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トワの終末論。  作者: 祭神輿
作品No.0 絵画を背負った旅人少女
4/23

大暴れ


「うわああああ溺れる!!」

「退散、退散!!」

「ドアが開かねぇ!!」

「バカ、魔法陣を守らないか!!」


 下は阿鼻叫喚。ムキムキは出口へすっ飛んでいき、司祭風の男は魔法陣をどうにかしようとワタワタしていた。

 大聖堂は男たち自身が魔法で施錠したので開かないのだが、迫りくる水にパニック状態となり、アタマからその事がすっ飛んでいる様子。それを見て、トワはきゃっきゃと喜んだ。


「うははは、無様ですねぇ!!」

「うわお」


 グリムは世界の半分を手に入れた魔王のごとく喜ぶ相棒にちょっと引いた。この子、こういう(とこ)ある。


(ンマ面白いからいいケド)


 グリムは基本『面白ろければ万事オッケー』の人である。まさに棚上げ。彼も、人のことは言えなかった。


 さて水が垂れ流しになって約一分ほど。

 (にえ)にされた人たちが溺れないぐらいの高さまで溜まった水は床に描かれた魔法陣を台無しにしていた。


「嗚呼、魔法陣が、魔法陣がだめになってしまった……せっかく三日かけて書いたのに」

 

 祭司風の男が地べたに這いつくばるように項垂(うなだ)れる。犬耳がついていたらぺそんと畳まれていた事だろう。しばらくはそのままでいたが、拳を握ってトワたちを見上げる頃には男の怒気は底辺から一気に上昇した。男、大激怒である。


「お、おのれおのれおのれ!! よくも儀式を台無しにしてくれたなこの胸無し!!」

「能無しみたいに言うなこの阿呆タレ!!」

「誰が阿呆タレだと!?」

「アンタしかいないだろうが!!」


 双方声を張り上げて叫ぶ。バチバチであった。男はプライドが高く、トワもまたプライドが高い。お互いに相容れぬため、和解はのぞめない。

 また、トワは「胸無し」という地雷ワードを再び言われたことで完全にぶちキレた。烈火のごとくとはまさにいまねか彼女のことを指すだろう。


「……すい」

「あ? なんだって?」


 ――ばさり。


 彼女がローブを(ひるがえ)したとき、内側に仕込まれていた紙きれが宙を舞う。それに向かい、グリムは魔法を素早くかけた。無数の紙きれにはグリムの魔法により先程の魔法陣が複写され、大量に男たちの頭上へ羽根のように降りていく。


 このグリムによって大量生産されている魔法陣はこの街特有の『小さな海』という名前の魔法陣である。陣に魔力を注ぐと海水が召喚できる代物だ。

 書かれた魔術式が複雑なうえ一つの陣につき一回までしか使用できないが、必要な魔力は微量で済む。

 そんなものが一瞬で複写され、大量に頭上に現れた。海を呼ぼうとしている人物はたいそうご立腹であり、慈悲などかけてくれそうにない。


 そう、下にいる者たちがたどる末路など想像に容易(たやす)かった。


発動(放水)発動(放水)発動(放水)発動(放水)!!」


 魔法陣を手当たりしだいに起動させていく。滝のようにザバザバと海水が落ち、ムキムキ達を叩きつけていった。


「うわあああ海水に叩きつぶされる!」

「がばばぼべべ」

「ひとり溺れてないか!?」

「こんなんじゃ寝てる生贄も溺れ死ぬぞ!」


 トワは完全に無差別に海水を降らせているため生贄にも容赦なく降りかかる。床にたまった海水に意識がないながらも咳き込んでいる者も数名いた。


 生贄を助けたくないのかなどと下から聞こえるがしかし、彼女は別にヒーローではないし、博愛主義者でもない。己を愛し、また己を愛し大切にするものだけを贔屓(ひいき)するような人間である。よって、罪悪感を煽るようなことを言われてもへのかっぱであった。


