いざ女の園に出陣!
女神ルリアニーナ感謝祭も最終日、供物台を見て唖然とする。
銀の食器に盛り付けられたフルコースっぽい食事が、輝く銀のトレイに乗せられている。カトラリーも銀だ。ご丁寧にグラス赤ワイン付きである。美味しそう。
「すげえな、これ」
カピバラさんも感嘆した。
「ジュビナーシス伯爵家からです。女神様は大変喜んでおられました」
もう何でもありだ。お祭りだから良いでしょうと、女神の喜びを認める事にしたらしい大神殿長は無の境地に入っているのかもしれない。
閉会イベントは守護神官隊長と守護副神官隊長による剣舞が予定されている。すごく楽しみ!
「僕の寝不足の原因の大半はこの剣舞の練習でした。指南者は曖昧な指導だし、副神官隊長はなかなか練習に現れないし」
前任が病気で急に退位したため、空席になっていた守護神官隊長に若年のルーイが抜擢され、色々と軋轢があったのは想像に難くない。自分が昇進すると思っていた副神官隊長にすれば面白くないだろう。ルーイに協力したくない気持ちも分からんでもない。
それでも奉納舞を蔑ろにするのは許せません! 四十代の副神官隊長にしっかり言ってやりましたよ。
「華麗な武舞を女神様も楽しみにしていらっしゃいます」
プレッシャーで青くなるな。軟弱者め。
それまでの時間、やっぱりルーイは私に付きっきりだ。
「散策しますか」
ルーイの時間潰し案を却下する。
「もういいや。また薔薇の花束ばかり渡されるよ。昨日は持ちきれなくてルーイの手も借りるほどだったじゃない」
カピバラさんなんか首に掛けられた薔薇の花輪を、「くせえ!」って大暴れして外して大変だった。
素直に神殿で訪れた信者と話した方が絶対いい。
メインイベント。
俄然ルーイへの女の子の声援が強くなる。仕方ない。見目が良いもの。副神官隊長はねえ……少しお腹が出っ張りすぎ。平凡な容姿のおじさんが美少年のルーイと比較されるのも気の毒だけどさ。
「カピバラさん、十六歳のくせにルーイがかっこいい」
「はいはい、少年の勇姿を目に焼き付けとけよ」
私の守護獣の返事は適当だ。
ルーイの衣装は、いつもの神官の物と異なっていた。上は金の装飾ある黒のゆったりした貫頭衣。下は白のサムエルパンツ。深紅に金の細かい刺繍が施された腰布っぽいのを巻いている。その右腰にはサッシュリボン的なものが色鮮やかに何本も垂れていた。赤色の不透明な石を繋げた耳飾り。頭は被衣っぽい白の薄布を金の輪で留めている。剣も帯紐をたくさん付けている。副神隊官長の腰布は同じデザインの金の刺繍入りの濃紺で耳飾りは紺だ。二人が舞う度に揺れたり広がったりと、力強く美しくあれと計算された剣舞のための衣装だ。
「絶対女神様は大喜びだよ! ルーイの剣舞は!」
帰路の馬車の中では他人に聞かれる事もない。私は本音を熱く語る。
「副神官隊長は太ってキレが無かったしもう歳でしょ。来年からは役職関係なくイイ男を選ぼうよ! その方が絶対女神様も喜ぶって!」
私は確信している。でもルーイは苦笑いしただけだ。
そりゃルーイの口からは言えないわよね。相方を男前にしてくれなんてさ。これは私から大神殿長に進言する案件かもしれない。
いっその事、前もって一般人に人気投票してもらって舞う人を決めたらいいんじゃないかな。ルーイの一位は確定として、他の守護神官さんたちも注目を集めて話題になるじゃないの。
治癒神官が神官の花形で、彼らが守護神官を格下に見ているのは部外者の私でも感じる。なんか気に入らない。
“治癒も守護も必要なもの”と女神が認めてるんだから同等のはずよ。
私がルーイに肩入れしすぎなのは自覚あるわよ。大切にされているんだからそれは仕方ないじゃん。
「あー! ほんとルーイってばかっこよすぎた! さすが私の推し!」
「おし?」
「超好きって事!」
眩しそうに私を見ていたルーイが急に目を逸らした。
「セリナ……表現に気をつけろ。告白みたいになってるぞ」
はっ! カピバラさんの言う通りだ!
