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カピバラさんとやって来た神子  作者: 日和るか
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権力を持った馬鹿との遭遇

ルーイ視点

 姿を現した連中を見据え、僕はセリナや騎士たちを背後に守り、一歩前に進んで彼らと対峙した。


「ミトラ帝国軍の方々とお見受けします。我々はオレーリア神官庁から派遣され、瘴気浄化を行なっております。そちらも同様の案件でしょうか」


「おい、責任者を出せ」


 まずは名乗れよ! でもそれは言えない。僕はこの男を知っている。


「私でございます。皇太子殿下」


 相手が相手だ。不本意だが頭を下げる。僕の後ろで皆が息を呑んだのが伝わってきた。


「なんだと? 神王国は人手不足なのか? 巫女も一人しかいないとは」


 皇太子がセリナに目を止めた。見るな。減る。


「他の巫女は休憩中です。大仕事を終えたばかりなので」

 周辺に瘴気は見当たらないだろ? こちらの仕事ぶりを示唆してやる。


「私は中央大神殿の守護神官隊長で、この度、隊の責任者を任されました」

 こう見えても場数は踏んでいる。他国者に馬鹿にされる謂れはない。


「そう言えば、最年少者が神官隊長に就任したと聞いていたな。おまえか」


「さようでございます」


「我々は今回、定期巡回に来ただけで、この通り少人数なんだが」

 

 皇太子は顎で後ろを示した。え? 二十人はいるだろ。嫌味か。こっちは浄化編成だから少ないんだよ。普段の辺境騎士の定期巡回も十人程度だ。そっちが無闇に引き連れているだけだ。いや、次期皇帝予定が隊長なら少ないくらいか?


 施設の中が静かなのは、きっと状況を察したターナスやシンナが巫女たちを落ち着かせているのだろう。


「先程、我々に向かってこの矢が放たれた」


 そう言って皇太子は、恭しく背後から差し出された矢を受け取った。


「神王国製に間違いない。不可侵の森でミトラ帝国の皇太子を狙ったか?」


「まさか! 魔鳥を撃つために宙に放った。確かに外した矢もあったが断じて人に向かってなど!」


 辺境騎士の一人が叫んだ。うん、無茶な言い掛かりだ。落ちていた矢を拾ったのだと思う。

 でも真実はどうでもいいんだ。口実にして揉め事を起こしに来たんだから。彼らがウチの矢を持っているのが事実で、こちらに否定できる証拠も無い。


「我らが皇太子殿下を狙うなどあり得ません。しかし外した矢がたまたま殿下たちに落ちたのは誠に遺憾であり、深くお詫び申し上げます」


「あり得ない、ねえ……。二国間で問題を起こしたいんじゃないのか?」


 それは好戦的なあんただろ。同盟国に喧嘩をふっかける利は両国に無い!


「貴国との友好な関係を壊す理由はございません」


「理由は作るもんなんだよ。皇太子暗殺未遂事件として、神王国に宣戦布告してもいいんだぜ?」


 こいつ、やっぱり権力を持った馬鹿なんだな。そんなもの皇帝が知ったら即行取り下げられるし、あんたは国家転覆罪に問われかねないぞ。


「正式に皇帝陛下へ謝罪にお伺い致します」


 チッと皇太子が大きく舌打ちをした。舌打ちが無駄に上手だ。皇帝に告げ口されるのはまずいもんな。自分が喧嘩を売りにきた自覚はあるんだな。


「謝罪はいらん。ただ、今回は誠意の証として毛色の変わったその巫女を貰おう」


「私!?」


 びっくりしたセリナが素っ頓狂な声を上げた。

 このくそ皇太子が! 誠意の証って何だよ! むしろお前が尻尾を巻いて逃げる状況だろうが。


「貴国には優秀な聖女が六名いると記憶しておりますが。巫女は必要としない方針ですよね」


 <聖女召喚陣>と<救世主召喚陣>はオレーリア神王国の高額輸出品のひとつだ。聖樹ユシラエの樹皮に神力を練り込んで作られた紙に、聖獣ミリオフォーンの生え変わりによる脱落した角から作られた藍インクで描かれた精密な魔法陣。門外不出の製法、加えて多大な神力が必要なので他国では作れない。