「ボクは生贄(人死に)が無いと助けてくれない神も、そんな(役立たず)がいないと助からない国も滅んでしまえと思ってるんです。大体、自分たちで生贄として殺そうとしてたくせに、今度はそれを使って命乞いですか。はあ――」


 釣り目がちの瞳は冷たい光をともし、まるで生ゴミを見るみたいな視線を眼下に浴びせる。


発動(くたばれ)!!!!」


 細い体に似あわぬでかい声に応えるべく、一際大きな魔法陣が現れる。青に淡く光るそれは名前の文字通り、大聖堂内に海を召喚した。その場は騒然、トワは大爆笑。やっぱこの子おもしれーわとは後にグリムが語ったこと。


「ぜえ、はあ……笑い疲れた」


 一ヶ月分は笑ったトワは笑いすぎて痛くなったわき腹を抑えながらぼやいた。


「ひゃ〜、跡形もねぇや」

「魔力使い切ってしまいました」

「そりゃこんだけやりゃあね」


 下の惨状は言わずもがな。水の勢いに負けてガラスは飛び散り、施錠されたドアは丸ごと流されていた。ついでに言うと生贄も外に流れた。ムキムキは柱に引っかかって伸びている。


「……正当防衛ですよね、これ」

「流石にそれは無理があるかな」

「……」

「怒りに身を任せすぎだよ〜」

「……」

「あと、ここ()()()()

「うわあ〜〜〜〜!! 最ッ低だ!!」


 いくら殺されかけたといえ、文化遺産をグチャグチャにしてしまっては正当防衛では済まされない。トワの優秀な頭の中では多額の賠償金を払うか、逃げて指名手配されるかの二択が浮かんだ。


「魔力はチャージしないといけないし、チャージしたとしてもこの規模の建物を細部まで完全修復すんのはトワちゃんには難しいよ」 

「う、それは――」


 否定したいが否定できない。彼女は魔力が無いのだ。そんな事実が悔しくて、元来負けず嫌いなトワがなんとか否定しようと言葉を探しているときだった。


「はあーははははははは!!!!」


 先程のトワと同じぐらい悪役っぽい笑い声が響いた。視線をやると、そこには壁のちょっと高いところの燭台に引っかかった祭司風の男。足をぶらぶらさせているソレに二人は半目になる。


「……何ですあれ」

「わかんない」


 祭司風の男の手には杖はなく、よく見たらすごく遠くの方へ流されていた。地面とそこそこ高さがあるから魔法も使えず降りられずにいるのだろう。なんとも締まらない姿である。


「貴様ら、この街の救済を邪魔しやがって……はは、ははは、だがもう終わりだ。ここは『()()』が管理している場所。それを壊すなど民衆は許さないだろう!! これは報いだ。大勢に望まれて処刑されるのを震えて待つんだな!!」

(クソ……教会管理だったか、ここ)


 トワは頭を抱えた。教会は大きな組織であり、権力をもっている。民衆からの信仰もあつい。

 文化遺産指定の建物なうえ教会の管轄に置かれているとなれば、自分たちは間違いなく各々に責め立てられる。なんならこのムキムキ達よりも悪役たる存在になることだろう。祭司風の男は儀式を邪魔した二人を道連れにできる形にできて心底嬉しそうであった。


(チッ、感情のコントロールが今後の課題ですね。どうにかできるっちゃできる……けど)


