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トワの終末論。  作者: 祭神輿
作品No.1 グリム・ウィッチの肖像
8/23

旅立ち


 時は夕方。屋敷が燃されて焼死体にされちまった約二時間。トワとグリムは旅に出ると決めたため、屋敷内に何か使える物は残っていないか確認していた。死体漁りである。


「すっからかんだぁ」

「逃げるときに金目のものは全て持ち出したんでしょう。全くがめつい事です」


 屋敷には宝石一つとして残っていなかった。かろうじて物があったのはトワが籠城(ろうじょう)していた物置にあったよく分からない魔導具(ガラクタ)だけ。しかも煤まみれであった。


「トワちゃんトワちゃん、あそこの棚の下の宝箱。あれめっちゃ気になる」


 開けたいからあそこまで連れてってと腕をぱたぱた動かすグリムにはいはい、と言うことを聞いてやる。動作がいちいち幼い。トワはてっきり自分より年が上だと思っていたが、予想と違ったかと首を捻った。


 ちなみに彼が宝箱に目をつけた理由は宝箱には夢とロマンが詰まっているという幼稚な理由からだったので、精神年齢がトワより下という意味ではあながち間違いではない。


「オープンッセサミ」

「なんです? それ」

「ドアとか蓋を開ける時の呪文?」

「なんで疑問形なんですか」


 かぱりと軽い音を立てて開いた煤だらけの宝箱。中にはまるで注がれた水のように箱を満たすたっぷりの布と、古い懐中時計が一つ入っていた。


「あ、この布子供用の魔法のベッドキャノピーだ!」

「綺麗に残ってますね。何故こんなものがここに……」

「これはねぇ、拡張魔法が使われてて、中は広いテントみたいになってるんだよ。昔は子供に人気だったんだけど、作成時のコストが高くて生産中止になったやつ」


 トワはベッドキャノピーを手に取り、広げてみる。紺色の布地にキラキラした金の刺繍が細やかにされていた。


「へえ、綺麗な色ですね」

「素材もかけてある魔法もいいもんだからね。掘り出し物ですよこれは」


 グリムはホクホクとした顔で額縁の向こうにベッドキャノピーを取り込んでいく。どうやら持っていくようだ。


「売るんですか?」

「売ったらいい値で売れるけど、色々使えるから持ってくよ。それよりこれ、首からずっとかけてて欲しーな」


 カチャリと音を立てて差し出されたそれを反射で受け取る。宝箱箱に一緒に入っていた懐中時計だ。蓋には細やかな模様が彫られている。

 本来、懐中時計はリューズを引っ張ると秒針を動かせる様になっているが、引っ張ってみても動かなかった。耳に当ててみると秒針の音は聞こえない。


「あの、この時計動いてませんけど」

「それは時計じゃなくて魔力を貯めたり測ったりする魔導具だよ。なか見てみ?」


 トワは言われるまま蓋を開く。時計で言うとこの文字盤の部分を見てみると、そこには円が二つ収まっていて、片方は真っ黒、もう片方にはメモリと、中央に針がついていた。


「左の黒い方は魔力が貯まると満月になって、右の方はその場所の魔力濃度を測れるメモリになってるよ」

「なるほど。グリムさんに近づけると針が右に動くのは、グリムさんの近くの魔力濃度が濃いからですか」

「そそ。今後重要になってくるアイテムだから、大事にね」

「? はい。わかりました」


 トワは何だかよく分からないが、これも旅に必要なものらしいと察したので、素直に指示に従う事にする。トワは空気を読むのが抜群に上手いので、野暮な事は言わないのだ。


「さて、もう目ぼしい物もないし外に出よ」

「あ、はい」


 グリムを抱え、見慣れすぎてしまった倉庫を後にする。彼女はもう、この場所へは二度と戻らないし、二度と振り返ることもない。この場所へ来る理由はもう、自身の手の中にあるのだから。


