女神降臨 ※イメージ違いの苦情は受け付けません
女神感謝祭初っ端。オープニングセレモニーと言うべきか。
オレーリア神王国のルリアニーナ教総本山、中央大神殿の前の大広場、桃色の百合の花で飾られた露台を、カピバラさんを伴ってしずしずと上がっていく。私とお揃いの豪華なピンククォーツの首輪がカピバラさんに似合わない事! 笑いそうになるのを堪え、実家での巫女舞の前の厳かさを意識した。
壇上に立つと予想以上の人がひしめき合っているのが見える。女神様のお言葉をいただくなんて初めての出来事だ。一昨日神殿側が王都内のみならず近隣領にもお触れを出したらしい。急に決まったのに、ルーイが「戦争の伝令並の速さだった」と評したくらい神殿の本気を見せつけたっぽい。あまりの人の多さに気後れするけど任務は全うする。
「女神ルリアニーナ、顕現せよ!」
胸の前で手を合わせ、目を閉じて女神を呼ぶ。
空から光が降り注いだ。
私の頭上にピンク色の女性がうっすらと姿を現した。ぼんやりとした輪郭で、目鼻立ちははっきり分からない。それでも観衆は歓声を上げた。
これは女神の演出だ。『私って超美人だけど、人には好みってあるじゃない?だから敢えてはっきり現れないで理想の女神を想像してもらうのよ』だって。
一理ある。ルーイは何度か女神と対面していた。二十代半ばくらいの目の覚めるような美女だそうだ。声だけじゃなく私もそのうち会いたい。
『みんな、今年も私のために有難う! ゆっくりしていってね!』
どこのアイドルだよ。投稿動画みたいな事言ってるし。
「今年も私のために感謝祭を有難うございます。皆様もぜひ楽しんでください」
女神の声を伝えるのが私の仕事……。
『瘴気についてなんだけど、あれはよく分かんないから人で対処して。聖女召喚も人間が作ったもので、私と関係ないって理解してね。私は愛の女神だから、豊作とか天災避けとか祈願されても管轄外よ。豊穣の神ロレオスコットや、天候の神のジュールに祈って。尤も神界にはあまり俗世に干渉しないって不文律があるから、あんまり期待しないでね。でも気まぐれの手助けも無きにしも非ずよ』
「瘴気は神界が対応する事変では無いので人間界で対処してください。聖女召喚も人間が行うもので私とは無関係です。豊作は豊穣の神ロレオスコット、災害避けは天候の神ジュールに祈願してください。神界はあまり地上に干渉できませんが真摯に祈れば声は届くかもしれません」
『それとお供えが果物と菓子と花ばかりな気がするんだけど。肉も食べたいしワインも飲みたいわ。清楚な百合が私のイメージらしいけど、鮮やかな薔薇こそ私にふさわしい。神殿を華やかにしてくれると私は嬉しい。私が嬉しいと王国の幸福度も爆上がりよ』
女神、ぶっちゃけすぎ。大神殿長は青褪めて放心状態じゃないか。ルーイは涼しい顔だ。いつもの女神節だもんね。
「たまには肉やワインも供えてほしいです。百合だけでなく薔薇も大好きです。神殿を華やかにしてもらえると嬉しいです。私が幸せな気分になると王国の幸福にも繋がります」
頑張った。私、頑張って意訳したよ!
私の言葉が終わると女神の姿も消え、大歓声と拍手の中、我に返った大神殿長が厳かに感謝祭の開催を宣言した。
「あれ? カピバラさんは?」
側にいないのでルーイに尋ねると、彼は観衆の方を指差す。
カピバラさんは人々に撫でられまくって、もみくちゃにされていた。
「セリナ殿、神子としてのお勤めご苦労様でした。カピバラさんも神獣として大人気でしたね」
大神殿長が労ってくれた。
カピバラさんはどこかのおじいさんに貰った屋台の肉焼きを、美味しそうに食べながら「女神、言いたい事言ってたな」と感想を述べた。
「女神が肉をご所望とは、びっくりした信者も多いんじゃないか」
それは私も思ったよ。出来るだけ威厳を持たせようと通訳を頑張ったもの。
女神に肉食のイメージがつくのは如何と思うものの、女神の感謝祭なんだから希望はちゃんと伝えなきゃいけないよね。
「……ルリアニーナ様の崇高さが損なわれないといいのですが」
女神が『大神殿長は声が完全に聞こえるのに会話が続かない』と嘆いていたけど、彼はルリアニーナに夢を見過ぎだと思うわ。女神のざっくばらんさを脳が拒否して全身が固まってしまうのよ、多分。