 この先、民衆に糾弾されないようにする手段はある。しかし、それはトワにとって躊躇(ちゅうちょ)する手段。


「トワちゃん」


 グリムが抱えた額縁から見上げてくる。


「こういう時こそ俺に()()()する時でしょ」


 緑の瞳は愉快そうにきらめきをおび、その中央に彼女を閉じ込める。それを見て、トワはたじろいだ。

 理解っている。ここでどういう選択肢をとれば良いか。何をすれば良いか。最善は目の前にあるのだ。街全体に、正午を知らせる鐘の音が響く。


「ここで、こんなくだらない事で俺たちの旅が終わるのはつまらない。ねえ、この旅は何のための旅だっけ?」

「そんなの――」


 グリムに問われ、トワはキッと目を吊り上げた。額縁を両の手で持ち上げ、目線をしっかり対等な位置へ合わせる。


「そんなの、ボクが満足いくまで魔法陣を集め尽くすため……ボクを馬鹿にしてきた奴らを、旅で得た知識でもって屈服させるための旅。ボクが、ボクを蔑ろにした奴を足蹴にするための旅です!!」

「――あは、ブラボー!!」


 グリムはトワに手を伸ばす。愛しい我が子を思うような慈愛の表情でもって、グリムは両頬を包みこんだ。褒めるように、慈しむように。


「さて、ここで俺たちの目的と利害関係をおさらいしようか。俺の目的は俺にかけられた呪い――絵画の封印を解くこと」

「ボクの目的は魔法陣集めと魔法の習得」

「俺はトワちゃんに魔力を譲渡し、トワちゃんの願いを叶え、魔法の扱い方を伝授する」

「そのかわり、ボクはアナタの足になる」


 交差する文言。使い慣れた様な言い回し。

 これは彼と彼女の誓いの言葉。

 不思議な主従関係の証。


「俺と君は?」

「「一蓮托生!」」

 

 台詞を終えたあと、トワはグリムの額にキスをした。


 ――リンゴーン。リンゴーン。


 鐘の音のなか、トワのもっていた額縁に刻まれた文字が浮かび上がり、二人を囲む。風が発生し、祭司風の男や気絶から起き上がったムキムキたちが目を瞑った。


「さ、一時的とはいえ封印が解かれたんだし、何よりかわいい弟子のお願いだからね。完璧に仕上げてあげよう」


 ひらりと翻す白衣。一房だけ碧に色付いた髪。胸元に揺れるリボン。手には一本の筆。

 そこには、額縁の向こう側にいた(グリム)が立っていた。


「世界はキャンバス、はたまた画用紙。望むまま、願うまま、自由に思うように描こう」


 魔力の込められた筆からは七色の光が溢れる。それごと水浸しの下に放れば、水に落としたかのようにポチャリ、床へと沈んだ。


drawing(戻れ)


 筆の消えた場所から絵の具が飛び出し、それが破壊跡へと飛んでいく。


「わ、な、なんだ!?」

「破片がかってに動いて」

「戻っていく……」


 海水により目も当てられない惨状にあった大聖堂は瞬きの間に元に戻り、鐘の音の残響を響かせていた。ムキムキたちは何が起こったのか分からず、また壊れたものが巻き戻るいっそ美しい光景に大口を開けていた。


「さあて、これでここには生贄ささげ(人殺し)をしようとしたテロリストとその生贄を助けた旅人(ヒーロー)しか居なくなったわけだ!」

「うわ、ちょお!?」


 グリムはトワを両手で横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこである。軽々手すりに飛び乗れば、次は下へと飛び降りた。


「うぐえっ」

「うわ、ちょちょちょうわわわうわ!!」

「あーーーははははははは!!」


 グリムは下に伸びてたムキムキを踏んづけ着地。その後はクイックステップで踊るみたくトワを振り回した。その勢いはジェットコースターの如し。トワ、大絶叫。


「ほんと、も、そろそろ止まれーー!!」

「両足で立てるってやっぱサイコー!!」


 くるりくるりと回りながら移動していく二人を誰も止めることはない。その勢いのまま外へ出ていけば、太陽の光が眩しくて目を細めた。


 ――ポフンッ!


