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カピバラさんとやって来た神子  作者: 日和るか
12/20

襲われたカピバラさん

 美少女だけど圧倒的に空気が読めない子ね。

 馴れ馴れしさにルーイは嫌がってるし、辺境騎士団の人たちも貴女の態度に困惑してるじゃない。仕事中の指揮官に纏わりつくなんて言語道断。巫女の自覚があるの? 中央巫女も守護神官も冷めた目で見ているでしょう。


 強引にシルビアの腕を振り払うと、ルーイは歩を進める。土地勘があるのだろう。先方の辺境軍騎士を追い越した。

 完全に無視されたシルビアさんは唇を噛んで立ちつくす。


「ボスは仕事を邪魔されるのが大嫌いですから。ここは大人しくしましょう」

 邪気のない調子でシンナさんに声をかけられ、気を持ち直した彼女は「そうよね。再会にはしゃぎすぎたわ」と反省したようだった。

 

「天上の青と呼ばれる<精霊の湖>が……」

 目的地でルーイは唖然とした。

 普段は絶景と言われているのよね。湖面全体から空に向かって黒々とした霧が立ち上っていて青色は見えない。陽の光すら届かない禍々しさに覆われている。


「ここまで酷いのは初めてだな」

 カピバラさんに同意せざるを得ない。広範囲の汚染に絶句する。私が行った浄化の旅など微々たるものと実感させられた。

 広がらない小規模なものは放置される実態に納得した。


「それではお願いします」


 ルーイが巫女たちに合図すると、シルビアさんと中央巫女たちが声を揃えて呪文らしきものを紡ぐ。

 祈祷や祓歌になるのだろうか。古めかしい響きがして祝詞に近い気がする。


 徐々に<黒い霧>が薄くなりやがて消えた。私が参加するまでもなかった。

 じっくりと巫女の浄化作業を観察させてもらった。湖は美しい本来の青色を取り戻したようだ。周囲の植物は巻き込まれていないので簡単に終了した。


「貴女は何をしに来たの? 見学するだけなら邪魔よ。ねえルーイ、帰ってもらった方がいいんじゃない?」


 シルビアさんに言われて面食らう。この子、何言ってるの?


「神子の同行は神官庁の決定だ。なぜ君が意見をする。セリナが力を発揮する事態になれば指揮官の僕が指示を出す。僕の采配に不満があるなら帰ってくれてかまわない」

 

 ピシャリと言い切ったルーイにシルビアさんは驚き「そんなつもりじゃ……」と呟いた。

 ルーイが特別視する私に反感を持っての発言なのは承知よ。でもここにいるのはただの幼馴染じゃなく、浄化隊の最高責任者なわけよ。失言よねえ。


「ごめんなさい」

 唇を噛んでシルビアさんは謝る。不本意さが滲み出ているけど、癇癪を起こして立ち去る事はなかった。

 彼女を一瞥するとルーイは「進みますよ」と全体に声をかけた。


 浄化力が発現したシルビアさんは喜んで巫女になったと想像する。<聖爵>を賜われば初恋のルーイと結婚できる。ルーイもそれを望んでいると思っていたのだろうか。きっと仲は良かったんだな。


 しかしシルビアさんとルーイとは元々の感情に開きがある気がする。ルーイがきっぱり初恋を否定したのは照れなんかじゃない、多分。昔からシルビアさんの一方的な想いっぽい。


 あれ……? ほっとするのは何故?

 …………うん、私、シルビアさんみたいな女子はあんまり好きじゃないからだね。ルーイにはもっと清楚な子が似合うと思う、よ。


 気まずい雰囲気で探索を再開していたけど、すぐにその空気は霧散した。

 小さな黒い塊が多い! 巫女たちが浄化した後、私はその空間を塞ぐ。もちろんセメントを塗るイメージで。亀裂がどこか判らないからその辺りをべったりと。

まだ小さな範囲だから可能なのだ。実際本当に塞げているか可視できないのが難点なんだけどね。やれる事はやっておく。


 私が薄っすら発光しているからシルビアさん含む巫女、騎士たちも私が何かしているのは理解したはず。<神子>は貴女と違う立場なのよと、シルビアさんを見た。

 悔しそうだがもう突っかかってはこないだろう。


 巫女たちが浄化を繰り返しつつ、奥に進む先導辺境騎士が足を止めた。

「魔物の出現地域です! くそっ! 種類が増えている!」


 その声で先方を見れば、広範囲に<黒い霧>が渦巻いていた。見た目だけで<瘴気>と呼ばれても仕方のない禍々しさだ。そして、黒の中で動物が蠢いている。

「魔物と、汚染された動物だ!」

 辺境騎士が叫んだ。

 ルーイたちは戦闘体制に入る。


「範囲が広い! セリナも頼む!」


 はいっ、任された!

 霧にギリギリまで近づく。


「セリナ! 離れろ! 気分が悪くなるぞ!」

 

 緊迫したルーイの怒号。うん、大丈夫。確信する。霧は私には無効。霧に触れる。<はじけ石>は霧を吸い込まなかった。それに気がついたルーイが安堵の息を吐く。


「セリナ、裂け目が特定できたら教えてくれ!」


 OK、根元に近い方の魔獣から叩きたいのね。

 巫女たちの清澄なる祓い歌をBGMに、私は一人、ただ龍神に想いを馳せる。

 

 ──遠き地の不浄を祓いたまえ


 ルーイ含む守護神官たちは霧の中を進む。身体が霧に侵される限界まで戦うのだ。騎士たちは霧から追い出された汚染生物を屠る。元来大人しい動物も苦しみのためか暴走して人に襲いかかる。浄化しても暴れて元に戻らないから斬るしかないのだ。


 ルーイに霧がまとわりつくも、すぐさまそれは取り除かれた。きっとシルビアさんが優先してくれているのだろう。

 

 裂傷場所はどこ? 広すぎて何も見えない!


「セリナ! 危ない!」


 カピバラさんに体当たりをされた衝撃で私は尻餅をついた。


「カピバラさん!?」

 

 見れば、広げた羽が二メートルはあろう鷲に似た鳥にカピバラさんが襲われていた。咄嗟にカピバラさんと怪鳥の霧を祓う。すかさずルーイが鳥を斬り伏せた。カピバラさんはすぐに治癒神官の元に運ばれる。齧られて血まみれだ。大丈夫だろうか。まさか鳥に襲われるなんて。

 鳥!? はっとして頭上に目をやる。


「上よ! 空中からやってくる!」

 

 私の指差す方、まさに空間から何羽も怪鳥が現れる瞬間を、皆して見た。


「くっ! 鳥までもが!!」


 叫んだ辺境騎士が矢継ぎ早に撃ち落とす。一羽が巫女たちの前に落ちてきた。悲鳴をあげる少女たちを守り、シンナさんがトドメを刺した。


「倒したの浄化して!」


 いつもの軽薄さはどこへやら、真剣な顔で巫女たちに指示を出す。


 私が優先すべきは空間を塞ぐ事。


 イメージは特大のコテに目いっぱいセメントを乗せて、一気に空の割れ目部分を塗り倒す。


「やった、成功よ! 空は防いだ!」


 空の裂傷からはもう瘴気も魔物も現れない。残るは地の平定のみ。




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