、今日は女神様に語りかける。
『おかえり〜。楽しかった?』
相変わらず友人みたいな反応!
「観光旅行じゃないんですよ」
『セリナは良い子だから問題なかったでしょう?』
「朗らかさに救われましたね。無理矢理こっちに喚んでしまったのに、この世界に親身になってくれます」
『さすが私の神子よね』
「何言ってんですか。事故ですよ? セリナを帰す目処は立ったんですか」
『うっ、ま、まだよ。焦る事ないでしょ』
「<ルリアニーナの恩恵>が、まさか帰せないなんて事はないんでしょうねえ」
『時間がかかるって言ってるじゃない。意地悪言うと若ハゲの呪いをかけるわよ』
やめてください。アシュロンは白髪の家系なんです。
「代わりにキラ殿下を三年くらい不能にしてください」
『ルーイが王族を売った! でもそうねえ。あの子もそろそろ落ち着かないとその程度の罰はいいかもね』
すみませんキラ殿下! でも女性関係を正すために、女神様の警告として伝えた方がいいかもしれない。ある日急に出来なくなったら男として悩むだろうし。
『もう少しセリナと一緒にいたくないの?』
「あまり遅いと彼女が不安になるでしょう。しんどくなる前に帰してあげたい」
『真面目ね。座標特定は大変なのよ。帰すなんて想定外だったし』
「貴重な魔法陣を私利私欲に使った僕の罪です」
『大丈夫よ。今までだって自分の欲求に従った神官はいたわ』
「何を召喚したんですか?」
『毛生え薬よ。三十歳前なのに前髪がすっごく後退していて悩んでいたのよ。魔法陣に金色の筒状の液体の入った物が現れたわ』
「……効きましたか?」
『しばらくすると前髪がフッサフサになっていたわ。一生ハゲ知らず』
それは良かった。二十代で禿げるのは辛すぎる。
成分が当然調べられたはずだ。画期的な毛生え薬を再現出来たとは思えない。国の重鎮や富裕層にハゲがなくならないのを見ると、高額で闇流通の線も薄い。結局こっちでは作れない代物だったんだな。
『いつもあの子とカピバラさんを見守れるわけじゃないから、ルーイ、今後も頼むわよ。そうそう、隣の帝国の次期皇帝の座を巡る争いが激化しているわ。そっちも気をつけてね』
「今の皇太子が不人気なんですね」
隣のミトラ帝国は比較的新しい国だ。少数部族たちが小競り合いしていた地域をイフール族の族長の初代皇帝がまとめた。勇猛果敢な皇帝は自身の短慮さも知っており、生まれ関係なく優秀な者を重用したので、統合は比較的上手くいったらしい。更に小国を併合してゆき今や一大帝国となった。今の将軍や宰相はイフール族ではない。
国土だけだと、オレーリア神王国の五倍はあるんじゃないかな。でも建国以来攻めては来ない。友好国として交易した方が得だからだ。
実力主義は皇室でもそうだ。建前の帝位継承権は男女問わずの年功序列だけど、あまりに無能だと皇太子を廃される。
『不人気って……役者じゃないんだから。でも困り者なのは事実ね。好戦的で残虐性があって、絶えず周辺国に攻め入る隙を窺っているわ。それにはオレーリア神王国も含まれているの』
「なっ!? ウチは軍事同盟国ですよ!?」
『だから困ったちゃんなのよー。側近も“帝国の力を示しましょう”なんて不穏な奴らばっか集めてるし』
困ったちゃんなんてレベルじゃない。大局を見ればあり得ない。同盟国に侵攻したら、帝国の他の同盟国も反旗を翻すぞ。
『馬鹿って嫌よねー。帝国内でも“あいつやばくね?”ってなっていて、温厚な第二皇子派が結束してきてんのよ。継承権二位だった第一皇女は継承抗争を早々に察して同盟国に嫁いで継承権を放棄したわ。あれは逃げたのよ。賢いわ』
なんだろう……女神様が言うと子供の喧嘩みたいに聞こえる……。
「明日、王に謁見するので伝えておきます」
当然情報は把握済みだろうが、女神様の<神託>に価値がある。
本来なら僕一人の登城報告でいいと思うんだが、王家はセリナとカピバラさんを気に入っているので同行せざるを得ない。
王城ではやはり二人は目を引く。そんな空気に気後れするのか、僕の腕にしっかり手を回しているセリナは可愛い。無愛想に定評のある僕の表情が緩んでしまうのは仕方ない。
「では、やはり聖女と同等の力を有すると証明できたのだな」
「はい、しかし聖女ではないとも確信しました」
僕は聖女否定をしつつ王に頷いた。巫女所行きは絶対阻止する。
「ご苦労であった。感謝する」
良かった。セリナは取り上げられない。
「セリナちゃん、結婚しても能力が残るか気にならないか? 私の妃になってみない?」
女神様、キラ殿下は一生不能でいいと思います。
「キラ様、私の国ではその言葉は性的嫌がらせとして裁判沙汰になります」
セリナはにっこり微笑んで躱す。
「え!? どうして!?」
キラ殿下が目を丸くしている。裁判に出来る理由は知らないけど、妃の打診は断られているんですよ。それは分かりましたよね?
「女神ルリアニーナの王族の一番の懸念が第二王子の女癖の悪さってえのは、平和っちゃあ平和だよな」
「女神様が仰っていたのかい!?」
カピバラさんにキラ殿下が詰め寄る。便乗して「いい加減にしないと不能になる呪いをかけるとの伝言を賜りました」と言っておく。
キラ殿下は青くなった。これで少しは素行が良くなるんじゃないかな。この場の全員が同じ事を思ったに違いない。
「それよりもっと重要なお言葉を頂戴しました」
それよりって……と落ち込むキラ殿下を無視する。帝国の動きの方が重要だからね。僕はあちらの内政不安を訴えた。
「そうだな。あの馬鹿皇太子を廃してくれるなら有難いな。こっちにとばっちりが来ない方向で」
ウチの王太子は基本穏やかだけど、結構歯に衣着せぬ性格なんだよな。友好国の皇太子を馬鹿と言い放ったよ。
「まさか本当に攻め込んで来ないとは思うが」
王が顎を撫でながら思案する。
「父上! あれは権力を持った行動力のある馬鹿なんですよ! 皇帝の許可なく侵攻してくる可能性がある。念のため国境の護りを強化しましょう!」
立ち直りが早いのはキラ殿下の長所だ。しかし他所の皇太子を“あれ”扱いとは。
「余程の愚か者なんだね……」
「キラ王子に大馬鹿扱いされるんだからな」
気を遣ったのかセリナは表現を変えたけどカピバラさんで台無しだ。“大”馬鹿とまでは言ってないよ。まあ間違ってはいないけど。
「そうだな。女神の神託だとして国境に伝達しなければな」
王が決断して動くことになった。
「備えあれば憂いなしだもんね」
「せっかくの異世界で戦争に巻き込まれたら、たまったもんじゃないよな」
「心配ないです。僕が護りますから。神官の身分ですが戦闘能力は高いと自負しています」
神力を身体強化に全振りしたら僕は相当強い。ただ……戦争経験がないから人を斬れるかどうかは未知数だ。でもセリナとカピバラさんを傷つけられそうになったら、きっと僕は本気で剣を振るうだろう。