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7、〈道化師と黒猫〉停の花嫁

 結婚式がおわった一行は、披露宴のひらかれる〈道化師と黒猫〉停のある、広場の一角に向かった。とんがった帽子に、ひらひらした上着の楽師が行列の前にとびだし、リュートの陽気な曲を弾きだした。


 その楽曲にみちびかれて、遠巻きにしていた村人が行列にくわわりだした。広場の外からも人びとが集まり、百人近いパレードにふくらんだ。


 式場の寺院に来るときは近親者だけのさみしいものだった。こうして多くの祝福の声があがると、ランドは晴れやかな気持ちになった。


 もっともお目当ては、このあとの披露宴でふるまわれる無料の酒とご馳走だろう。村人はそのお相伴にあずかるきっかけをうかがっていたに違いない。新郎新婦のお披露目の参加者は多いほうが華やかでいい。


 〈道化師と黒猫〉停は、木の板を重ねたこけらぶきの屋根の、赤レンガ造りの平屋だ。宿泊施設はなく、食堂と酒場専門の店だという。


 披露宴会場の外では、いくつものテーブルに立食形式の料理の皿が準備されつつあった。店の壁ぎわにはワインの樽が並べられている。村人はそこから自由に飲み食いできるのだ。


 〈道化師と黒猫〉停のある広場に、四頭立ての有蓋馬車が入ってきた。馬車が酒場の前に止まり、御者が開けたドアから令嬢がおりたった。


「ポーラさん」村人から口ぐちに彼女の名前があがった。


 ポーラは、額の中心で分けた金髪を編みあげ、飾付きのピンで頭に止めている。立て襟の胸もとが大きく開いた、白地に花柄のワンピースのドレス姿だ。


 ランドは、以前にもまして美しくなったと感嘆の目を見はった。


 ドレープのながれるスカートのすそをゆらして、ポーラが近づいてくる。そのうしろには、腰の曲がった灰色のローブの老人がついている。フードごしの目がするどい。ポーラのボディガードの魔術師だ。


 〈道化師と黒猫〉停に入ろうとしていた婚礼の一行は、ハッと身をこわばらせた。オベリスが息をのんでいる。縁談を断わった相手が、この披露宴の会場にあらわれるとは思いもよらなかったのだろう。


「ポーラさん、どうして」ようやくオベリスが声をはっした。


「かつての縁談の相手が、この披露宴に参加してはいけないんですか」


「いや……」オベリスはとまどいを隠せないようだ。


 大地主の娘が出席を望んでいるのに、それを断われるはずもなかった。


 老魔術師をしたがえたポーラが、オベリスと、車椅子のフェリシアの横をとおって、披露宴の主役より先に会場に入っていった。


 父親のオドリゲスの姿はない。ポーラは数人の従者だけで、この披露宴会場をおとずれたようだ。そのポーラの目的をランドはいぶかった。


 婚礼の一行が店内に入ると、看板猫のプルートが丸テーブルから降りたって、オベリスと車椅子のフェリシアを迎えた。


 武装するランドとゴーラを見た店主がとんできた。武器をあずかると主人が申しでた。シモンがあいだに入り、「彼らはフェリシアの用心棒なんだ」と武器の携帯の許可をかけあってくれた。


 店内に配置されたテーブルには、乾杯用のコップが用意されていた。ランド、ゴーラ、チビットの席も、店の戸口に近い位置にもうけられていた。奥のカウンターの前の新郎新婦のテーブルに、オベリスがフェリシアの車椅子を押していった。


 新郎新婦のななめ前のテーブル席に、ポーラと老魔術師がついている。酒場の主人が急きょ席を用意したのだろう。


 客のコップに赤ワインがつがれていく。テーブルには、オードブルのウナギのパテが並べられた。披露宴のコース料理はふつうに進んでいく。宴席の雰囲気はあまり楽しいものではなかった。


