これぞ大団円
最終話です。強引なハッピーエンドです。お付き合いいただき、ありがとうございました。
王城、各部署、知り合った方々にさよならを告げたのに、みんな「また来てね」な反応だった。<純愛の魔法陣>開発プロジェクトは王家や関係者は知っていたものの、召喚者が往来するなんてみんな信じないと思った。ルーイが一緒に挨拶について来て「もう保護者ではありません。恋人です」と行く先々で触れ回り「必ずまた喚びます」と各所で断言したのが原因だけど面映い。
元の世界の服を再び纏う。
「じゃあ帰すわね」
女神は無情なくらいあっさりしている。
ルーイは約束を違えない。絶対また会える。確信しているもの!と自分に言い聞かせる。
それでも離れたくない気持ちでルーイに縋り付く。最後ギリギリまで抱きしめてくれていた彼の背中に、腕を回して精一杯抱き返した。
「ルーイ……、カピバラさん……、またね」
「セリナ! 必ず!!」
「おう、再会を楽しみにしとけよ」
そして。
かつてルーイの目の前に現れた時と同じ光に包まれた。
私が自室に戻ったのは、カピバラさんを連れ帰った翌日の日曜日の昼だった。タイムラグはほとんど無いとの女神の言葉通りである。明日から仕事だ。
ルーイと恋人同士になった数日後に女神に帰してもらった。切ない。感傷に浸る私と裏腹に女神は、声だけでも浮かれた雰囲気だった。
『あなたの龍神様って神々しくて人型ももっっのすごい男前なのよね。異世界交流が楽しいわあ。またねセリナ』
なんと帰してくれる直前に理由が分かった。イケメン神と知り合ってご機嫌だったのか! 羨ましい。私は龍神様のお姿を見た事ないのに! ……イケメンなのか。
日本での日常は流れていく。気がつけば数ヶ月経っていた。
帰還後しばらくすると、あの経験は壮大な夢だったんじゃないかと思うようになってしまった。
でもカピバラさんは確かに居たんだ。山岸の「あのぬいぐるみどうなった?」のラインに「異世界で神になった」と返した。「何だそれw お焚き上げ完了?」草生やすな。事実だよ。
そして女神祭のためにルーイが買ってくれたピンククォーツのネックレスが手元にある。お守りとして会社にも着けて行っている。
証拠があるから……ルーイを待っていられる。
……早く会いたいよ。
『…………ナ、セリナ、聞こえる?』
グリンハーヴェから戻って幾つめの金曜の夜だろう。家でぼんやり過ごしていた。
突然、頭の中に懐かしい女性の声が響く。
「ルリアニーナ様!?」
思わず叫んだ。
『今からルーイとカピバラさん送るけど、周りに人居ない?』
「大丈夫です!」
『りょ〜』
何? その気の抜けた返事は! 元々軽ノリだったけどカピバラさんの影響!? 女神の威厳はどっかで昼寝してるの?
脳内でツッコむ私は間違っていない。心の準備も不完全なまま、見覚えのある眩い白光に思わず目を閉じた。
「帰ってきたぜ!」
「セリナ!!」
イケボのおっさん声に被さる若い男性の声。待ち望んでいた人に名を呼ばれた。
私を抱きしめる力強い腕。足に擦り寄る温かい毛の感触。
「ルーイ! カピバラさん! 会いたかった!!」
「久し振り。元気そうだな」
「元気じゃないよ! いつ会えるのか不安で仕方なかった!」
「僕もです。会いたかった。あなたの龍神様の協力で魔法陣は完成したけど、微調整に時間がかかりました」
『時間の流れの擦り合わせが大変だったの。グリンハーヴェと地球の時間の流れがほぼ同じになるようにしたのよ。行き来しても齟齬がないようにね』
「ま、神の仕事だわな」
『もっと崇めていいのよ!』
「はいはい」
カピバラさん、女神の扱いが雑になってるぅ。
「ところで」
わざとらしくルーイが咳払いをした。
「すぐにでもセリナと結婚したいのですが、カピバラさんに止められました」
親密に暮らしていたとは言え、交際期間ほぼないよね。それにルーイってまだ十六歳じゃん。
「……私、青少年保護条例とかに引っ掛からないかしら」
こっちの世界にはこっちのルールがある。ちょっと本気で心配だ。するとカピバラさんがマジレスしてくれた。
「真剣な交際をしている分には関係ねえよ」
『ルーイは成人済みよ。オレーリア基準だとなんら問題はないわ』
「せめて婚約しておきたい。でも時期尚早だと二人とも反対するんです。ご両親に挨拶したいのに今回は駄目だって」
しょんぼり顔のルーイに内心悶えまくる。
「ルーイと普通の恋人として、こっちで過ごしてみたかったの……」
「こちらでのデートですか。それはぜひしてみたい! 七日間世話になります。その間にセリナ周辺の安全についても調べますよ」
「俺は外に出られねえからな。守護獣らしく自宅警備しとくぜ」
相変わらずルーイは保護者っぽい。でも一週間も一緒にいられるなんて最高! 有休取らないとだわ!
