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カピバラさんとやって来た神子  作者: 日和るか
3/20

保護という名の囲い込み

ルーイ視点

「よう、アシュロンの三男坊! 成人して色気づいたのかあ? 女物一式見せに来いとか、親父さんはご存知なのかあ」

 

 やたら騒々しいのはモカリマッセ商会会長。「限りなく平民に近い男爵」を自称している。僕の父の姉の夫、つまり僕の伯父に当たる。とても裕福だけど確かにざっくばらんすぎる人だ。焦茶色の髪と瞳の小太りで如才ない雰囲気だが、なかなかの狸である。若い時は細身で爽やかな男だったそうだ。

 

 伯父に一目惚れした伯母が身分差をものともせず、押しかけ女房になったのは、当時社交界を賑わせたらしい。中年太りし、痩せようとした伯父に「モテすぎるから今のままでいい」と伯母が言ったため、ぽっちゃり体型を維持していると「いい歳していちゃつく親なんか見たくない」とうんざり顔の従兄弟のジョシュアから聞いた。仮面夫婦よりいいじゃないか。


「ジョシュアはおまえが感謝祭で女装でもするんじゃないかって言ってたけど、指定サイズが違うしな」

「感謝祭をなんだと思ってるんですか……」

「ルーイの女装なら女神は喜びそうだけどな」

 僕の背後からひょっこり顔を出したセリナに伯父は驚いた。


「可愛らしい娘さんを捕まえたな。異国人か? 変わった服を着ている。お嬢さん、ちょっと材質を見せてもらっていいかい」


 手を伸ばした伯父の手を叩き落とす。


「不用意に触れないでください。この方はルリアニーナ様が神子として喚び出した女性です。異世界から来たばかりで不安なのです。僕が女神様から後見人に選ばれましたので、この屋敷で面倒を見ます」


 ここは全面的に。女神様の意志だと強調しておくのが吉だ。商会はあっという間にセリナの存在を広めてくれるだろう。


「それは失礼しました。異世界のレディ。私はルーイの伯父、ドンキア・モカリマッセと申します。以後お見知り置きを」


 面白がっていた伯父の態度が変わった。僕の恋人じゃないと知り、商人モードに切り替えたみたいだ。

 侯爵家で彼を軽んずる者はいない。伯母の恋を反対していた前侯爵も伯父の商才、政治的手腕を認めていて今の関係は良好だ。


「それで会長に縋ったのは、明日の王との謁見、明後日の感謝祭、普段着を急遽準備していただきたいからです」


「なるほど、それでジョシュアじゃなく俺指名か。よし! おじさんに任せたまえ!」


 それから伯父の指示のもと、商会の女性従業員三人とうちのメイドたちがセリナを囲んで、きゃあきゃあと衣装合わせを始めた。


「ルーイ、おまえまで楽しそうだな」

 僕の隣で寝そべっていたカピバラさんが僕を見上げる。


「メイドには仕える女性がいなかったですからね。セリナを着飾れるのが嬉しいんでしょう。セリナが華やかになるのは僕も楽しみです。料理人も気合入れています。屋敷に活気があるのは良い事ですよね」


 明日の衣装は決まった。既製品だからすぐに手直しをする。光沢のある白地で、胸元と腰に大振りの同布のリボンをあしらったシュッとしたデザインだ。


「こんなに腕出すドレスって恥ずかしいな」

「えっ、あんなに足をさらけ出しているのに!?」

 思わず口を衝いて出た。セリナを除く女性陣が一斉に僕に非難の目を向ける。


「ルーイよ……。異世界の習慣に対して、物申してはならないって習っただろ」

「すみません。純粋に疑問だったので、つい」


 伯父に咎められて頭を掻く。セリナ自身は「二の腕にちょっと肉が付いてきたと思ってるからよ」とあっけらかんとしていた。


「そんな事ないです!」

「細いから何着ても似合います」

「ポーチも服に合わせなくては!」

「口紅も五色は要りますよね!」

 必要なものはなんでも買えと伝えていたので、メイドたちはセリナを褒め、化粧品も漁る。

「化粧したまま来ちゃったから、化粧落としとケア用品も欲しいわ」


 女の人って大変なんだな。

 

