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カピバラさんとやって来た神子  作者: 日和るか
2/19

僕が保護します!

ルーイ視点 本日2話目

 そう、僕はとても疲れていたんだ。


 それでも女神様に『私のお祭りのために尽力してくれて有難う』と労われたら、連日の睡眠不足も報われた。


『ルーイ、私の魔法陣を作っていたわよね。あれ、今までの神官の中でも完璧に近いわ。神力の込め方も不足ない。せっかくだから召喚しましょうよ。貴方の望むものを呼び出せると思う』


 女神様に褒められて、その気になってしまった。常の精神状態であれば会心の出来の魔法陣は本部に納めて、有事の折に使ってもらう判断をしたはずである。

 でも本部に反発心が芽生えていたため、仕事でもないのに渡すのは非常に腹立たしくて、女神様の提案に乗ってしまったのだ。


 温かい生き物を抱きしめて頭をぐりぐり押し付けたい。その願望に抗えなかった。


 魔法陣は問題なく発動した。真っ白に輝く光が消えた時、僕は目の前の情景に愕然とした。


 ……え? 

 小動物ではなく、どう見ても人型の女性らしき生物が僕に背中を向けて座り込んでいる。キョロキョロと上下左右を見回している人物を驚かせないよう、精一杯穏やかな声を心掛けて呼び掛けた。


 召喚したのは少女に見えた。混乱した僕は頭を抱えるしかなかった。

 よくよく会話をすれば、チキュウのニホンという国から来たらしい。

 記憶にない地名だ。過去の記録を確認しないと断言はできないが、我が国で聖女や救世主として召喚された事はないと思う。スカートが短すぎるものの、身なりはきちんとしており、虐げられている様子もない。


 セリナと名乗った女性は僕より年上だった。

 緩やかに巻かれた肩口までの黒髪。ぱっちりした黒い瞳。清潔感漂う可憐な女性だ。帰してもらえると分かったからか、落ち着いている。


 技術省が女神直伝の召喚魔法陣<ルリアニーナの恩恵>を元に開発した<聖女召喚>は、ピンポイントの召喚魔法陣だ。<聖女>の素質があり、元の世界で死を覚悟した天涯孤独の未練のない者を呼び込む。帰す術がないからだ。


 今回僕は図らずも勝手に人間を召喚してしまった。でも法律が個人で召喚できるほど力のある者を想定していない。法外の事態だ。僕に罰は与えられないだろう。


『私の命令で召喚した事にすればいいわ。幸いセリナは私の声が聞こえる。私の意向に添う神子が欲しかったって理由にしましょ』


「カピバラ様の存在はどうしましょう」

「ルーイだっけか? 堅苦しいのはいい。気軽に“カピバラさん”と呼んでくれ」

「なんでおっさん声なのよ。イケボなのが更にムカつく。その間抜け顔なら可愛いショタ声にしなさいよ」


「知らねえよ。カピバラってぼさっと見えて実は足速えし、泳ぎも達者なんだぜ」

「愛玩動物にいらない要素かな!」

「うるせえな。そんなんじゃ男が寄り付かねえからな」

「余計なお世話よ! 腹立つな、この齧歯類!」

「撫で回しながら悪態つくのやめろ。言っとくが実物の毛は硬いんだぞ」

「この作り物の毛触りだけは評価する!」


 セリナは育ちは良さそうなのに若干口は悪い。“いけぼ”とか“しょた”ってなんだろう。僕はぼんやりと彼らの軽口の応酬を眺めていた。


『神子が従える守護獣にしましょうか。箔がつくわ』


 女神様は二人の会話なんて意に介さない。その図太い神経は見習いたい。これは褒め言葉だ。僕は女神ルリアニーナを敬愛している。


「じゃあその設定で」

 セリナが同意した。あとは僕の仕事だ。突如現れた彼女の身元引き受け人になるには、大神殿長様と話をしないといけない。




「それでは、女神様がルーイを通じて召喚された、聖なる神子様なのですね」

 大神殿長様は大興奮だ。女神の魔法陣で初めて人間が喚ばれたのだ。

「そ、期間限定だけどしばらくお世話になるわね。感謝祭では女神の言葉を代弁するわ」


 神の言葉を伝える仲介者。大々的にセリナとカピバラさんを認知させた方が良いと僕達は判断した。セリナはともかく、異世界の生物で喋るカピバラさんは、どうしたって隠しきれない。