 玄関のドアの瓦礫をよけながら出た外は既に暗く、人影は無い。王子も己の家族も見当たらなかった。


「だれもいねーや」

「おそらく、この惨状をみてボクが焼け死んだと判断し、王に報告しに行ったのでしょう」

「え、ちゃんと死亡確認しないとか杜撰(ずさん)じゃない? 馬鹿じゃない? やばみがやばいわぁ」

「あの人達、特に王子殿下はやる事なす事適当すぎなんですよ。本当、あれの何処に惚れてたのか……」

「うーん、顔じゃね?」

「かお……」


 王族は顔の良いお妃様を選ぶ傾向がある。綺麗なお顔と綺麗なお顔を掛け合わせたら綺麗なお顔の子供が爆誕する。トワの王子様だったアレも、とても容姿が整っていた。ふと、グリムをじっと見下ろす。


「? なあに、トワちゃん」

「……別に」

「うん?」


 グリムもよく見れば整った容姿をしていた。小ちゃな頃はグリムを一日中眺めているときがあった事を思い出し、トワは額に手を当てた。自分は面食いなのかもしれぬと思った次第である。



「――こんばんわ、いいよるですね」



 その声はトワのすぐ横、耳に直接そそぎ込まれた。吐息の気配さえ感じる近さに、トワはグリムを強く締めながら勢いよく飛び退いた。


「どわぁあ!? だだだ誰、何!?」

「トワちゃん、トワちゃん締まってるから。いいの入っちゃってるから」

「ふふ、お元気そうで何よりですわ」


 口元に手を当て上品に笑うその人物。月の光を背にしている為、逆光で暗くなっているのに、目だけは蜂蜜色に光っていた。


「アナタ……」

「先程ぶりですわね。ご機嫌いかが?」

「トワちゃんの知り合い?」

「この女がさっき言っていた聖女様ですよ」


 そう、トワとグリムの前に立つ人物、それはトワから王子を掻っ攫っていった聖女様その人であった。聖女様、と聞いてグリムはなるほど、頷いた。


「ふうん、この人がトワちゃんの王子サマを寝取った聖女サマなのね」


 絵画から体の半分だけ出ているグリムを見ても驚きすらしなかった聖女はとても不思議なことを聞いたとでも言いうように頬に手を当て、首を傾げた。


「王子殿下を寝取った、とは?」

「えぇ? 君が王子サマとお付き合いして、デートして、邪魔者ポイしてめでたく婚約したんじゃないの?」

「あら……」


 はて? とあくまでシラをきるその態度に、トワがキレ散らかそうとした瞬間であった。聖女は眉を下げ、困ったように笑った。


「わたくし、確かに王子殿下に良くしてもらっておりますが、お付き合いをしているという事実は御座いませんよ?」

「はあ……? でもだって、婚約の報告しに来たんでしょう? アナタ」


 トワが怪訝そうに言うと聖女はゆるく首を振る。


「わたくし、教会に援助してくださった王子殿下へお礼として街にお出かけするのにお付き合いしていただけで、逢瀬を楽しんでいたわけでは無いのですが……婚約も、わたくし初耳ですわ」

「は?」

「トワちゃん『は?』ってめっちゃキレんじゃん……というかエ、つまり王子サマが勝手に妄言垂れてただけ?」


 グリムの疑問に聖女は「おそらく早とちりなされたのかと」とおっとり笑う。トワは何だか足の力が抜けてしまい、グリムを抱えて座り込んだ。


「早とちり……は? なにそれ、は? つまり、あの男の願望と妄想の為に、ボクは火事の中追い掛け回された挙句、死にかけてたって事……?」


 足の力が抜けたとて、全身の力が抜けたわけではない。全くの虚無からむくむくと生まれた怒りの波動によって、手には力がこもっていく。グリムが何かを察知し、トワの腕から這ってでも抜け出そうとしたが、憐れ、上半身しか無い彼は逃げられなかった。グルンと方向転換され、着ていた白衣をひっ掴まれ、思い切り揺さぶられる。


「ふっざけんな、ふっっっざけんな!! あの男、別の女と何一つ進展もしてないくせにボクとの婚約蹴った挙句ボクを!! 処刑しようとしたのか!? ふっっっざけんなあああああ!!」

「ちょ、トワちゃん落ち着いてててて」

「しかもこれうちの両親も一枚噛んでるだろ!! 馬っっ鹿じゃないか!? ばかの言葉を大人が真に受けんな頭使えばか!! ばかばか、ばかーーーーーー!!」

「アッ、叩かないで!! 暴力はいけないだだだだ」


 トワは怒りが収まらず、グリムをバシバシ叩いた。八つ当たりしなきゃやってられなかったのである。彼女は癇癪持ちであった。ばかばか言いながら絵画から上半身を出した男を叩く少女。なかなかのカオスだが、聖女はさすが聖女様と言うべきか、目の前の光景に特になんのリアクションも見せなかった。