「いっそ<残念女神>を二つ名にしますか」
無表情でルーイが宣うと、大神殿長は「馬鹿者! 神殿法で侮辱罪に問われるぞ!」と嗜めた。そんな法があるのか。周囲を気にしたのは、誰かに聞かれていないかとルーイの身を心配してだろう。
「ルーイの失脚を狙うものには格好の材料になるもんな」
肉を完食して満足そうなカピバラさんは、大神殿長を肯定した。
「セリナ、これからどうしますか。花通りを歩きますか。屋台に行きますか」
ルーイが誘ってくれたけど、その気にならない。
「これだけ大々的に<神子と神獣>をお披露目したんだから、絶対囲まれるじゃん。どこかで休みたい」
「疲れたんですか」
「うん」
王に謁見したドレスほどじゃないけど動きにくい。救いは喉元のリボンとウエストの紐は調整可能だって事。
早く緩めて横になりたい。
「神殿のルーイの部屋でもいいよ」
「そんな冗談は男に言ってはいけません」
ルーイが目を吊り上げて怒る。
「ごめん。じゃあ帰りたい。明日はまた神子として頑張るから」
「分かりました」
ルーイは自然な動作で私の手を取り自分の腕に誘導する。
ちらりと見上げると、柔らかい表情で「ん?」と僅かに首を傾げた。
はあっ! あざと可愛いな! 私はどうやら年下のこの仕草に弱いらしい。自覚なかったけど実はお姉さん気質なのか。でも弟にはこんな感情、抱かないぞ。
翌日、ルリアニーナの信者たちに笑顔を振りまく簡単なお仕事をした。
カピバラさんは撫でられまくっても、ぼうっとしている。つまり何もせず突っ立ってるだけ。私より楽チンだろ。
せっかくなので屋台や花で飾られた道の散策もした。隣には常にルーイ。無愛想がデフォだからね。保護者感満載です。彼は周囲に目を光らせてはいるものの、私たちに近づく人たちを排除するような真似はしなかった。
「守護神官隊長自らが神子様の護衛なのね。羨ましい」
「はあ、アシュロン様、いつ見ても素敵」
「私もアシュロン様に守られたーい」
周囲の「カピバラさん可愛い」「神子様綺麗だ」の声に混ざって、女の子たちの羨望の声が耳に届く。ルーイも身バレしてんのね。これだけ男前だったら無理もないか。
ルーイ・ラム・アシュロン、十六歳の庇護下にいる長嶺聖理奈、二十三歳。今日もピンクの衣装を着ています。
「若作りすぎない? 本当に神子としてこれで大丈夫?」ってルーイに尋ねても、「清純で可愛いです。女神様も気に入っていたでしょう?」と優しい笑みを浮かべるのみ。
女神への供物台に早速串焼き肉と果実酒が置かれており、大神殿長は困惑した表情でそれらを眺めていた。
「庶民派女神の路線でいけばいいじゃねえか」
カピバラさんの助言に、大神殿長は益々眉尻を下げていた。
『串焼き肉とすもも酒ってあまり合わないわねえ』
文句を言っている女神は、それでも堪能しているらしく声はご機嫌だった。
供物台の肉と酒は減っていない。どういう理屈なわけ?
「俗界の物を神界で再現具現化して召し上がっているそうですよ」
ルーイが説明してくれる。やっぱり理解不能。
「こっちのお供物はどうするの? 神官が食べるの?」
どう処分するの?をやんわり尋ねてみた。
「以前はそうしていたらしいですが、古くて味がしないし腹下しもあったりで、今は供養焚きをしています」
焼却処分か。仏壇のお供物は仏さんが香りを食べるから味がしなくなると聞いた事あるけど、同じ理由なのかな。
「カピバラさんが食べたら?」
一日経てば供物は燃やされると言う。明日焼いて灰になるなら神獣が食べればいいのよ。
「やだ、不味いに決まってる」
「罰当たりな事を! 侯爵家のご飯で舌が肥えちゃって」
ルーイは不躾な会話に苦笑しているだけだった。
女神には伝わっていないみたいだからセーフでしょ。基本、女神はこちらから声を掛けないと応えない。あまり地上に深入りしないのが普通だし、神界の生活も支配地の管理とかで暇じゃないんだそうだ。
開会宣言セレモニーの後、優雅にロイヤル席にて私たちの茶番を見ていた王が、神子の浄化作業を民衆に宣言したため、私は退路を断たれた。
畏れ多くも苦情を申し立てに行くと「これで嫌でも行わないといけなくなっただろう?」と施政者らしく言って、片方の口角を上げた。
「乗り気でないそなたに発破をかけたのだ」
いらん事を!