「ごめんルーイ! えーっと、すごくかっこいいぞって世間に言い回りたいくらい、ルーイを気に入っているという意味です!」
「え? あ、はい、有難うございます?」
伝わってんのかな、これ。
「王家の姿絵みたいにルーイの剣舞衣装の姿絵を作ろう! モカリマッセ商会に頼んで剣舞衣装ぽいの作って売ろう!」
「はあ、うっすらと“おし”が分かった気がします。でも僕の姿絵なんて誰も要りませんよ。衣装は神官庁の許可が出ないでしょうね」
コスプレはご法度な国なの? ごめんなさい。衣装は無理かあ。
ルーイの姿絵は需要あるよ! きっとキリカ嬢は買うな。私も買う。
「そう言えば、伯父さんがカピバラさんのぬいぐるみを売り出したいそうです」
モカリマッセ商会、なんでもするのね。元ぬいぐるみのぬいぐるみなんて変な感じ。
「ライセンス料の交渉はセリナに任せた」
「ええ? カピバラさんてキャラクター枠なの?」
「どうせ<神獣>として売り出すんだろ。使用料を要求する」
世慣れてるわね、カピバラさん。ほんと何者なの。
ルーイの家に帰って寛いでいたら神殿の使者が来た。
正確には巫女統括部からだ。黒い霧や巫女について教えたいので明日来いってよ。急な召集にルーイも困惑していた。
いやいや、守護神官長から知識を得ていると分かってるでしょうに今更!?
めんどくさい。これはあれね。
「“覚えてらっしゃい”さんの仕業ね」
「“失敗するんじゃねえぞ”さんだ」
カピバラさんがご丁寧に訂正してくれた。
「この期に及んで嫌がらせ?」
「さあな、文句を言い足りなかったんじゃないか」
「セリナ? 僕がいない隙に何かトラブルがあったんですか?」
ルーイは眉を顰めた。いえ、貴方の目の前で起こりました。いいのよ。貴方はそのまま鈍感唐変木でいて。
「……僕は巫女所には入れません。守護神官詰所で待機になります」
「大丈夫よ、カピバラさんがいるし」
推定オスだけど神子の守護獣だからセーフよね。
「女の園って言い得て妙ですね。内部が不透明なので心配です」
やめてよ、ルーイ。何が起こるって言うのよ。女の園殺人事件? なんか響きがエロいな。
さて、完全アウェイに乗り込むには作戦が必要ね。
翌日、巫女たちへの手土産を準備した私に死角は無い。
ルーイにお菓子をお願いしたら、侯爵家が贔屓にしている店で予約制の人気ロールケーキを手配してくれた。昨日の今日よ!? 一ヶ月は予約待ちだってメイドさんたちが言ってたわ。
どんな裏技かと思えば「職人たちの睡眠時間をもらいました」って、ルーイは涼しい顔でほざいた。
無理してもらうからと、人件費、深夜作業費込みで、破格の金を置いたらしい。
ルーイ・ラム・アシュロン、十六歳。大胆すぎない?
使用人さんたちの分も含んで頼んでいたから、特にメイドさんたちが大喜びで礼を言われた。ごめん、支払いはご主人様なのよ……。お礼はルーイに言って……。
そして、いざ巫女所へ!
「今日はよろしくお願いします。こちら、皆様で召し上がってください」
対女子、レアケーキで餌付け作戦!
