聖女ではありません ※重要
異世界の神子と行く浄化の旅──
どこかの旅行番組みたいだけどルーイたちからすれば、まさしくコレな状況。
オレーリア神王国、いや、グリンハーヴェに於いての浄化とは違う方法を披露した私は、それでも<聖女>と同一視されたらしい。興奮の同行者たちをルーイが戒めてくれた。
「<聖女>とは素養を持った者が別世界から呼ばれ、巫女の修行をして浄化を覚えるんだ。元の世界の力をそのまま使うセリナは全く異なる存在だ。両世界の神の加護を持つから<神子>である。聖女認定はしない」
「アシュロン様、それは無理があるのでは。結果が出ましたので」
モヌレンヤさんが言いにくそうに言葉を発した。
「守護人の僕から離されて、巫女所に身柄を移されてしまう。セリナを神官庁に渡す気はない」
きっぱり言い切るルーイに私も大きく何度も頷く。
「そうよ! 巫女所に入れられて暮らすのは嫌よ!」
おっと、本音が出てしまった。そもそも私は、お気楽な観光者の身分のはずなのよ。ただでルーイの世話になるのが心苦しくて、言わば善意でやってるんだから。
「それは同意っす。今更エライ人たちの関与なんてお断りっすよね」
シンナさんて神官のイメージにそぐわないよね。でもルーイを尊敬しているのは伝わるわ。「マジリスペクトっす」とか言いそう。
「シンナ、おまえはまたそんな口調で!」
モヌレンヤさんのこの苦言もいつもの事である。ルーイが気にしていないからシンナさんも軽く肩を竦めるだけだ。様式美?
「セリナ様は女神様の神子です。<聖女>ではありません」
ルーイの騎士は当然主人に同意するよね。
「おう、守護獣の俺が<聖女>とは無関係だって断言してやるぜ」
カピバラさんの発言力が一番強いかもしれない。
順調に旅程を熟す。感じたのは、正式に浄化要請のない小規模のものはそこそこあるって事。
シンナさんは「この程度じゃ中央神殿に申請しないっすよね」と納得顔だ。
「やたら提出書類は多いし時間がかかるし、仕方ないやもしれんな」
モヌレンヤさんが渋々同調したくらいだ。お役所関係は手続きが面倒だってのはどこも変わらないのかな。日本はかなり効率化してきたとは思うけどね。
「過去には却下した例も少なくないしな」
禁断の巫女部情報も、神官隊長のルーイなら知っていて不思議じゃない。
「巫女は安売りしないだの何だのって、お飾りなら解散しろ! 身を挺して護る覚悟の守護神官を、上層部は何だと思ってるんだ!」
中間管理職の怒り爆発だ。カピバラさんが宥めるようにルーイの足元に擦り寄る。
「でも去年の王都中心部の<黒い霧>事件じゃおまえらも活躍して、一気に知名度が上がったと聞いたぜ」
「一般の都民が目にする機会はまずありませんからね。大騒動でしたが、巫女と守護神官の実態が知れ渡ったのは吉でしょう」
モヌレンヤさんが「娘と息子にかっこよかったと言われました」と照れる。それは嬉しいね。綺麗に収束できたからこそだよ。
「セリナ様、アシュロン様に憧れる女性が増えたのも必然でしょ」
シンナさんがウインクを寄越してきた。
「仕方ないよねー、美少女巫女を背に戦うイケメン。絵になるわー」
脳裏に浮かんだのはキリカ様とルーイの姿だった。褒めたつもりがルーイは嫌そうな顔をした。
「王都の一大事だったんですよ」
ごもっとも。
巫女と守護神官の婚姻率が高いのも当然ね。こんなん恋が芽生えるわ。
世間話をしながらトラブルもなく進む。
訪れたのは鉱山である。
私の鉱山のイメージとしては坑道なんだけど、問題の場所は露天掘りだった。
良質の粘土が採れたらしい。鉱山と聞いて金銀、宝石類だと思い込んでいたのは仕方なくね? 漏斗状の底を見下ろすのは、滝壺を覗いたのとはまた違った恐怖がある。人工物だからだろうか。その底に溜まっている瘴気。ぶっちゃけ地獄から湧き出るかのようで気味悪い。
「確率的に次元の裂け目って底が多いのかな」
「どうでしょう。空や見通しの良い草原や人家に突如現れたりもしますし、法則性はあまりないと思います」
つい零した呟きに、ルーイが律儀に答えてくれた。
家の中に出現したりするのか……。怖すぎる。
「ここはもう廃れているから放置されたんでしょう。現役なら死活問題で、浄化要請があったはずです」
確かに。収入源だもんね。
「近くに銀山が見つかり、そちらの坑内採掘に移行しているそうです」
瘴気被害がないために打ち捨てられたままの鉱山。哀愁を感じる。異物はすっきり祓ってやろうじゃないの!
よく分からないけど急に使命感に燃え、以降の旅の気構えが変わった。
はっきりと、まさに瘴気が湧き上がる裂け目が目視できると、浄化前にそこを塞ぐ事で瘴気を霧散させられると分かった。狭い範囲で循環していた異界の空気が、供給を絶たれ消滅したと推察する。
「すごい! 裂傷そのものを塞ぐなんて初めて見ました! どうやったんですか!?」
ルーイに聞かれたけど困る。
「説明が難しいな……。セメントを塗る感じでしたんだけど」
「そんな物理的なイメージを? それを精神で具体化するセリナはすごいな」
ルーイに褒められたら嬉しい。私も結構単純だな。
こうして王都周辺、“小さな綻び修復の旅(カピバラさん命名)”は終了した。
翌日王様に報告する事にして、ルーイの屋敷で私たちだけの慰労会をする。
無礼講だけど、ルーイの騎士は恐縮しきりだった。
「ルーイは気がいい主人だから遠慮すんな。ジャスミン、騎士に酒注いでやれ」
何故かカピバラさんが仕切っている。図々しくない? 私の侍女に勝手に指図するんじゃないわよ。でもジャスミンを同席させる方便でもあるから今回は許す。
「私は馬車や宿で待つだけでしたので」
畏れ多いと慰労会を固辞する彼女だったけど、「いやいや、私は随分助かったよ。いろいろな面で」と押し切って参加させたのだ。
もちろんルーイだって分かっている。宿は同室で話し相手にもなってもらって精神的にも安心していたって。
「カピバラさんは赤より白ワインの方が好きなんっすね」
シンナさんはクッションを借りて床に座り、カピバラさんとサシで飲んでいる。本当にフリーダムな人だな。
皿に注がれたワインをペチャペチャ舐めるカピバラさんを見て、目尻を下げている気持ちは分かる。見た目だけは和むんだよなー。
あっ、野菜無視して肉にいくのね。カピバラさん、齧歯類なのに歯は犬っぽいよね。お酒まで飲んで大丈夫かな。やっぱり別種の生き物なんだ。もう<神子の神獣>でいい気がしてきた。
全員楽しそうだ。ほろ酔い気分で気分がいい!