ロイヤルファミリーにご挨拶
翌朝、未だかつてないブラッシング回数を施された髪に生花を飾られ、ドレスの着付けも手伝ってもらう。
「すごく綺麗です」
ルーイが照れくさそうに褒めてくれた。そうよね! 化けてるわよね私!
「馬子にも衣装だな」
生意気なカピバラさんには、無言でスリーパーホールドをかける。ルーイがびっくりした目で見た。淑女に程遠くてすみません。
ルーイと共に登城するため侯爵家の馬車に乗った。
「必要な事は僕が喋りますから、セリナは笑っているだけでいいです」
「にこやかに好感よくね」
「王城と言っても危険はあります。異世界の女性と知って攫う者がいるかもしれない。僕と離れないでください」
「大丈夫よ。私には守護獣がついているもの、ね?」
「いきなり絞め技かけてくる女なんざ守りたくねえよ」
「効いてたの? 見様見真似なんだけど」
「気管を潰さないと駄目でしょう」
……ルーイ、別に殺す気はないからね?
「いざとなったらセリナを頼みますよ」
「おう、任せとけ!」
なんでルーイには従順なのよ。侯爵家の至れり尽くせりの待遇で懐柔されたわね。安請け合いしてるけど、その迫力ない容貌じゃあね……期待しないでおく。
王都の中心部はレンガ道となっている。道幅も馬車が余裕ですれ違えるほどには広い。でも人が自由に往来しているので轢かないかハラハラする。
昨日中央大神殿からルーイの家に着くまでの短い時間でさえ、慣れぬ身にはきつかった。「乗り心地あまり良くないよね」とついカピバラさんに零してしまったらルーイに告げ口したらしく、今回の王城行きの際はクッションをいくつも詰め込んでくれた。贅沢な事に、床にはカピバラさん用のクッションも敷かれた。
淡いクリーム色の外壁の美しい城が見えてきた。
「可愛い! 屋根がピンク色だ! おとぎ話みたいね」
テンション高く声を弾ませると、ルーイは「城が可愛い?」と怪訝な顔をする。
感性が理解出来ないらしい。
「ピンクはルリアニーナ様の色ですから。オレーリア神王国は三百三十年前にファリーニ・シュリエ・オレーリア初代王が女神様の加護を得てこの地を平定し、興国したんですよ」
「それでルリアニーナ教が国教なのね」
「初代王は女神様と完璧に話が出来ていたそうです。今の王族の血筋に女神様の声が聞こえる者はいません。僕みたいなのは久々だと女神様は喜んでいました。あと大神殿長もほぼ完璧です。よく聞こえる者は少数で、大体はノイズの入った途切れ途切れの声です」
「ルーイも過去のどこかで王家の血が入ってるって事?」
「確かにウチに降嫁した姫もいますが関係ないです。精神の波長だそうです。女神様の受け売りで、はっきりと説明できませんが」
ふーん……依代体質かもね。
跳ね橋を渡り、立派な城門をくぐると、しばらく走って馬車は停まる。
ルーイに手を引かれて降りた。続いてのっそりと降りるカピバラさんを見て、周囲の空気が固まった。ええ、その気持ちは伝わりますとも!
「“何!?あの珍妙な生き物は!”って視線よね」
「“愛らしい生き物が従っているあの美しい女性は誰だ?”っていうのもありますね。僕の素性を知っている者は、特にどんな関係かと興味津々でしょう」
確かに今日の私は侯爵家のメイドさんの力作だと思うわよ。でもルーイだって守護神官隊長の正装だから、すんごく目立ってるからね。
紺色の軍服っぽい服は襟や袖や裾に金糸で飾られていて豪華だ。その上に黒色のマントを着ている。マントの衿元の留め具は三連の金飾りで、中央に侯爵家の紋章である金の“双頭のドラゴン”がくる。かっこいい!
背が高くて体格良くて美形! 眼福。つい横顔を見てしまうのは自然の道理だ。見上げる視線に気づいてルーイが歩調を落とす。
「すみません。エスコートなんてした事なくて」
歩幅が合わないのを視線で訴えられたと思ったのかルーイは弁明した。見惚れていただけ! 「大丈夫よ!」と慌てて否定する。ルーイは僅かに眉尻を下げて私に笑みを向けた。可愛いかっこいい。
あかーん! これ令嬢方に見られたら、私、絶対恨まれちゃうよ。
そんなこんなでやって参りました。謁見の間。ロイヤルファミリーが揃っているはずだと言われていたから緊張する。家族構成は把握してるけどもね。
赤い絨毯が敷かれた三段の壇上の真正面のあの豪華な椅子に座っているのが王様ね。金髪にエメラルドグリーンの瞳がロイヤルカラーなのだろう。まだ四十半ばのイイ男。王の隣の赤味がかった金髪で鳶色の瞳の同年配の女性が王妃様に違いない。
近くに王子と思しき男性が三人、そして第一王女とまだ七歳の第二王女様。全員金髪に翠眼とは、王室の遺伝子が強すぎない? 一人くらい王妃様の色を継いでもよかったと思うの。
日本式での挨拶を許されたのでお辞儀をする。意識したのはCA。
「すまないね。家族総出になってしまった。気楽にしていいよ」
王は気さくだった。
「女神様の神子の召喚なんて初めてだから、全員が会いたがってねえ」
ルーイの想定内です。むしろ一度に挨拶が済んで楽です。
「初めまして。セリナ・ナガミネと申します。しばらくオレーリア神王国のお世話になります」
「美しい異世界の神子よ! 運命に違いない。どうか私の妃になってくれないか」
きらきら眩しい一族の中でも、一際煌びやかな青年が近づいてきた。これがルーイが警戒しまくっている第二王子ね。
ルーイが「手を取られると危険です。そのまま私室に連れ込まれます」と言ってたんだから、話半分に聞いても手が早いに違いない。
こんな綺麗な王子に「美しい」なんて言われても「嫌味か」って鼻で笑うしかないわ。
「キラ王子、無闇に触れないようお願いします」
すうっとルーイが私の前に立って王子を押し留めた。有難いけどいいの? 不敬罪にならない? それにしてもキラ王子って、一発で覚えたわ。
「ええ? 握手もダメ?」
「駄目です。文化が違うようです。それにセリナはお妃候補じゃありません」
文化の差っていい言い訳だわね。
「えーっ、ルーイはエスコートして呼び捨てしてんのに?」
「僕はルリアニーナ様の許しを得ていますから」
そうなの!?