「んにゃーーーーーーー!!!!」

「叩くな叩くな引っ張るな」


 グリムはトワの攻撃を受けながら片方に持った筆をくるくるした。すると筆はポンとかわいい音と薄紫の煙を出した。ゆめかわである。煙が晴れればそこには筆ではなくガラガラ。バブちゃんをあやす道具(マジックアイテム)だ。

 彼はそれをカランカラン鳴らし始めた。

 

「落ち着き給え〜〜〜静まり給え〜〜〜〜」

「ばかにしてるだろ!!」


 ボクは赤ちゃんじゃない!! とぷんすこ怒るトワを見て、聖女はケタケタ笑っていた。その愉快そうな声に、トワはキッと睨みをきかせる。


「アナタ、なぜここに来たんです。あのばかの命令で死体の確認でも任されたんですか?」

「いいえ、違いますよ」


 聖女はスッ、とグリムの方を指差す。


「わたくし、そちらの方に用があったんです」

「え、俺?」


 グリムは指をさされ、瞳を大きく晒して驚く。


「あなた様がこの国にいると聞いて、教会本部から派遣されてきたのです。ですが、あなた様の存在は確認できましたし、もうこの国に用はなくなりました。わたくしは本部に帰らせて頂きます。それに―――」


 聖女は薄らと蜂蜜色の目をトワの瞳と合わせた。トワは、その目には慈愛の色と、確かな熱が篭っているように思えた。


「トワ様がその方を持っていて下さるのなら、こんなにいい事はありませんわ」

「それは、どういう意味―――」


 トワが言い終わる前。ほんの瞬きの瞬間に聖女はトワの真ん前に立っていた。


「っ!?」


 驚き後ずさろうとしたトワの両頬を素早く手で包み、顔を強制的に持ち上げられる。二人の距離は吐息が顔に当たるほど近い。傍から見たらキスしているように見えるくらいには近かった。


「嗚呼、嗚呼……やはり、トワ様、あなた様は尊いお方。あなた様をひと目見たときから、わたくしはあなた様に目を奪われていました!!」


 いきなりの事にうまく反応できなかったトワは、聖女の顔をまじまじ見つめる事となった。王子の隣にいた時のような底の知れない、何を考えているか分からない表情は消え失せ、いっそ狂気を感じさせるほどに恍惚とした表情だった。


「っ、離せ!!」


 薄ら寒さも一緒に振り払うよう、聖女から離れる。振り払われた聖女は少し残念そうで、トワはその反応も不気味に思えた。


「なん、何なんですか!? 何なんですかいったい!!」

「トワちゃん苦しい」


 トワは胸にグリムをぎゅうぎゅう押し付けながらキャンキャン喚き威嚇する。彼女の中での聖女に対する好感度が、顔を見たら不快になる程度から鳥肌が立つくらい無理なところまで降下した瞬間だった。


「あら、そろそろ行きませんと。残念ですが、お別れの時間ですわ」

「そうですか、全然残念じゃないので早く居なくなって下さい。そして二度とボクの前に現れるな」


 しっしと手を払いながら早口で捲し立てるトワに不快感のふの字も無いのか、聖女はふわふわした雰囲気で一歩、後ろへ下がる。


「まあ、そう言わず。わたくしは役職上、別の国を点々と移動しております。きっといつかまた巡り会いましょう。――その時を、心よりお待ちしておりますわ」


 最後の台詞を言い終えた聖女はスカートをつまみ、優雅に礼をした。別れの挨拶が終われば、月のある方向に向けて歩きはじめ、やがて見えなくなった。


「トワちゃん、俺らももう行く?」


 腕の中から見上げてくるグリムをスッと細めた目で見たトワは、いっそ清々しくニッコリ笑って言った。


「はい、行きましょうか。まずは月とは反対方向へ」


 こうして、一人と一枚の旅は始まりを告げた。旅は続くだろう。彼女達の気が済むまで。居たい場所が見つかるまで。



 ――また、世界が終わるその時までは。


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