 メインの感謝祭の衣装選びになると、女神様の髪の色である淡いピンク色のフリル付きドレスを薦められて、セリナは難色を示した。

「年甲斐もなく……ちょっとこれは……」


「イベント衣装なんだ。みんなの意見に添った方がいい」

「なるほど、おばちゃん歌手のステージ衣装でも、こんなのあるよね」

 セリナはカピバラさんに言い含められて納得した。


「カピバラさんに首輪が欲しいわ」

「えー、いらねえ」

「カピバラさんも女神様色を纏いましょうよ。きっと可愛いわよ! 中身はともかく見た目は!」


「確かに。伯父さん、二人お揃いでピンククォーツの首輪を明日中に工面できますか」


「当たり前よ! 金の話があるから応接室行くぜ!」


 勝手知ったる親戚の家だ。僕より先に向かい、廊下に居たメイドに飲み物を頼んでいた。


「さっきも言いましたが、セリナの後見人は僕です。これからも伯父さんには色々お世話になると思います」


 伯父は僕の思惑を察して、ニヤリと笑った。


「親戚価格で格安にしとくぜ」

「有難うございます」

「“神子御用達”の店として稼がせてもらうからな。先行投資だ」


 さすがだ。僕の意を完全に汲んでいる。正規購入額が恐ろしい金額になるのは間違いない。僕だって年齢の割には高給取りだ。しかし侯爵家子息としての個人資産がないと到底一括払いは出来ない。今後国庫からセリナに金が支給されるはずだ。それはセリナの資産として彼女に全て渡す。国に指図されたくないからセリナの身の回り品は僕の資産から出すつもりだ。支払いが安いのは助かる。


「助かります」

「最初からそのつもりだったろうに」

 交渉が終わり、セリナの元に戻ろうとしたら止められた。


「行くな」

「どうしてです?」

「俺たちが席を外したのはな、今、下着を選んでもらってんだよ」


 小声で告げた伯父の言葉に赤面した。下着まで気が回らなかった。でも必需品だよな。うっかり想像しそうになり頭を振った。



「神獣様は何を召し上がるのでしょう」


 メイド長が困惑している。

 神獣? ……神獣。異世界から来た喋る生物。確かに神獣と言えるかも……。ちらりとカピバラさんを見る。メイドにブラッシングしてもらっている、気持ち良さそうな顔をした……ダメだ。愛玩動物にしか見えない。

 中身は詰め物なんだから食事は必要ないんじゃないか?

 でも軽くないよな。完全に生物化しているのか?


「人間と同じものでいいぜ」

「あんた草食動物でしょ」

「元は無機物でこっちで有機物になった。俺はカピバラと外見が似てるだけで違う生物だと理解しろ」

「つまり雑食だと。ルーイ、残飯でもいいって」

「……別にいいけどよ」

 セリナ、対応が厳しすぎないか?


「とんでもございません!」

 家令が思いっきり否定する。神獣に残り物を食べさせるなんて、アシュロンの名にかけて許さないよな。


「カピバラさんも一人前で」


 床に小さな絨毯を敷いて、何種類もの料理の皿が並べられた。がつがつと食べる大型獣と異なり、もそもそと食べている姿は可愛らしい。やっぱり僕が召喚したのは癒し動物に間違いない! 使用人たちもほっこりと見つめている。

 セリナだけは引き気味で「野菜をもきゅもきゅ食べる口で肉齧るなんて」と奇異な目で眺めていた。


 食事中、セリナは僕について色々尋ねてきた。


 僕の職業は神官庁に勤める神官だ。

 だけど元々は王立騎士を目指していて、ストロング辺境伯のおじいさまのところで八歳から十一歳までお世話になっていた。子供なので勉強もするが騎士団で稽古をつけてもらったりと、のんびり過ごしていた。平民の子たちと泥だらけになって遊んだ。みんなで小山に立ち入って探検したり、大人と接するだけじゃ得られない知恵も教わる。同年代の子たちと過ごした日々は実に有意義だった。


 そんな日々の中、女神ルリアニーナに祈りを捧げていると、時折女神様が返事をしてくれるのが分かった。そのうち途切れ途切れにしか聞こえなかった女神様の言葉がはっきり聞こえるようになる。会話ができるほどになると女神様はすごく喜んでくれた。


『成長して神力が強くなったのね。若い人間と喋るの久し振り!』


 一部に顕現する生まれつきの素質、神の加護と呼ばれる神力。女神様と意思疎通ができる僕は大きな神力を持つらしい。それを活かすのは自然な事だ。僕は進路を騎士学校から神官見習いへと変更する。十三歳で入学する騎士学校と違って、中央大神殿の神官見習いは僕より幼い子もいた。


