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カピバラさんとやって来た神子  作者: 日和るか
22/22

番外編:結婚が纏まった!

書き加えたい事を番外編で書けたと思います。読んでいただき有難うございました。


“紹介したい人がいるから土曜日に帰る”


 __母にこれだけの文字を打ち込むのに心臓バクバクなんだけど。


 嫁入り前の娘のラインよ。当然察してくれるはず。


“何時くらい? 彼氏お寿司やうなぎ食べられる?”


 __ママン、返信はやっ! 外国人だと伝えてたから食事の心配かあ。


“三時くらいの予定。和食、大丈夫だよ”


 昼食の時間を避けたんだけど。多分夕飯ね。あとで確認しよ。ルーイは泊まるでしょ。……追い返されない限り。やだ、縁起でもない!



 実家行きはこんな流れになったんだけど、一番の問題はカピバラさんを連れての帰省方法よね。カピバラさんが喋らずに鳴いてカピバラのフリしてもさ、新幹線の持ち込みは無理じゃん。デカすぎてペット枠に入らない。


 相談の結果、ぬいぐるみに擬態しておっきいボストンバッグに入れて持ち運ぶ事にした。カピバラさんの運搬は身体強化したルーイの役目である。ぬいぐるみ扱いだから軽々持たないといけないからね。


 私がぬいぐるみのカピバラを電車で持ち帰った時を思えば、全然注目されなくて快適! あの時の羞恥ときたら。……山岸め! 新幹線の中で思い出し怒りが湧いてきた。


「すごいですね。景色が流れている!」


 速さと快適さにルーイは興奮しっぱなしである。ルーイからすれば想像を絶する異世界文化だよね。神力も聖力も瘴気もない世界だ。全く違う発展をしている。


 これ、もしルーイが“異世界訪問記”みたいなのを書いてもさ、実録じゃなくておとぎ話扱いになるよね。“ガリバー旅行記”みたいな感じかなあ。


 新幹線を降りてからはタクシーを利用した。一人の帰省だとバスにするけど、今回はルーイがタクシーを希望したから奮発した。って言っても、金を売ったお金があるから結構懐はあったかいのよ。ルーイはタクシーの、自動的にドアが開く仕組みが気になっていたみたいなのよね。目を輝かせて運転手さんから説明を聞いていたわ。

 ルーイって好奇心や探究心が旺盛で、適応能力があるのよ。

 

 ……召喚しちゃった異世界の女と結婚しようなんて考えるくらいだから、そりゃ順応力高いわよねえ。




「ただいまあ!」


 境内にある実家に、普通な感じで帰宅した。


「おかえりなさい」と、母。

 ……うーん、一家総出かい。弟いらなくない?

 

「狭いけど、どうぞ」

 勝手知ったる我が家だ。ルーイを促す。“狭い”は謙遜じゃないよ! ルーイの家に比べたら。まあ私が住んでいるワンルームよりは断然広いんだけどね。


 ルーイを見て、両親も弟もぽかんとしている。

 そりゃそうよね。グローバルの欠片もない生活をしている娘が連れてきたのが、こんな美形の異国人だもんね。

 

「いらっしゃい」

 我に返った母がにこりと笑う。

 

「お邪魔します」


 ルーイは一礼すると靴を脱いで上がる。脱いだ靴をちゃんと揃えて端に置く。日本的なマナーはバッチリ。


 母が案内したのは和室の応接間ではなくてリビングだった。外国人に畳はきついだろうとの判断のようだ。有難い。畳や座布団のマナーを動画で勉強したルーイは正座にも挑戦したんだけれど、すぐに足が痺れた。そこをうっかりカピバラさんに踏まれて、大変な思いをしてから苦手意識があるんだよね。




「ふむ。日本にはこんな部屋が。畳の縁は踏んではいけないんですね」

 和室の作法も勉強していた。


 なんでも分かる、素晴らしい!ってタブレットやスマホを絶賛しているよ。ルーイは各国のお城や宗教施設、歴史建造物を見るのもお気に入りだ。

 ルーイはカピバラ先生にルールを教わって、サッカー観戦も楽しむようになった。今は野球を教えてもらっているらしい。ってかカピバラさん、物知りすぎない? 野球のルール、難しいと思うよ。まず棒で球を打つ競技なんて理解の範疇外だったしね。……おっと、話が逸れた。


「セリナの家の神社に参拝時のタブーはありますか」


 実家に行くにあたり、ルーイはそう聞いてきた。

 鳥居の(くぐ)方、手水の所作、二礼二拍手一礼をマスター済みのルーイに望む事はない。ウチに特殊な作法もない。神様に敬意を払っていればオーケイだと伝えたんだけどな。それより。


「ルーイはルリアニーナ様の神官なんだから、無理に龍神様を崇めなくていいんじゃないかな」

 聖職者が他神を参拝するのは、宗教的に問題あるんじゃないの?