「大丈夫ですわ。神子様が浄化が出来るのかは未知数、お試しだと告げましたし」
王妃様はおっとりしている。
「いざとなれば、私の妃になれば万事解決!」
キラ様はキラ様だった。何の解決策だ? 彼の提案にルーイは「セリナはいずれ元の世界に帰ります。誰とも結婚しません」ときっぱり断ってくれた。
まあキラ様が本気じゃないのは分かるから目クジラ立てなくてもいいのに、ルーイって本当に生真面目よね。
キラ王子は視線で私に「やれやれ」と語った。
聖女と同格扱いが決定したからか、神殿の大広間で巫女に声を掛けられた。大きな赤いリボンを頭に付けた長い金髪の美少女だった。
ルーイ情報によると、この中央大神殿所属の巫女は現在九人。貴族令嬢三人と、平民六人である。周りに守護神官一人と騎士二人を従えた彼女は明らかに貴族だ。
貴族令嬢は大抵自家から護衛騎士を連れて来るらしい。男性は巫女所内には入れないので、巫女所の前にある、巫女護衛当番の守護神官用詰所の宿泊施設を間借りしているんだって。お嬢様が巫女所から出ると護衛につく。
で、金髪の美少女巫女は挨拶も無かった。代わりかどうか、騎士たちが軽く頭を下げてくれた。
「守護神官隊長の護衛なんて、随分優遇されていますのね」
高飛車だ。絶対高位貴族だろ。
「僕が女神様から指名されましたから」
ルーイ、それは悪手。
「まあ! ルーイ様の意に染まぬ任務ですのね。お父様にお願いして任を解いてもらいましょうか?」
ほら出たよ。親は権力者だって。マウント取ってきたわ。
「キラ王子にお会いした時、側にいた宰相のお嬢様、ヴァレス公爵令嬢キリカ嬢です」
こっそりルーイが耳打ちしてくれた。やっぱり権力者の娘か!
あの時謁見したのは王様で、むしろキラ様含むファミリーはオマケじゃなかったっけ。もしかしてルーイは第二王子の隠れファンなのかな。
「いえ、女神様の神子を守れると、光栄に思っております」
ルーイが思った反応じゃなかったんだろうな。令嬢巫女は少し怯んだ。
「そ、そうですのね。聖女様でもないのに黒い霧浄化なんて大丈夫でしょうか」
心配する演技の路線に変えてきたな。でも“聖女様でもないのに”を強調したわね。
「聖女様と同じく異世界から来たので、実験みたいなものですわ」
私は“聖女様と同じく”の語気を強めて余裕の笑みを浮かべてやった。意趣返しに気がついたキリカ嬢は悔しそうに下唇を噛む。表情に出過ぎですわよ。
「去年王都の城下町の大通りの噴水から黒い霧が大量発生した話はご存知? 魔獣も現れて巫女が総動員されてやっと治めましたの」
「あれは大変でした。ここの守護神官も治癒神官も全員出向きましたね。第三騎士団のみならず、第二騎士団も都民の誘導のため出ましたね」
ルーイがキリカ様の話に続いた。
第一騎士団は王族守護、第二は王城守護、そして第五は魔獣討伐隊なんだそうだ。専門細分化しているんだね。あとは王都守護の第三とか第四とかあるんだって。
「全員命懸けですの。遊び半分だと、同行の騎士や神官も危険に晒しますのよ」
キリカ様、正論で攻めてきたか?
「キリカ嬢、逆ですよね。僕たちがセリナを守るんです」
ルーイが私を名前呼び捨てしたから睨んできた。わっかりやすいな、この子。
「あなたのお父上も全面協力を申し出ましたわよ」
売られた喧嘩は買う。マウントを取り返してやったわ。おーっほっほっほ!
「せいぜい失敗しない事ね!」
キリカ様は首を振りながら言い放った。背後にいた守護神官の顔に彼女の長い髪がバサッと当たる。あれは割と攻撃力高いぞ。
「肝に銘じておきます」
明らかに私に向けた捨て台詞なのに、律儀に返事をするルーイは朴念仁だわ。
「あの子、ルーイに惚れてるよね」
「ルーイは全く気がついてないみたいだけど」
「鈍感だよね」
ひそひそとカピバラさんと話していたら「何の内緒話をしてるんですか」と、ルーイはちょっぴり拗ねた。
機嫌悪いついでか、ルーイは貴族令嬢実家の派遣騎士について不満を漏らす。
「守護神官が頼りないと思われているみたいで、いい気はしないです」
カピバラさんは、「可愛い娘の身が心配なんだろうから大目に見てやれよ」と案外物分かりがいい。
何で親目線なのよ。カピバラさんて一体何の魂よ。やっぱりおっさん?
「自前で護衛を付けるなら、巫女所内に女騎士を入れればいいのに。貴族の意思を汲んだ上層部の方針です」
ルーイの愚痴は続く。
「女性騎士も入れないの? どうして?」
「乱暴者は入れないって理屈ですよ。馬鹿じゃないですかね。自分の身ひとつ守れないのに」
それはルーイが憤慨するのも納得だ。武人とゴロツキが一緒くたなんてね。
「神官庁所属ではありますが、あそこは職員全て女性の巫女統括部が管理していて、ほぼ独立機関みたいなものです」
「女の園か。男は口出しするなってか」
カピバラさん、核心つくよね。
「概ねそんな感じです」
「守護神官は神官服に帯刀しているだけだから、頼り無げなんじゃないか。せめて革鎧だけでも支給したらどうだ」
「僕たちは自身で身体強化するし身軽さが求められるんです」
「外見ってのは結構重要だぜ。それで安心感が増すなら安いもんだろ」
しばらく顎に手を添えて考えていたルーイが、「一理ありますね」とカピバラさんに同意した。
「軽量で廉価タイプのものを申請してみます」
本当に体裁だけなのね。