 客は、お祝いの言葉や、オベリスとフェリシアの挙式の話題をあえてさけているようだ。食事をするポーラにはあまり視線を向けないようにしている。披露宴会場は、ぴんとはりつめた空気につつまれていた。


 オベリスだけは幸せそうだ。車椅子のフェリシアにときおり話しかけながら、食事を楽しんでいる。新郎新婦席のうしろのカウンターの横にドアがあり、料理を手に給仕が出入りしている。そこに厨房があるのだろう。


 新郎新婦に近いテーブルに、花嫁の伯父のシモン、その兄のゲール、フェリシアの両親が座っていた。シモンがスピーチに立ちあがった。ななめ前の席のポーラの様子をうかがい、なんだかしゃべりにくそうだ。


 シモンは、フェリシアの生いたちから話しはじめた。


「フェリシアはわたしの妹の娘で、パン焼き職人の妹夫婦のあいだに生まれました。パン焼きの仕事に忙しい両親は、おさないフェリシアを、わたしの水車小屋にあずけていました。粉ひきの仕事も暇じゃありませんけどね。そんなわけで、彼女はわたしの娘のようなもんです」


 5歳のフェリシアはおてんば娘だったらしい。彼女のいたずらがすぎて、あやうく水車小屋をふきとばす事態になりかけたという。


「小屋のなかは小麦の粉でじゅうまんしています。それに空気がまじりあってガス状になっていると、とても危険なんです。火花ひとつで大爆発ですよ」


 フェリシアは、小麦をひく石臼のそばで遊んでいた。彼女のおさない手から、間一髪で、火打石を取りあげたらしい。


「あのときは肝をひやしたもんです」とシモンが苦笑いをうかべた。


 オベリスとフェリシアのなりそめや、親の決めた縁談から逃げ、駆けおちをはかった挿話は語られなかった。ポーラの耳を意識したにちがいない。


「オベリスとフェリシアが結婚するまでには数奇な出来事がありました」


 駆けおちの途上、2人の乗る荷馬車が崖くずれに巻きこまれた。フェリシアは御者台の下敷きになり、意識不明の重体になった。


「フェリシアは事故で昏睡におちいったのではありませんでした。生死のさかいをさまよっていたフェリシアの魂は、彼女の体からぬけだしていたんです」


 フェリシアは、災害現場に倒れているオベリスを見つけた。彼女の魂はオベリスに乗りうつり、彼の体をあやつって、安全な水車小屋まで運んだと語った。


 シモンの語るエピソードに披露宴の客は心をうたれているようだ。


「オベリスとフェリシアは婚姻によってひとつに結ばれました。それだけでなく、いまや2人の心と心はひとつになっているんです」


 シモンが、オベリスと並んで車椅子に座るフェリシアを指さした。


「わたしの姪からも一言いただきましょう」


 披露宴の客の視線が、花嫁衣裳のフェリシアに集中する。彼女はうつろな表情でなんの反応も示さず、ただ椅子に腰かけているだけだ。ランドは、窓ぎわ席のポーラの横顔に憎悪の色を読みとった。


『みなさん』ランドの頭にフェリシアの声がひびいた。


 それは他の客にも聞こえたらしく、宴席がさざなみだった。あたりをきょろきょろ見まわす者もいる。おどろいて互いに見かわす者もいる。フェリシアが昏睡状態から目覚めたという話をうたがっていたのだろう。


『わたしは事故からずっと夫の体のなかで眠りつづけていました。いまでも、わたしの心と肉体は別べつです。自分の意志で自分の体を動かすことができません。夫はそれでもかまわないと、わたしを妻に選んでくれました。わたしは――』


「こんなの茶番よ」


 ポーラが音をたてて立ちあがった。その場のしんみりとした雰囲気がいっきにやぶられた。隣の老魔術だけがなにくわぬ顔で食事を続けている。


「オベリスさん」ポーラの口調はあらい。「あなたは心のない人形と結婚したんだと、まだわからないんですか。オベリスさんの体にフェリシアさんの魂が乗りうつり、あなたの命を助けただなんて、作り話もいいところです」