 ウチのイケメン龍神様(ルリアニーナ様談)は、デート感覚でやってくる女神様を拒絶しないんだから、きっと懐が深いはずよ。ルーイが女神の信徒だと知っているなら大目に見てくださるって。


五色輝(ごしきあかり)様のご協力のおかげで、こうしてセリナと離れ離れにならずに往来ができるんですよ。最大限の敬意を払うのは当然でしょう。セリナは五色輝様の巫女なのですから、もっと龍神様を敬ってください」


 何故か説教された。解せぬ。そりゃあルーイとの縁を繋いでくださったのはものすごく感謝してるよ。でも本殿に飾られている龍神様の板絵を見てみ? 満月を背にどえらい迫力で厳つい顔してて怖いんだから! ルリアニーナ様によれば五色輝様は銀龍で、もっと涼しげな目元で優しい面差しらしいけど。


 じゃああの絵は想像図ってことよね、描かれているのは白龍だし。でも絵師の力量が凄い。とても威厳があるお姿なのだ。あの絵を信じていた子供の頃から龍神様は畏怖の対象よ。私の信心が浅いなんて思わないでいただきたい。……いえ、龍神祝詞も覚えていない、儀式の時だけそれらしく振る舞う似非巫女です。すみません。


「いい印象を持たれたいんです。ご家族にも、龍神様にも」


 それは分かる! 完全アウェイだもの。恋人の実家なんて敵陣みたいなものよね。


 私がルーイのご家族に“結婚したい女性”だと紹介された時はガチガチに緊張したもの。だけど“女神ルリアニーナ様の神子”のアドバンテージは凄くて、カピバラさんの愛嬌もあって、帰還する異世界人なのに歓迎された。元々あちらでは召喚された者が現地人と結婚するのは普通だから抵抗がないのは分かるけど、当時はまだ異間往来が確立していなかったのに、とても有り難く嬉しかった。ご両親はルーイの熱意に飲まれたのだと思う。



「初めまして。ルーイ・ラム・アシュロンと申します。セリナ嬢とお付き合いさせていただいております。どうかセリナ嬢と結婚させてください」

 手土産を渡すとルーイは早速躊躇なく切り出した。さすが王族相手にも物怖じしない人は違うわ。


 あ、〈娘さんをください〉じゃないんだ。……セリナ嬢とか、異世界仕様なんですが。


 ルーイが頭を下げるから、隣の私も倣う。お願い! 反対しないで! って念を送っておこう。


「……私の出自を説明するのは非常に難しいのですが……」

 ここからが正念場。ルーイの緊張が伝わってくる。


 しかし、ここで父が先制した。


「……把握しております。オレーリア王国の侯爵家の方ですよね」


 どうしてそんな情報を!?

 私とルーイが絶句したのは無理ないと思う。


「それがね……一昨日、龍神様が夢に現れてあなたが連れてくる男性の話をして、信じられないだろうけど結婚を認めるようにって言われたのよ」


 母の話に父も頷き、「あまりにもリアルな夢でな。朝起きて母さんに話そうとしたら和樹が起きてきて〈神託だ、神託!〉と騒いだんだ。不思議に思って話し合えば、三人が同じ夢を見たと分かった」と続ける。


「龍神様は銀色だとお姿まで一致したから、これは本当に龍神様のお告げだと考えたのよ」


「昨日の夜には外国人みたいな女神様が現れてさ、〈私の神官です。信用できる青年なのでどうか結婚を認めてください〉って言ってさ。すんごい綺麗な神様だったなー。これも三人で同じ夢を見たんだよ。もうガチで神託だろ」


 綺麗な女神様を思い出してかニヤけている弟。両親の他に和樹がいたわけが分かった。龍神様と女神様に根回しされている証言者なのだ。

 私はまだ女神様をぼんやりとしか見てないし、“龍神様の巫女”らしいのに龍神様に会った事がない。家族がなんか羨ましいぞ!