 

『それで、神子と守護獣の後見人はルーイにするわ。これは決定よ』


「しかし女神様、ルーイはまだ成人したてで」

 案の定、大神殿長様は反論する。本来なら神殿での保護が妥当なのだ。


「ルーイ、おまえも荷が重いだろう?」

 断れと目で訴えてくる。そうはいくか。

 

「僕の描いた魔法陣で、僕の神力を介して召喚したんですよ? 僕以上の適任者がいますか?」

 淡々と事実を述べる。

「神子の安全面を考えるとだな」

 更に言い募る大神殿長様の言葉を遮る。


「僕が護衛するなら問題ないでしょう。なんなら僕の実家と親戚にも後ろ盾になってもらいます」

 

 僕はアシュロン侯爵家の三男だ。更に親戚には圧倒的な軍事力を誇るストロング辺境伯総督や、流通を牛耳るモカリマッセ商会とかがある。実家の力を示唆するのに躊躇はない。出世絡み以外なら使えるものは何でも使う。


 僕の結構えぐい親戚筋を思い出したらしい大神殿長様は、青い顔で僕をやっと認めた。


「それでは今日から僕も家に帰ります。準備があるので応接室で待って」

 いてくださいと、セリナに言おうとして不安になった。目を離したくない。

 結局、僕は神官寮の自室にセリナとカピバラさんを連れてきた。珍しそうに室内を見回している彼らのそばで書類とか趣味物を纏める。服は自宅にもあるからいらない。


「狭くて驚きましたか? 独身寮だから一部屋しかないんです。食堂があるし、風呂とトイレは共同なので」

「え!?」

 尋ねればセリナは首を振った。

「十二畳はあるでしょ! この馬鹿でかい机と大きめのベッドが置けるだけ十分広いわ!」

 セリナが言うサイズの単位は分からない。ベッドも机も本棚もチェストも神殿の備品だ。<守護神官隊長>の私室で、こだわりのない僕は模様替えもせずそのまま使っているだけだ。


 神官庁の職員に案内された時は「侯爵家の御子息には不釣り合いですが、ここが守護神官隊長の私室です。ご自宅から通うのでしょうから名目だけになりますね」と、嫌味ではなく、僕の機嫌を損なわないためか早口で述べられた。


「見習い神官時は小さな机と簡易ベッドだけでしたから、充分豪華です」と答えると職員は目を丸くした。僕の経歴を見てない役員だったな。コネじゃなくちゃんと下積みから修行しているとは思わなかったんだろう。僕は叩き上げだ。


 私室の机は執務室の物より大きい。セリナを召喚した<ルリアニーナの恩恵>もここで描いた。セリナに伝える意味もないから言わないけど。


「安心してください。僕の家の客間はちゃんと浴室とトイレもついています」

 セリナが僕の家に不安を持つ前に説明する。


「え? ルーイの家ってお金持ち?」

「一応貴族ですから」

「ああ、貴族制度なんだ。神王国って言ってたよね。君主制か」

「はい、建国以来王制です。セリナのところはどうなんですか」

「立憲君主制になるかな。議会制民主主義で、選挙があって首相がいるの」

「? 共和制ではなく?」

「うん……? また詳しく説明するわ。他の国の話も聞きたいんでしょ?」


 僕が好奇心旺盛と感じたのかセリナはそう言った。人並みに知的好奇心はあるけど、僕はセリナ自身にも関心がある。

 

 服の生地はよく分からないけど色彩鮮やかだ。細かい装飾も凝っている。貧しい生活を強いられていないのは見て取れた。手も肉体労働者のものじゃない。爪や髪も手入れが行き届いており艶やかだ。


 三十年くらい前に召喚された<聖女>は召喚時、汚らしいボロを着て痩せ細っていたと大神殿長様から聞いた。数年前にお会いしたけど、孫もいて幸せそうだった。召喚されなければ、虐待の末死んでいたはずと聖女様は笑っていた。不幸な乙女を救う大義名分があるから<聖女召喚陣>は認められている。


