世界中に散らばる七つの宝玉を全て集めるとどんな願いでも叶うというから、悪い奴らが動き始めた……!
ブランドル大陸にはある伝説があった。
世界中に散らばる七つの宝玉を全て集めるとどんな願いでも叶うというのだ。
そんな伝説に魅せられ、野心を募らせる連中はやはり、悪しき者たちであった……。
大陸北部に居を構える魔王城。
魔族を統べる大魔王ジャガルは、右手に赤い宝玉を持ち、高笑いする。
「フハハハハ……! この宝玉をあと六つ集めれば、どんな願いでも叶うというわけか」
「おっしゃる通りです」
側近の上級魔族がうなずく。
「見れば見るほど不思議な魅力のある玉だ……。伝説が単なる言い伝えでないことが分かる」
「七つのうちの一つが魔王城の近くに落ちているのは僥倖でございましたな」
「うむ、これで他の勢力が七つ集めることはできぬ」
「さて、これからどうしましょう? 部下に命じて七つ全て揃えさせましょうか」
魔王はゆっくりと首を振った。
「焦ることはなかろう。おそらく他の六つも一筋縄ではいかぬ場所にあるはず。それを闇雲に探すなど愚の骨頂よ」
「それは確かに……」
「しかも、他の勢力も宝玉集めには躍起になっているはずだ。つまりだな……あえて集めさせてしまえばいい。そして、それを我ら魔王軍が奪う!」
「なるほど! そうすれば我らは労せずして七つを揃えられますな!」
「だろう? これほど容易い話はないわ! フハハハハハ……!」
魔王城にジャガルの恐るべき笑い声が響き渡る。
……
大陸西方に版図を持つヴァングラー帝国。
強大な軍事力を持ち、世界征服を目論む現皇帝ガスパール・ファーグマンが宝玉に興味を持つのはまさに必然であった。
ガスパールは宰相が持ってきた青色の宝玉を見て、微笑む。
「これを七つ集めれば……朕の悲願である世界征服を叶えられるということであるな」
「その通りでございます、皇帝陛下」
もちろん、ガスパールは帝国軍の戦力に自信を持っている。が、ブランドル大陸には侮れない勢力が多い。そのため、なかなか世界征服に乗り出せないでいた。
「皇帝陛下、いかがいたしましょう」
「おそらくは我が国以外も宝玉集めに乗り出すであろう。争わせるのだ。どこぞの勢力が六つを集めた時点で……朕たちが軍を出し、全てを頂くのである」
「さすが陛下でございます。なんという慧眼……」
ソムリエでもある宰相の手によってグラスにワインが注がれる。
ガスパールは美しく輝くワインの中に、世界征服を成し遂げた自身の姿を見た。
……
邪神を崇める宗教団体があった。
その総本山たる暗黒教会で、教祖クラージュ・ドロスが信者たちに告げる。
「見なさい、この紫色に輝く宝玉を!」
歓声が上がる。
「全てを集めればどんな願いでも叶うという七つの宝玉。そのうちの一つを我ら教団が確保しました。これは偉大な成果です。堅固な結界に守られたこの教会は外部の者には侵入不可能ですからね」
口々に教祖の名を叫ぶ黒ローブ集団。
「残り六つを集めるのに急ぐ必要はないでしょう。どこかの愚か者が六つ揃えるのを待つのです。その時、我が教団最大戦力をもって、その六つを奪うのです。さすれば……」
教祖は闇のフードを脱ぎ捨て、己の美貌を信者たちにさらけ出した。クラージュは女性であった。
「宝玉の力で邪神は降臨し、世界は我が教団の手に落ちるのです……!」
邪神と彼女に魅せられた信者たちの歓声……いや狂声はいつまでもいつまでも続いた。
……
左目に眼帯を付けた凶悪な人相のこの男。
彼こそが世界最大のテロ集団を率いる首領ブルースである。
国家という枠組みを良しとせず、全ての国や勢力を滅ぼし、世界を一つにするなどと夢見るS級の危険人物。
「この緑色の宝玉と似たようなのが、世界にはあと六つあるってわけか」
「ああ、七つ集めりゃ俺らの思想もあっさり叶うってわけだ。さっそく集めようぜ!」
「まあ、待て。こんな宝玉があるなら、当然他の連中も探してるはずだ。そいつらを共倒れさせて、六つ集めて消耗した奴を狙うのも悪くないだろ」
「なんて頭のいい作戦だ……俺たちはどこまでもあんたについていくぜ!」
ブルースは危険性・カリスマ性だけでなく、知性も兼ね備えた豪傑だった。
……
グオオオオオッ……!
