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カピバラさんとやって来た神子  作者: 日和るか
21/22

番外編:龍神様と女神様

龍神視点


『では、どうかよろしくお願いします! 五色輝(ごしきあかり)様!』

『ああ、了承した』



 笑顔で消えていった、愛の女神ルリアニーナと名乗る美しい神にも随分慣れた。




 初対面で龍神の我に妙に馴れ馴れしい異国の女神だと思ったが、事実はそんな単純なものではなく驚愕した。


 まさか地球ではない別次元の世界の女神とは想像を絶する。互いに干渉し合えないものではないのか? 疑って追求したのは仕方あるまい。


『頑張って探し当てたんですー。いやー、時間かかりましたよ!』


 なんだか力が抜ける。彼女に悪意が無いのは分かった。威厳のないのは素らしい。


『銀に輝く大きなお姿も素敵ですが、人型にはなれないのですか?』


 女神に威圧感を与えてしまったのかもしれない。黙って人の姿をとってやれば、女神は大きく目を見開いた。


『はうっ、龍姿も神秘的でかっこいいけど! 虹色を封じ込めた長い真っ直ぐな銀髪に湖の瞳、想像以上の美形! こっちの世界では神は変化(へんげ)も可能だと知ってたけど! テンション上がるわぁ』


 なんだか俗物的な言葉を発したようだがそれは無視する。


『何用だ』

 頭ひとつ背の低い女神を見下ろす。きつい視線だったと思う。


『それが……』

 表情を引き締めたルリアニーナが事情を話した。


『……召喚の儀式の事故で聖理奈を巻き込んでしまっただと? 我が与えた加護を辿って我の存在を探していて、とうとうここを見つけたと言うのか』


 詰問口調の我に対して、女神は真剣な顔で何度もこくこくと頷いた。


 奇想天外な話だが、彼女が繋いで見せた異世界の映像では、聖理奈が獣や変わった服装の人々と過ごしていた。地球の獣と女性を召喚した整合性を図るために、“女神の神子と守護獣”に擬態しているそうだ。聖理奈を元の世界に帰すために尽力していて、そしてやっと我を通じてそれが可能となったらしい。


 長嶺家に与えている加護は滅多な不幸を呼ばない。元々過干渉は神の流儀に反するし、いつも彼らを見守っているわけでもない。だから我は聖理奈の存在が世界から消えているなんて気が付いていなかった。神社の守護神として実に不甲斐なく申し訳ない。


『大丈夫ですよー。出来るだけ元居た時間軸に合わせますから。せいぜい一日くらいの失踪で終わらせますぅ』


 能天気そうな女神だが、召喚魔法陣なんて代物を作る実力者だ。あちらは神と人との関係が親密なようだ。

 女神は何度もやってきては緻密な計算していた。この世の(ことわり)の外なので我は黙って彼女の作業を見ているしかなかった。お喋りな彼女と共にいるのはそう苦でもない。


 我の神気とルリアニーナの神気を繋げる事で次元の道を開き、我の巫女は無事帰還を果たしたものの、どうやら異世界人に恋をしてしまったようで随分気落ちをしていた。


『愛の女神ルリアニーナは恋人たちの味方です! 彼らの往来を可能にしましたよ!』


 異世界の神はぶっ飛んでいる。そんな事が可能なのか? いや、召喚ができるのだから理論上は可能なのだろうが、(ことわり)を捻じ曲げすぎて次元が歪になるのではないか? いくら地球に似た環境の世界とは言え。


『あなたの巫女の相手は私の信徒です。確認してください。セリナに相応しい男だと私が保証します!』


 騒がしい女神は自信満々だった。確かにまだ少年だが、誠実で聖理奈を慈しみ大事にする様子は好感が持てた。




 __我の巫女、か。


 聖理奈は私に“五色輝(ごしきあかり)”と名付けた多恵に似ている。日照りが続いたこの地に雨を降らす為に、満月夜に神社の池で禊ぎをし、龍神おろしを行なった明るくて心優しい少女。聖理奈の何代前の先祖になるのかは分からない。


 滅多に地上に降り立つ事はないのだが、あまりにも真摯で放っておけなかった。


 池に降臨してやれば巫女が身を縮こまらせたので、怯えさせるのも気の毒だと思い人型に変化(へんげ)してやると、彼女は目を見張った。


「……龍神様ですか?」


『いかにも。巫女の願いに応えようぞ』


「ありがとうございます! 五色輝様!」


『我はそのような名ではない』


「あっ! 申し訳ございません! 五色に輝くお姿がとても美しくてつい! お名前が長すぎて難しいから覚えていないとかでは決してなく!」


 ……覚えていないな。神の名を。なんたる巫女だ。しかし五色に輝いて見えるなどと、気にも留めていなかった。銀龍が人型で神気を纏うとそうなるのだな。


『良い。長い名は我も名乗りにくい。今後は“五色輝”と呼ぶ事を許そう』


 無礼だと考えて萎縮していたらしい多恵が、ほっとして無邪気に笑った顔を覚えている。見事雨乞いを成功させた多恵は、龍神の加護持ちとして尊敬されていった。

 神聖な巫女と崇められたが、実際は少々活発な普通の娘だった。我が顕現するほど意識が繋がったせいで、多恵の言葉がよく聞こえてくるようになった。

 