 神官と言えばまず<治癒>だ。神力を癒しに変換して病気や怪我の治療をする。患者の病状を軽減回復するのだ。薬剤より遥かに効果がある。使用者の内なる加護の力を使うので治癒料、もとい、お布施がそこそこ高い。一般庶民はなかなか受けられないのが難点である。


 治療に特化する神官は治癒神官である。生憎と僕は神力を治癒に使えなかった。戦士の素質が優っている僕みたいなタイプは身体を強化させ、身体能力を上げる事に特化する。守護神官と呼ばれ、神殿の警護にあたり、信者を守り、巫女や治癒神官が出向する時は護衛もする。まあ、守護神官も治癒神官も普段は女神様に祈りを捧げ、修行をし、一般神官と変わらない。神力はなくても神官になれる。信心さえあれば女神様は受け入れるのだ。


「ちょっと待って。今、新しいワードが聞こえたわ」

 ふんふんと僕の話を聞いていたセリナが遮った。


「巫女って何? 女性の神官とは別?」

 ああ、そうか。僕らの知識前提で喋っていた。

「治癒神官や一般の女性神官を見かけたでしょう? 残念な事に守護神官はいないんです。素質者は普通の女騎士になってしまうんですよね」


 巫女と神官は素地が違う。この世界の裏側に存在するとされている世界から、グリンハーヴェに黒い霧が漏れてくる。こちらの環境に害を及ぼすので<瘴気>と呼ばれる。最悪、水も汚染され植物も枯れる。生物が触れると身体に不調をきたして、放っておけば苦痛のまま衰弱死してしまう。さらに黒霧が広がるとあちらの生物、通称<魔物>が現れる。あちらと同じ環境になるから迷いこむのかもしれない。

 その厄介な<瘴気>を祓う存在が<巫女>で、彼女たちを守るのが僕らだ。


 神力で強化した身体は通常時より瘴気に強い。ある程度の時間耐えられるからこそ、一般騎士と違い巫女の護衛を任されるのだ。巫女の盾である。

 

 魔物は大抵凶暴だ。生き物を見ると襲ってくる。直接的な外傷に加え、霧を取り込んでしまうからすぐ症状は悪化してしまう。

 巫女はただ瘴気の浄化だけなので、襲われた傷を治すのは治癒神官の領分である。ちょっとややこしい。


「神官の神力とは違うわけね」

「清浄するので<浄力>と呼ばれます。若い未婚女性ばかりに発現します。だから聖女を求めるのです」

「ん?」

「言い方が悪いですが、<聖女>は<巫女>の上位互換なんです」


「つまり、聖女はその霧を祓うために召喚されるのね」

「そうです。召喚条件に、“瘴気の影響を受けない体質”があるため、こちらの人間である巫女より優秀というわけです」


「……こちらで頑張っている巫女たちは蔑ろなの?」

「まさか! そもそも<聖女>を召喚するのは非常事態です! 全巫女の総力をもってしても浄化が追いつかない場合の最終手段なんです」


 浄力が発現した女の子は巫女になりたがる。人生の選択肢が広がるのだ。

 二十一歳まで務め上げると恩奨金の他、特例爵位<聖爵>を授けられるからだ。平民であっても貴族と婚姻可能だし、逆に貴族令嬢が<聖爵>を持ったまま、平民に嫁ぐ事も認められる。“国に尽くしてくれたのだから配偶者は好きにしていいよ” と云う国の感謝制度だと思う。


「ふーん、メリットがちゃんとあるのね」

「当然任期中の恋愛は御法度。王都の巫女は全員、神殿の中の男性禁制の巫女所で暮らしています。力を維持するために地方でも厳格です」

「乙女じゃないといけないのね」

「セリナ!」

 そんなはっきりと! 顔が熱くなる僕をセリナは「純情ね」と揶揄う。


「まどろっこしいのよ。恋愛禁止なんて言い方」

「セリナ! アバズレと取られかねません! 女神様の神子としての品位は保ってください」

「はーい」

 釘を刺せば素直に返事はする。


「その辺の線引きが難しいな。処女と言わなかったのは、セリナなりに気を遣ったんだろうに」

 カピバラさんがセリナを庇う。

 そうなのか? でも普通、若い女性がしょ、処女なんて言葉使わないだろ……?


「心配しないで! 場所と立場は弁えるから!」

 

 大丈夫か!? やっぱり僕がしっかり側にいないと!





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