 しかもその紙を任意の場所に転写する使い切りだ。転写にも召喚にも莫大な神力が必要だし、遊びで買える代物じゃない。ミトラ帝国では現在六人の聖女を抱えているので、最近でも六枚はお買い上げしていただいている、何気にお得意様である。

 神官庁保管の<ルリアニーナの恩恵>が原型とは云え、召喚魔法陣を作成するのは技術省。研究肌、技術職気質の神力持ちが所属する部署だ。


「巫女はいらん。珍しい人種で見目も良い。愛人に欲しい」


 凛々しい外見の男だがやっぱりふざけた奴だ。

 先に嫁をもらえ! キラ殿下みたいに「まだまだ遊びたい」とか言ってるらしいが、女性の扱いは雲泥の差だぞ。おまえは加虐嗜好らしいな。輪姦も好きだとか。真性のろくでなしだ。


「愛人になりません。私はオレーリア人じゃないから強制も出来ませんよ」


 僕がイラついていたら、先にセリナが返事をしてしまった。


「ああ、そうか。黒目黒髪。そなたが噂のルリアニーナの神子か」


 女神祭であれだけ大々的にお披露目したのだから、近隣諸国には当然伝わっている。でも他国の権力者に会わせたくはなかったな。


「ならばこの場で攫っても神王国は無関係なんだな」


「いえ、渡しません」

 ここが使い所。僕はキラ殿下の紋章を掲げた。


「王家の代理として、私は貴殿を退ける資格を持っています。神子を拉致するのは女神の怒りに触れる事にもなりますよ」

 

「慈愛の女神は人を傷つけまい。我々は軍神ジュダイケンの加護を受けている。力づくで奪うのも罪ではない」


「確かにルリアニーナ様は暴力を嫌います。でもハゲにしたり、性行為が出来なくなる程度の罰は与えます」

 皇太子があからさまに嫌そうな顔をした。嫌だろうね。


「あとね、生魚が腐ったような体臭にする事もあるって」

 セリナが追い打ちをかける。そんな罰もあるのか! えげつない。


 うっわ。若ハゲで臭くて子作りもできないって……。よし、呪われてしまえ! 


 思わず女神様に罰を願おうとした時、後ろで戸が開く音がした。


「うるせえな。おちおち寝てらんねえ」


 しっかりした足どりで現れたのはセリナの守護獣。


「カピバラさん!!」


 セリナが駆け寄り抱きしめた。


「寝ていないとダメじゃない!」


「大丈夫だ。存外、頑丈な作りになってた。主人に絡んでるヤツから守らねえとな。俺の仕事だ」


 ……語気が荒い。恐らくだけど、カピバラさんは皇太子を睨んでいる。顔はそう見えないけど、間違いなく怒っている。


「カピバラさん、惚れるわ……」


 悔しいがセリナに同感だ。こんなん男前すぎるだろ!


 皇太子が毒気の抜けた顔でカピバラさんを凝視している。すっとぼけた表情と飛ばされる殺気の落差に戸惑っているんだろう。


「……殿下。神獣の怒りを買うのはまずいです」

 皇太子の側近らしき男が耳打ちするのが聞こえた。


「セリナはオレーリアに招かれた。帝国に攫われたら女神が黙っちゃいない。おまえらのとこの軍神はルリアニーナを妹のように甘やかしているって神界でも有名だぜ。女神の怒りくらいは目を瞑る。下手したら帝国に不具合が起こるかもしれねえぞ」


 そうなのか? 初めて知った。厳ついジュダイケン軍神がルリアニーナ様を可愛がっているなんて初耳だ。カピバラさんの情報源は神々なのか? 色んな神と話ができるなんて、やっぱりこちらの世界では神獣なんじゃないか。