 <救世主召喚陣>も然りだ。強大なドラゴン群に蹂躙され疲弊した隣国が、一騎当千の猛者を求め依頼してきたのが始まりらしい。簡単だ。<聖女>の部分を<強者>に書き換えるだけ。直近の召喚記録は百十年前だ。召喚者は奴隷で暴行死寸前だったらしい。大柄で薄緑色の肌の人種と記されている。のちに冒険者となって世界に名を馳せ、他国の女性冒険者と一緒になり、女性の母国に子孫がいる。


 セリナは富裕層でもなく庶民で、普通に働いて給金をもらって一人で暮らしていると言う。身寄りがないのかと思ったが、職場が家から遠いので別の場所に住み、それは別に珍しい事ではないそうだ。この国の働く未婚女性は、たいてい住み込みか指定の女子寮に入る。セリナが職場の意向関係なく、気に入った場所に住んでいるなんて信じられない。でも彼女は治安がいい国だから大丈夫と笑う。


「召喚された日だってお店で友達と飲んでて、公共の乗り物でカピバラさん抱いて一人で帰ったんだから」

 ものすごく危険な行為に思うけど、何故かセリナは「羞恥心に勝ったの」と自慢気である。羞恥心って戦うものだっけ。

「えっらく視線集めてたよな」

 カピバラさんも何でもない事のようにセリナに続いた。治安がいいのは事実らしい。


「セリナ、ここは貴女の国とは文化も安全性も異なります。常識の違いにも戸惑うでしょう。だから僕の指示に従ってほしい」


「分かりました!」


 大きな返事は淑女っぽくないけど素直で気持ちいい。しかし警戒心の薄い表情を見るに、あまり理解していない気がする。


「カピバラさん、あなた守護獣の立場となってますが、実際彼女を守れるんでしょうか」

「さっきまでぬいぐるみだったんだぜ! 自分だけで精一杯だ!」


 僕がしっかりしないといけないな! 両方護る。


「ルーイの家って大きいんでしょ」

「自領のはそれなりですが、王都所有の中のセカンドハウスを与えられているだけなので大した事ないです」

 そんな会話をしつつ、侯爵家の馬車に乗り込む。ゆったりとした四人用を寄越してもらった。

 俊足を主張していたカピバラさんは馬と並走する気はないらしく、対面で座る僕とセリナの間の床に寝そべっていた。


 僕は最近の多忙で神殿で寝泊まりしていたから久しぶりの帰宅だった。


「やっと帰って来られると思ったら、客人を預かるとは」

 家令が苦情を申し立てる。

「馬車の手配時に連絡しただろう?」


「聖女様と神獣だなんて思いもしませんよ!」

 詳細を省いた僕の落ち度か? でもいきなり異世界人を連れ帰るなんて伝えたら驚くと思ったんだよ。

「聖女じゃない。守護獣ごと召喚された女神様の神子だ」

 訂正する。どうして若い女性の異世界人は<聖女>と思い込むかな。


「対応の指示をお願いします!」

「普通の貴族令嬢並みのもてなしでいいと思う」

 セリナは適応力が高い。不当な扱いでない限り文句なさそうだ。


 

 セリナは客室に案内されると歓声を上げた。

「素敵! 中世ヨーロッパ風ね!」

 気に入ってもらえて一安心。メイドが立派な大きなクッションを抱えて部屋に入る。一緒に住むカピバラさんのベッドだ。


「すごい! 水豚には勿体無い寝床だわ!」

「ミズブタ言うな! ちゃんと読め!」

 なんだかんだと気が合ってるなあ。


「セリナ、あなたに侍女をつけます」

「ジャスミンです。よろしくお願いします」

「うわっ! 私ってお嬢様扱いじゃん」

 一介のお嬢様よりランクの高い神子様なんだけど。楽しそうだからなんでもいいか。

 

「セリナ、どうしても王に御目通りは避けられません。謁見の衣装の準備はしないといけません」


 嫌だな。王家が一家揃って珍しい神子と守護獣に会うのは確実だ。特に女性に手の早い第二王子とか、第二王子とか、第二王子とか、絶対絡んでくる。セリナが危険すぎる。髪の毛一本たりとも触らせやしないけどね。





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