私の目の前には、巫女統括部長、隣にキリカ様、部長の反対隣に巫女二人。
貴族の巫女は三人。令嬢たちで間違いないわね。所作が美しいもの。
令嬢巫女だけでなく、三十代と思われる統括部長までケーキに目を輝かせている。
「この勝負、もらったわ」
「お前は何と戦っているんだ?」
呟いた私に突っ込むカピバラさんは無視だ。
「修行中の巫女も休憩して頂きますね」
「ええ、職員の皆様もぜひ召し上がってくださいと、アシュロン守護神官長の差し入れですわ」
笑顔の職員に対し、自分比で最上の笑みを浮かべた。
「まあ、ルーイ様が」
キリカ様、頬染めて感激してるけど、あの子、そんな気遣い出来ないからね。でもスポンサーには違いないから、ルーイに花を持たせて私もそこは口を噤んだ。
紅茶と、生クリームフルーツロールケーキのお陰で和やかな空気になった。
「神子様、瘴気の浄化には呪文があるのですが、必要ございませんか?」
統括部長は軽い世間話の後、要件を切り出した。
「聖女様は黒い霧に触れて感覚で浄化するのですが……」
部長は心配そうに口籠る。
あれ? キリカ様が私に文句を言う舞台じゃないの?
「私たち巫女は、心を平常に保って長い呪文を諳んじる修行をします。私たちは平民の巫女よりは浄化力も精神力も高いと自負しています。目の前に迫る魔獣を恐れない事が神子様に出来るでしょうか」
キリカ様は私を見据える。ただの意地悪じゃない。覚悟を問うているのだ。
「キリカ、平民を見下すのはやめなさい。等しく巫女なのです」
統括部長は令嬢も呼び捨てだ。彼女たちの上司で、巫女たちを平等に扱っているのだ。
誇り高き公爵令嬢であるキリカ様も、立場を弁えて反論はしなかった。もっと傍若無人かと思っていたけど、そうでもないのね。
「セリナは元の世界で巫女をやってたからな。そっちの力を使うから心配ない」
ちゃっかり二きれ目のケーキを食べながら、カピバラさんが口出しした。
「まあ! そうだったんですね!」
やめて、統括部長の尊敬の目が眩しい。
龍神祝詞も唱えられない、実家で巫女もどきやってただけなんです。
「こちらの神に貸し出されたセリナを護るために俺がいる」
カピバラさんが男前だー! 設定をさも事実かのように言い張るのも素敵!
惚れないけどね。全力でもふもふはする! ルーイん家に帰ってから。ここでは高潔な神子でいるわ!
「セリナ! どうでしたか!?」
守護神官詰所に行くと、ルーイが開口一番尋ねてきた。当番守護神官と、令嬢の専属騎士たちが待機していた。彼らは和やかに雑談していたのに、私とカピバラさんの登場でピリッとした空気になる。
「んー? お茶会だった」
私の返事にルーイは納得しない。
「敵陣に単騎で乗り込む戦士みたいな顔で巫女所に入って行ったのに?」
やば、そんなんだったの私。
「まあ、和平交渉が上手くいったみたいな」と適当に返事している横から、カピバラさんが「不戦勝だった」と報告する。
令嬢たちのいびりを返り討ちする気満々だったのは否定しない。いびりどころかキリカ様が叱られてからは、巫女たちは口を開かなかった。
「令嬢巫女が平民巫女を軽く見てるのはどうかと思ったぜ。浄化に貴賎はないだろう」
令嬢たちを護る騎士たちの前で苦言を呈する神獣(仮)。
「うちのお嬢様はそんなのじゃありません」
「うちのお嬢様だって素直じゃないだけでお優しいです」
「うちだってお美しいだけでなく慈悲深いです」
気まずそうに一人がフォローすると、“うちの姫”自慢が始まった。ツンデレ枠はどの令嬢だ?ってキリカ様かーい!
「気が乗りませんが、これから王宮に行きます。宰相に浄化のルートを知らせておかないといけませんから」
ルーイが手にした書類を確認しながら言った。
「それって守護神官隊長の仕事なの?」
神官庁職員がサイン貰いに行けばいいんじゃないの。
「王女様たちがカピバラさんに会いたいんですよ」
ルーイは苦笑した。なんだ、登城理由は私たちか。ルーイにご足労かけて申し訳ない。侯爵家令息を顎で使ってるように思われない? 神子の好感度、大丈夫?