「帝国の不具合とは?」

 カピバラさんの言葉を聞き咎めた側近らしき男が問う。


「帝位簒奪とか植民地の独立運動とか。帝位継承権に変動があるかもなあ」


 のんびりした表情と口調でとんでもない事を言ってのける。


 皇太子の顔色が変わった。自分の足元に火種が燻っている自覚はあるらしい。


「皇太子さんよお、おまえが目をつけた聖女と弟が結婚するのは愛し合ってるからだぜ。召喚魔法陣は元々がルリアニーナの愛を基本としている。聖女も救世主も女神の加護があるんだ。結局手籠にできなかったのはそういう事なんだよ」


「手籠ですって!? さいってい!」

 セリナが吐き捨てた。不敬罪対象外の異世界人、最強だな。


 近々第二皇子が結婚すると噂があったけど、相手は聖女なのか。発表が慎重なのは仕方がない。純潔でなくなれば聖女の力を失う。浄化の担い手が減るのだ。帝国じゃまだ機密扱いじゃないのか?

 まさかこんな所で知らされるなんて。カピバラさんの神界情報網すごいな!


「…………浄化はどの程度終わっている? 状況の共有をしたい」


 皇太子が不自然に会話の流れを変えた!


 え? 皇太子暗殺未遂だの宣戦布告だの物騒な言い掛かりについては無かった事にするのか? 凶悪な馬鹿だがそこまで愚鈍ではないらしい。暴れるきっかけにしたかった僕たちへの接触が、分が悪いと判断したんだろう。


 まあ、揉め事にする気が無いならこちらに異存はない。


「オレーリア側から巡回して、……森の半分くらいかと。一度帰還し、明日も再度探索する予定です」


「この建物を拠点にしないのか? わざわざ出直すのか?」

 

 普段ならそうするだろう。食料も持っている。だが……。


「ルーイ、俺のために引き返す必要はない。もう傷は治りかけている」


「ええええっ!? あの深い傷が!?」


 僕の返事より先に、驚愕したセリナが叫ぶ。致命傷になってもおかしくなかったと治癒神官が言っていた。カピバラさんの生命力に彼は感心していたけど。


「だから、俺にもしっかり女神の加護があるんだよ。すんげえ回復力でビビるわ」


「良かったあああ」


 カピバラさんをぎゅうぎゅう抱きしめたセリナの目から再び涙が溢れる。


「事情が変わったようなので、明日も引き続きここから見回ります。皇太子殿下たちはどうされますか? 私たちに同行されますか?」


 同行という名の監視を提示してやる。こちらの浄化作業を見学されるのは別に構わない。


「……いや、こちらは定期警邏だ。聖女も連れていないので意味がない。今回はオレーリア神王国が浄化完了と報告する。我々はこのまま引き返すが問題はないな?」


 ございませんとも! さっさと帰れ。


「了承しました。お気をつけてお帰りください」


 僕が頭を下げると、横柄に頷いた皇太子は「行くぞ」と配下に声をかけ、来た道を引き返した。

 

 皇太子と兵士たちの姿が完全に見えなくなって、やっと肩の力が抜ける。


「アシュロン神官隊長、お疲れ様でした」


 辺境騎士が労ってくれた。一団を守った事で信頼度は上がったようだ。若輩すぎて頼りなさがあっただろうからな。


「ミトラ帝国の巡回時期や浄化期間を調べて、今後は辺境伯に伝えるようにします。それと、この辺りの駐屯兵士は増やすべきですね」


 一隊の辺境騎士団がうっかり皇太子率いる兵士団と鉢合わせなんか、洒落にならないぞ。


 この無主地とオレーリアの境には石壁とその上に鉄条網を巡らせ、侵入者を阻んでいる。駐屯基地も数箇所あり警戒を怠らないが、鉄条網を越えてくる間者を排除しきれはしない。それは帝国側でも同様だ。息を潜めるに最適な無主地をわざわざ皇太子が警邏するなど、オレーリア侵略を視野に入れているのかもしれない。

 

 神官庁の管轄外だな。……キラ殿下に言っとけば、あとはどうにかしてくれるだろう。



「みんな、宿泊準備しましょうか」


 カピバラさんの回復で皆が明るくなったので、早めの休息指示を出した。



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