「いや」オベリスがやんわり反論する。「こうしてフェリシアの声が聞こえているし、彼女の口から、ことのてんまつも聞いている」


「それがでたらめだと言うんです。サーカスの見世物に腹話術があります。人形を生きているようにしゃべらせる術だそうです」


「誰がなんのために、そんなイカサマをしていると言うんですか」


 オベリスの口調もきつくなりだした。


「あの冒険者よ」ポーラが指さしたのはランドのテーブルだった。「彼らは、フェリシアさんの魂の捜索を依頼されていたそうです。それが見つからなかったものだから、こんなあざむきで依頼金をせしめたんです」


「どひゃあ、ぬれぎぬだわ」チビットがテーブルから舞いあがった。


「あの妖精が怪しいですね。聞くところによると、腹話術(ベントリオキズム)の効果の幻術(イリュージョン)があるそうです。それでフェリシアさんの声を再現しているんでしょう」


 老魔術師が料理の皿から顔をあげる。あの男の入れ知恵ではとランドはうたがった。ポーラはそれを告発しに、この場にあらわれたんだ。


「だったら」チビットが反論する。「あんたの魔術師に魔法感知(ディテクトマジック)をさせればいいじゃない。あたしが魔法を行使していないと、それでわかるでしょ」


「どうでもいいわ。いずれにしろ、フェリシアさんは自分ではなにもできないんですよ。その面倒をいったい誰がみるんですか」


「もちろん、ぼくが彼女の世話をします。フェリシアはぼくの妻ですから」


 オベリスがそう言いきった。


「けっこうです。こんな茶番にはもうつきあっていられません」


 ポーラが、披露宴のテーブルのあいだを足早に抜けていく。老魔術師が名残おしそうに料理を見やり、女主人のあとについて行った。


 大地主の娘が会場を出ていくと、ほっと安堵の空気がながれたようだ。とまどいはあるものの、つぎのコース料理が運ばれてくると、しだいに陽気な会話や、笑い声があがるようになった。宴席の客にとって、オベリスの結婚相手が人形だろうとなんだろうと関係ないのだ。


 新郎新婦席のオベリスが、フェリシアの結婚指輪をはめた左手をとっている。オベリスの表情にうたがいの色はない。2人の心が一体になったいま、その心がフェリシアのものだと間違いなくわかっているのだろう。


 宴もたけなわになり、シモンが司会に立った。


「ここで、リュートの演奏を聴いてもらいたいと思います」


 店の出入り口に近いランドのテーブルから見て、左側の壁のカウンターよりに、幅2メートル、奥行き1メートルほどの小舞台が作られている。ふだんからここで余興がもよおされているのだろう。


 店の正面の出入り口から、黒いドミノのフードを目深にかぶった、長身で手足の長い男が、荷車を押して登場した。荷車には麻袋が山積みになっている。その男は楽器をたずさえていなかった。


 司会のシモンが、えっ、という顔つきをしている。シモンが手配していたのとは違う人物があらわれたようだ。


 芸人が荷車をステージに横づけにし、そこに上がった。


「予定していた演奏家が出演できなくなり、わたしが代役を頼まれました。これから披露いたしますのは、白煙の舞という舞踏でございます」


 そのとき、ランドの背後の扉が開いた。とがった帽子にひらひらした上着の若い男がリュートを手に入ってきた。オベリスとフェリシアの結婚式のあと、パレードで陽気な曲を演奏していた楽師だ。