「この家で魔法陣を転写する場所、どこかに無いですか? 固定はしますが消そうと思えば消せるので心配ないですよ」
1Kの狭い部屋だよ。うーん……ルーイ、室内を興味津々で見ないで。お貴族様の邸宅とは雲泥の差なんだからね。
「……機動性を重視しているんでしょうか」
最大の決め手は立地条件と家賃なの! 言葉を選んで感想を言うあたり品があるわね。しがない社会人なんてこんなもんよ。
仕方ない。ベッドの前にしてもらおう。物を置かないから多分安全だわ。え? ちゃんと物体を避けて転移するって? 物質同士の衝突で起きる分子爆発は起きないのね(うろ覚えのS F知識)良かった。
複雑な魔法陣を何種類か重ねがけしてルーイは「これで良し!」と満足げに断言した。
「これって悪用されたら大変じゃない?」
「両世界の神の神力と僕の全神力を使って、初めて発動するんですよ。他に使える者なんていません」
ルーイはにっこり笑って私の心配を払拭した。
「一日一回が限度で、一度に二、三人しか連れて行けません。あと、セリナの実家にも魔法陣置きたいから、早く招待してくださいね」
身内専用ってか。ルーイの中で結婚は確定みたい。私もいずれはと思うけど、せめてルーイが十八歳になるまでは結婚できないわ。こちらの常識だとやっぱり罪悪感があるのよ。
それに、私こそ早く貴族のルーイのご家族に挨拶しないといけないよね。……庶民だから胃が痛くなるわ。
「こちらの貨幣は当然持っていないので、金や宝石の装飾品を持ってきました。これらを専門家に買ってもらえばいいって、カピバラさんが」
「……様々な知識をお持ちなのね、カピバラさん」
「情報通と言え」
「ご挨拶に伺うならスーツという服を仕立てると聞きました。店に連れて行ってください」
「先に普段着がいるわね。その平民の服装はこっちではね……」
なんか違和感がある。
はっ! まだ八時! 取り敢えず近所のスーパーで揃えられるわ。
「ちょっとメンズ一式とお惣菜買ってくるから待ってて!」
置きっぱなしのバッグを手に取って、慌てるルーイの声を無視して部屋を飛び出した。鍵はかけなくてもいい。自宅警備員と戦闘員が居る。
「こんな夜に女性一人で出歩くなんて何を考えているんですか!!」
「だから平気なんだって。外見てよ。灯りがたくさんあるでしょ?」
「それでもっ!!」
心配性の彼氏をカピバラさんと一緒に風呂に放り込む。
「カピバラさん、ルーイにシャワーやソープ教えてあげてね」
「おうよ! 狭い湯船だなー。あっちに慣れてると貧乏っぽいなー」
すっかりセレブじゃない! 慣れだし! 住めば都なのよ!
騒がしいバスタイムを終えたルーイはこちらの服に着替えた。下着は柄違い三枚セットの特売ボクサーパンツでごめん。そして変哲のないカーキ色のTシャツに黒のスキニーパンツ。なのに何これ。
「すっごく似合う。カッコいい。好き」
うっとりしているとルーイの機嫌が直ったので、テレビを見ながらみんなでお食事。女神様にもお供えします。
唐揚げと和風ハンバーグがみんなに好評でした。ルーイは照明や家電、テレビやスマホに驚きを隠せていない。原理? 悪いが分からんよ。
『じゃあね! 私は五色輝に会って来るわ!』
「誰それ?」
『やあね! “ごしきあかり”ってあんたの龍神様じゃない!』
「初めて聞いたんだけど」
「セリナのご先祖の巫女さんがつけたらしいわよ。神社裏の龍神池で会った彼が五色に輝いて見えてたんだって。彼が気に入ってそれからそう名乗ってるって。元々の名前は長すぎてあんまり好きじゃないんだって」
会ったこともない私は名乗られるはずもないか……。
『あんたたちの異世界結婚が上手く行くように手を打つからね』
うきうきと女神は去っていった。えらく楽しそうね!
「ま、力になってくれるってんなら任せればいいさ」
カピバラさんは相変わらず適当な返事。
「僕も頑張ります。セリナの家族に祝福されるように」
「えへへ」
幸せ。ルーイに寄りかかると慌てるのが可愛い。友人用の布団を出すとホッとしていた。カピバラさんもいるのに同じベッドには……さすがにねえ。
「おやすみなさいルーイ、いっぱい遊ぼうね」
「はい、楽しみです」
なぜかカピバラさんが獏になっている夢を見て、今日は夢の中でも楽しかった。