それは祝詞以外にも「龍神様、お供えのお饅頭いただきますね」やら「川での水垢離が辛い。冬の間はやめたいです」など報告やら愚痴やら。そもそも修行や禊など我が課したものではない。ヒトが神と接触したいが為にそうした方法を編み出しただけの話である。


『辛ければやめればいい』

 気が向けば返事をしてやった。

「それはちょっと。……人間界には形式というものがあるもので」

 なかなか難儀なものだ。多恵に負担を強いたいわけではないのに。


 彼女以降である。我が意識して長嶺家に加護を与え始めたのは。決して世界から浮く事のない程度のささやかなものだが、安寧を付与するくらいはいいだろう。そして、人の裏切りや悪意で傷つかないようにと願う。





 異界の女神は我が加護を持つ長嶺聖理奈と、彼女の神官ルーイ・ラム・アシュロンとの異世界婚を目指していた。青年の揺るがない意思らしい。

 ふむ、聖理奈の相手として青年自身に文句はないのだが、異類婚になるであろうそれに簡単に同意は出来ぬ。異類婚姻譚は別離で終わる悲劇なものが多い。異種間では理解し合えぬ問題が起こる可能性が高いからではないか。


『そんな五色輝様に愛の女神がプレゼンしまーす!』


 物々しい神のはずなのに、彼女はどうも軽さが否めない。

 彼女曰く、『常に最先端の情報を得ているからですよ』と意味不明な上、なぜか自慢気であった。


『まず、こちらの地球と我がグリンハーヴェは驚くほど環境が似ていて、召喚先の条件を指定した私の精密さは素晴らしいです!』


 自画自賛を挟まないと話が出来ないのだろうか……。


『なんでしたら、両星の自転公転、大気、気候、その他諸々についての比較文書を作成しますが』


『要らん。そのような物を見せられたところで、捏造されていても分からないではないか』


『信用してください! 神に誓って騙すなど……』と言いかけて『あれ? 私が神だわ』と困惑していた。実にすっとぼけている。

 それから正解を導き出したらしく『父なる神の名に懸けて!』と胸を張って誓った。その宣誓にどれほどの価値があるのか分からない。反論も面倒になってきたので、もう黙した。

 そもそも彼女が異世界の神を(たばか)る理由もない。善良な女神であるのは我にも伝わっている。


『遺伝子的にも近い人種で、子を成す事も可能です。両星の物理的な距離、次元の差は不明ですが、極めて近似な存在であります。魔法陣があればセリナはこちらと決別せずに嫁げるのです』

 どうだ、いい話だろ!?と言わんばかりの笑顔だった。


『召喚に失敗してどこか別次元の狭間に落ちたり、四肢が千切れたりする危険があるだろう?』

 

『えー? えぐい事おっしゃいますねぇ』


『物量を持ったヒトの身で異空間移動をするなら、当然考えられる事象だ』


『うーん……、そこはこちらを信頼してくださいとしか。座標確保は貴方と私の存在を基準にするので、その危険は有り得ませんし』

 

 その理屈は解らないが、女神が一生懸命なのは認めているのでそれ以上の苦言はやめた。我も意地の悪い対応ばかりしたいわけではないのだ。


『結局ですねー、こちらで言う国際結婚より帰省は簡単ですし、事故の確率は飛行機なんかより余程低いんですよ?』


 ねっねっ、と可愛らし気に小首を傾げる仕草はどうにかならないものか。脆弱な下級精霊のように見えてしまう。しかしこれも恐らく住む世界の差なのだろうから指摘はしない。


 それからも色々と女神は熱弁を繰り広げ、最後は我が根負けした。

 

 聖理奈が奇妙な生物や青年と過ごしている姿は幸せそうで、彼らを引き裂くのは非道に思えたのだ。青年と共に居る奇妙な生物をよく観察すると、正体はこちらの世界の妖怪だった。


 こちらでは生きていけない喋る獣。大騒動になってしまう。この神社内なら里帰りもさせてやれそうだ。__眷属と呼べる奴かもしれない。少々情けをかけてやってもいいだろう。



 女神の寵児はこちらにやって来て、聖理奈の家族からちゃんと結婚の許可を貰いたいらしい。しかし地球では身分すらない青年だ。“どこの馬の骨とも知れない”と反対するのが両親の正しい反応である。


『ルーイのプロポーズに、駆け落ちを提案するくらいセリナが混乱しているんです! どう親を説得していいか! お願いです! 力を貸してください!』


 低身低頭で我に懇願する女神を突き放す気はない。異界の愛の女神は個人の為にこうまで必死になれるのだと感心する。二人の縁を結ぶ事にもう迷いはない。認めよう。我も青年に絆されたのだ。



『ルリアニーナよ。案ずるな。我がどうにかしよう』

 

 きっちりと約束してやれば、女神は心底嬉しそうに笑った。



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