「おまえ」その楽師がステージの男に指を突きつけた。「いきなりおれを殴りつけやがったな。おかげて目をまわしちまったじゃないか」


 開いたドアから吹きこんだ突風が、ステージの男のフードをまいあげた。青黒い髪を頭の両側にたらし、おちくぼんた目の光る男――死神のジョンだ。


「くそっ、死なないように手加減したのがいけなかった」


 ジョンがステージで地団太をふんだ。


 ランドは足もとの複合弓(コンポジットボウ)をそくざに取り、腰の矢筒から矢を引きぬいた。ゴーラも椅子にかがんで、かぎ爪と槌の合わさった戦槌(ウォーハンマー)を取る。


 ランドは矢をつがえ弓をかまえた。


 同時にジョンが、50キロはありそうな麻袋を片手で投げつけてきた。20メートル離れたランドのテーブルを直撃する。白い粉が飛びちり、もうもうと白煙があがった。その煙幕で、ランドはジョンに弓の狙いがさだめられない。誤射して客に当てるわけにもいかない。


 店内にまいあがった白い煙のなかで、麻袋が床に落下したり、テーブルを倒したり、食器を破壊したりする音がひびく。人びとの怒号と悲鳴があちこちでする。死神の笑い声が高だかとあがった。


 ランドは弓を下ろした。ふつうの武器が死神に通用するはずもない。


「チビット、弓矢を増強(エンチャント)してくれ」


 弓が魔法のかがやきをおびると、ランドは姿勢を低くして、視界のうっすら開けた床をたよりに、店の片側の壁に近づいた。この壁の先に、ジョンが麻袋を投げるステージがあるはずだ。


 ランドは、床にこぼれた白い粉を指先に取った。小麦粉のようだ。


『――それに空気がまじりあってガス状になっていると、とても危険なんです。火花ひとつで大爆発ですよ』


 ランドの頭にシモンの言葉がよみがえった。瞬時に死神の狙いをさとった。


「みなさん、店の外に避難してください。この店は爆破されます」


 チビットとゴーラにも、ランドの意味するところがわかったようだ。


 出入り口に飛んだチビットが、白煙のなかで光りを発して旋回し、避難口を教えた。宴席の客は、突然の出来事にまだとまどっているようだ。


「早く逃げるんだな。こっちなんだな。大爆発するんだな」


 ゴーラがめくらめっぽうに客をつかまえ、強引に出口に押しやっているようだ。白い粉の散った石畳に、披露宴の客の靴が行きかっている。


 ランドは、爆発にそなえて這いつくばると、ジョンの勝ちほこった笑い声の聞こえる方向に向かって、すばやく進んだ。


                  *


 ポーラは、乗ってきた四頭立ての有蓋馬車のなかでいきどおっていた。冒険者のたくらみを暴露したのに、オベリスは耳をかそうともしなかった。このまま自宅に引きあげるのもしゃくにさわる。


 ポーラの隣では、老魔術師が背もたれにのけぞったのどを見せて、食後の居眠りをしている。のんきなものだと、いっそういらだちがつのる。


 披露宴はどうなっただろうか。ポーラの告発に気まずいままだろうか。それとも、楽しくやっているだろうか。オベリスとフェリシアを祝う宴会など見たくもないけれど、その様子は気になった。


 ポーラは、老魔術師が眠りこけているのを確かめ、そっと馬車をおりた。馬の手入れをしていた御者に、しっ、と自分の唇に人差し指をあてて見せる。


 〈道化師と黒猫〉停のレンガ壁には、格子のはまった幅30センチほどの縦長の通風窓が開いている。そこから白い煙がもれだしていた。


 不審に思ったポーラは、その通風窓に寄った。店内は白い煙で充満していた。甲高い笑い声が聞こえる。たくさんの大声や、慌ただしい靴音もする。


 ――なにをやっているのかしら? 余興かなにかだろうか。


 窓わくにのせた手を返すと、白い粉がついていた。小麦粉?