 可愛らしい音とともにグリムは煙に包まれる。トワが慌てて手を伸ばすと、そこには彼女にとって見慣れた額縁。グリムがいつもの姿に戻ったのだ。


「あーん時間切れぇ」

「ぜ、ぜえ、も、十分楽しんだでしょう」

「やっぱり、()()()()()じゃ封印は完全に解けないかぁ。はー不便不便」


 さて、息を切らしながら座り込むトワと人間から絵画になった男。周りにはテロリストを見に来たギャラリー。男が絵画になり、しかも額縁からとび出てるもんだから、今まで同様ざわついていた。


「これは、早めにこの場所を離れたほうがよさそうですね」

「ん、ここ教会の管理地だもんね」


 人に見られすぎて厄介である、というのも理由なのだが、この場を離れたい最もたる理由はまさにそれ。『教会が管理している』という事実にあった。


「よし、教会連中が来る前にさっさと――」

「さっさと、どこへ行くんですか?」

「ひゃんッ!!!!」


 耳に直接吹き込まれた声に大げさにビクつきながらも、耳を押さえて距離をとる。トワのさっきまで立っていた場所にはピンク髪の女が立っていた。


「で、出た!!」

「ふふ、相変わらずお元気ですね」


 女は口元に手をやりお淑やかに笑う。

 シスター服の裾がしゃなりと揺れる様はなんとも女性らしい。トワは渋い顔をした。


「アナタ、行く先々で現れますけど、まさかストーカーしてるんじゃ無いでしょうね」

「あら、そんな事ありませんわ。教会はどの街にもありますし……ほら、わたくし聖女の中でも上の役職ですから」


 今回も報告が上がり調査しにきたのだと女は言った。聖女とは教会に所属する女集団であり、実態はナゾ。なので、目の前の聖女がほんとうの事を言っているかはトワもグリムもわからない。


「だいすきなお二人にいろんな街で出会える奇跡……ああ、神に感謝いたしますわ」


 女は恍惚という言葉がお似合いなツラで二人を見つめた。それに本能的恐怖を覚えたのか、ザッと距離を取る。


「き、気持ちわる!!」

「トワちゃん苦しー」


 何かあるとグリムを抱きしめるのはトワの癖である。いまは精いっぱい聖女に対して威嚇をしている。トワは聖女という生き物が大嫌いで、とくに目の前の聖女が遺伝子レベルで嫌いだった。


「いっしょうけんめい身を守ろうとする姿、お可愛らしいですね。もっと見ていたいのですが、お時間のようです」


 至極、残念そうな顔を作ると、女はうやうやしく頭を下げた。


「このたびは教会管理の聖堂を守って頂き、ありがとうございます。教会を代表して、お礼もうしあげますわ」


 聖女らしいその行為に周りのギャラリーたちは拍手をした。トワの顔がもっと渋くなったのをグリムは見た。


「では、わたくしやる事がありますので。ぜひ、次の街でまた会いましょうね」


 いちど下を向き、次は上を向いてすうと息を思い切り吸い込む。グリムは耳をふさいだ。こういうとき、彼女はおっきい声を出すと相場が決まっているのだ。


「ぜっっっったいに、御免だ!!!!!!」


 叫んだあと、トワはグリムを抱えて聖堂とは反対方向へ歩き出す。あの聖女が旅ゆく先に現れたとき、必ず反対方向へ歩くのがお決まりになりつつある。聖女とトワは磁石のS極とS極。相容れぬ存在。とにかくさっさと離れたかった。


「グリムさん」

「なあに?」

「あとで魔法、教えてください」

「お安い御用〜」


 トワはゲッソリしながらグリムを抱え直し、歩調を早める。騒動の中心にいたからか、野次馬の視線が集まりすぎて穴が空きそうだった。

 あんまり顔を見られたくなくて下を向けば、ボロボロになったブーツに目がとまる。履きなれたブーツは底がすり減り、傷がたくさん付いていて、旅の苦労が伺えた。それが少し誇らしくて、トワは大きな一本を跳ねるように跳ぶ。


 この物語は、魔力を持たない少女トワと、絵画に閉じ込められた魔法使いグリムの、波乱万丈な旅のおはなしである。


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