森の中で雄叫びを上げる虎の獣人ガーティー。
彼は主である獅子の獣人から離反し、独自の勢力を築き上げた実力者である。
彼ら過激派獣人の野望は、獣人以外の種族の絶滅。獣人以外に生きる価値無しと本気で思っているのだ。
「このオレ様に相応しい黄色い宝玉だな。残り六つを集めりゃ目的は達せられるわけだ!」
腹心の部下である狼の獣人が言う。
「ええ、どんな願いも叶えられるって話ですから」
「今すぐにでも集めてえとこだが、まあ焦ることはねえ。獲物にがっつく獣はすぐ滅ぶってもんだ」
「というと?」
「これから宝玉の争奪戦が起こることは間違いねえ。オレらはそれを静観する。そして六つ集めて疲れ果てた奴を……頭からガブリだ!」
「やはり獣人一狡猾と言われるガーティー様だ。なんて計画を思いつきやがる。この計画、きっとうまくいく!」
気を良くしたガーティーはもう一度雄叫びを上げた。
グオオオオオオッ……!
……
ブランドル大陸で野心を持つのは、なにも陸上生物だけではない。
七つの宝玉の噂は、海を根城にする海王ポパスにも当然届いていた。
「ウォホホホホ……まさか海底にそのうちの一つが眠っておるとは。吾輩ら海王族にも運が巡ってきたというもの」
彼の手には藍色の宝玉が握られている。
残り六つを奪いに地上に軍を出しますか、という司令官の提案を、ポパスはヒレのついた手で制した。
「それはならぬ」
ポパスは冷静だった。
「残りの六つを巡って、地上人どもを争わせるのだ。いずれどこかの勢力が勝利するだろう。吾輩らが動くのはそれからでも十分であろう」
司令官もこの作戦に感服してしまう。この戦い、むやみに動いた方が負けだ。
海王軍は穏やかな海のように沈黙を決め込むことにした。
……
「ワシの時代がやってきたんぢゃ!!!」
こう叫ぶのは狂魔術科学者・ミング。
齢100を超える彼であるが、自身に改造を施し、未だに健康そのものである。
彼は自身の魔術と科学力で数々の超生物を生み出し、独立した一つの勢力を保っていた。
「ワシの作った怪物が拾ってきた橙色の宝玉……。違う色のものをあと六つ集めれば、どんな願いでも叶う! 最強の怪物を作るもよし、永遠の命を手に入れるもよし、この世の王になるもよし、思いのままぢゃあ!!!」
人造生物の一体が博士に問う。
「マスター、ゴ命令ヲ。残リ六ツモスグニ集メマス」
しかし、ミングは「その必要はないのぢゃ」と笑う。
「待つのぢゃ。どこぞのバカが六つ集めるのを。そやつからまとめて奪った方がよっぽど効率的ぢゃからのう」
悪の道に走らなければ……と誰もが惜しむ天才的頭脳を誇るミング。やはりすぐに宝玉を集めようとする愚は犯さないのだった。
……
ブランドル大陸、とある小国の田舎で暮らす老夫婦。
「なあ婆さんや、近頃平和になったのう」
「ええ、昔は過激なことを考える人たちがしょっちゅう物騒な事件を起こしていたのに、すっかり大人しくなって」
「ワシらのような庶民は平和を願ってやまなかったが、それをついに神様が叶えてくれたのかもしれんのう」
夫が嬉しそうに笑う。
「何となく……この平和はずっと続く気がするのう」
「私もそう思います」
「世間じゃ、七つ集めると願いが叶うとかいう宝玉が話題になっておるが、別にそんなもの集めなくても願いは叶うということじゃのう」
「ええ、そうですとも」
二人は穏やかに茶をすすった。
おわり
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