 あとはとんとん拍子だった。凄いな、神パワー。


 やっとボストンバッグから出してもらえたカピバラさんのおかげもある。だってカピバラがイケオジ声で喋るんだよ!? 会話ができるんだよ!?


「俺はセリナの守護獣だ。あちらで娘を守ってやるから安心しろ」


 上から目線で外見カピバラに言われる人生があるとは思わないよね。これほどのアンビリーバボー!な証拠ある? ただし、カピバラさんには私を護る力なんてないけどね! まあ唯一の日本仲間だ。色々精神面の助けにはなってくれると思う。


 私の部屋に魔法陣を設置するルーイを両親が訝し気に見守る。和樹なんてものすごく目を輝かせていた。だって魔法陣だもの。そりゃ黒歴史の厨二病も再発しちゃうわ。


 こちらで神前式。あちらで神殿式。二回の結婚式が決まった。あちらからはルーイのご両親だけ参列していただく事になる。こっちからは両親と弟が行く。

 こっちではルーイの身分がないから、国際結婚して海外移住に見せかけた事実婚扱いになるけど、そんな事全く問題ない。大好きな人と一緒になれるのが幸せ。さっさと有給消化して退社してオレーリアに行かなければ。



「げっ! ルーイさん、俺とタメなんか!? ……姉ちゃん、それ犯罪じゃね? 未成年なんとか条例みたいなのに違反してなかったか?」


「う、うるさいな。愛に歳の差はないのよ! それに健全な交際をしているんですう」


「うわっ、そんな情報いらねえし」


 異世界人には驚かないのに年齢にそこまで引くってどうよ。両親も若干顔が引き攣っていた。神様から年齢は聞いてなかったんだな。私が少年を誑かしたみたいな目で見るのはやめていただきたい!


 

 無事に話が纏まってルーイもお泊まり。あ、当然彼は客間だよ!

 興奮してなかなか寝付けなかったけど、うつらうつらしていたら夢に龍神様が現れた。


『今代の巫女聖理奈よ。幸せになるのだぞ』


 銀に輝く龍から人の姿になった神様。銀髪が虹色に輝いていた。


『五色輝様ですね』


『ああ、我の加護あれ』


 白い光に包まれた。多幸感に溢れ、夢の中なのになんだか涙が出てきた。





 神社の裏手の龍神の住まう聖なる池。そのほとりで深夜カピバラはひとり佇む。

 そこに現れたのは銀龍。カピバラは深く頭を下げた。


「悪かったな、龍神様。あなたの巫女を異世界に連れ去るみたいになってしまって」


『それこそ突発的な事故であって、そなたのせいではない。神の知をも超えた出会いならば、ヒトの世で“運命”と呼ばれる大きな力が作用したのかも知れぬ』


「そう言っていただくと気が楽だ」


『そなたは聖理奈の子孫を見守る立場になる。女神の神子の守護獣への信仰は、やがてそなたの存在を神獣へと変えるだろう』


「蛟から神に昇格か。くすぐったいねえ」


『おい! しばらく見ない内に随分妙ちきりんな姿になっちまったな!』


 いつの間にか龍神の側に白い大蛇が現れた。かつて住んでいた貴船神社の主である。カピバラは驚いて叫ぶ。


「白いの! 生きていたのか!」


『住処を天に変えたんだよ。そうそう簡単に消えてたまるか』


「あの神社を見捨てたのか? 最近はタチの悪い連中が境内で騒いで居心地が悪かったんだろうけど」


『ああ、でも(やしろ)(から)になったら障りが出てきたようで、悪い気が溜まり始めたからなー、たまに降りて掃除する事にした』


「そうか。元気な姿を見られて良かった」


『友人のただの蛟が異世界に行くなんて奇天烈な話をこいつから聞いてな。挨拶に寄ったのさ。おまえも新天地で頑張れよ』


「ああ、有り難う」


 龍神と大蛇が天に昇っても、カピバラはずっと夜空を見上げていたのだった。



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