私の足元でカピバラさんが「ないない」と首を振った。
「キラお兄様、早速口説くのはおやめください。神王国の品位が下がりますわ」
第一王女が一声申す。
「“運命の出会い、妃になってほしい”って、それはお兄様の日常挨拶だって王都中の女性が知っていますわよ」
「全く誰に似たんだ」
王太子がぼそりと呟くと「私の弟だな」と王様が楽しそうに笑った。
王弟殿下が女好きか。じゃあ王家の血だな。
「叔父上に失礼です。ここまでじゃないです」
おっと、十三歳の第三王子、結構評価が辛口だぞ。
「神子殿、私に対して家族のあたりがキツすぎると思わないかい?」
「ご家族の仲がよろしくて羨ましいですわ」
にっこりと微笑んでやる。キラ様、貴方いじられるのを美味しいと思うキャラでしょ。
「とにかく神子は僕の屋敷で保護し、僕が護衛します。既に神官庁の許可も降りています」
ルーイは淡々と話を終えた。
「ところで、神子殿、そちらの生き物は?」
ちらちらと私の足元を見ていた王妃様が、とうとう声をかけた。
「俺は神子の守護獣のカピバラだ」
「話せるのですね、カピバラ様」
「カピバラさんでいいぜ」
そわそわとしていた第二王女が「触ってもいい?」と尋ねる。
見た目は可愛いもんね! しかも昨夜のメイドさん渾身の、シャンプー艶液ブラッシングコースで毛並みがふわっふわだよ。
「いいぜ」
カピバラさんがとことこと彼女に近づいていく。近衛騎士、警戒態勢に入らなくていいの? 害意はないけど未知の生物だよ。不用心すぎない? ルーイに対する絶対的信頼があるのかな。
女性陣がカピバラさんを撫でているのを、一番羨ましそうに見ていたのは王だった。
「明日、感謝祭の開催時に女神様が降臨されます。賜る御言葉を神子様が伝える段取りになりましたので、ご報告します」
あっさりしてるねルーイ、そんなのでいいの?
「正儀式以外で降臨されるのは初めてではないか!? 自ら一般公開されるとはなんと有難い!」
王様のテンションが100上がった!
このくらいの事はしないと、神子を召喚した正当な理由にならないでしょう。女神案にルーイが賛同したから、私は協力するだけだ。
「他に特にする事も無いから、試しに浄化作業をしてみてもいいかと思ってるんだが」
このなんちゃって守護獣! 私には無理だって。
「セリナは元世界の神の加護持ちでもあります。聖女と同等の力がある可能性が高いです」
保護者ぁ! 味方が背後から撃ってきやがった。
「聖女様の代わりをしてくださると!? なんと有難い! 国を挙げて協力致しますぞ!」
わ、びっくりした。銅像かと思うくらい動かなかった側近の中年男性がいきなり弾んだ声、出すんだもん。
「宰相ですよ」
ルーイがこそっと耳打ちしてくれた。
本来の聖女召喚は大掛かりな儀式と聞く。勝手に召喚されてきた棚ぼたな私をタダで使う気ね!?
「ご期待に添えるとは思えないので辞退したいのですが……」
神妙に断ったものの、空気は歓迎一色だ。
「セリナ、貴方は聖女とは異なるものの、清浄な気を纏っている」
ルーイが説得に入った。
「龍神の力は強大だ。試してみないか。おまえの力をこの異世界で」
カピバラさんは怪しいセミナーの勧誘をしているのかな? 龍神様の加護と言っても、私は巫女もどきなんだよ。
「姿形が美しいだけでなく、心も美しいとは! 神子殿こそ女神様がオレーリアに遣わせて下さった私の伴侶!」
キラ王子、違うから。そしてルーイ、王子に敵意を向けないで。殺伐とした気配をスルーする第二王子、実は大物か?
「神子様が穢れを祓ってくださるの?」
第二王女が期待した無垢な目で見上げてくる。うっ……。
どうせ押しに弱い日本人よ。
「やるだけやってみます……」
とうとう陥落したわ。