『――それに空気が混じりあってガス状になると、とても危険なんです』


 シモンのスピーチがよみがえった。小麦畑の地主の家に生まれたポーラには百も承知の知識だ。おさないころから注意するように言いきかされてきた。


 ぽとり、と足もとになにかが落ちてきた。拾いあげると、火口箱だった。


 うふふ――上から男の子の笑い声がした。


〈道化師と黒猫〉停の、こけらぶきの屋根の軒には、昼下がりの日差しを反射する蜘蛛の巣がかかっているだけだった。


『こうしてオベリスとフェリシアは婚姻によってひとつに結ばれました。それだけでなく、いまや2人の心と心はひとつになっているんです』


『もちろん、ぼくが彼女の世話をします。フェリシアはぼくの妻ですから』


 頭によみがえった言葉に、ポーラの心はどす黒いうずにのみこまれる。


 火口箱から火打石と打ち金を取りだした。それを打ちつけ、あがった火花をほくちにうつす。白く煙る窓のなかを見やり、ためらわず火種を放りこんだ。


                  *


 床に身をかがめて進むランドは、舞いあがる白煙のなかに、高笑いの相手の痩身で手足の長い影を確認した。矢をとって弓につがえる。


 そのとき、ななめ前方の壁ぎわで、小さな炎がひらめいた。


「ふせろ」ランドの警告と同時に轟音がとどろいた。


 ランドの体が横ざまに吹きとばされ、壁に激突した。「うへっ」岩の転がる音がする。天井板や梁材の落下する音がひびく。ランドは頭も守って石だたみにうずくまった。頭上を強烈な熱風がうずまいている。ランドは息苦しさをおぼえた。爆発は、店内の酸素を燃焼しつくすつもりのようだ。


 爆発が静まったあと、ランドは目を開けて上半身を起こした。


 熱波にゆらめく赤い視界のなかで、テーブルや椅子などの木材が燃えあがっている。天井の一角がやぶれ、そこから黒い煙が吹きあがっている。


 店の出入り口の近くで、ゴーラが起きあがった。ゴーラの口があんぐり開き、そこからチビットが這いずりだしてくる。2人とも無事だったらしい。披露宴の客の姿は見当たらず、避難は間にあったようだ。


 オベリスとフェリシアは? シモンはどうした?


 新郎新婦の席のあった場所は、天井板や、梁材や、折りかさなった柱でうまっていた。その上部が黒煙をあげ燃えあがっている。板材の山のそばに車椅子が倒れ、フェリシアの体がうつぶせになげだされていた。


 司会をしていたシモンと、その兄のゲールの姿は見当たらなかった。


 オベリスは、天井の板材の下敷きになっているんだ。ランドは、鼻と口をそででおおい、店の奥の被災者の救出に急いだ。


「こんどは邪魔させないよ。もうじき魂が手にはいるんだからね」


 オレンジ色の炎の明かりのなかに、かげろうにゆれる影がのび、ランドの行くてをさえぎった。それは、やせた長身で手足の長いシルエットに変わっていく。死神のジョンに違いない。


 ランドは複合弓(コンポジットボウ)に矢をつがえる。そこに、戦槌(ウォーハンマー)をかまえたゴーラが参戦する。増強魔法の効力はまだ続いていた。光りかがやくチビットが、ゴーラの頭上を旋回し、呪文発動の機会をうかがう。


「死神に立ちむかうとは、こしゃくな人間どもだ」


 人間の形をしたシルエットが大きく両手を広げた。その影の、両肩のあいだにあるはずの頭がないように見える。


 ランドはゴーラに目つきで合図をおくり、いっせいに飛びかかった。ランドは、攻撃のふりでジョンの横にまわりこむ。死神の相手はいったんゴーラにまかせ、天井の下敷きになったオベリスの救出を優先した。


 行き先の床に、全長1メートルの巨大な鎌の刃が突きたった。ランドはそくざに飛びのく。背後にジョンの姿はなかった。煙をあげて延焼の広がる赤い視界のなかに、戦槌をふりかぶったゴーラが立ちつくしている。


 ゆらりと大鎌が浮きあがった。三日月の青白い閃光をえがく刃の下をランドはかいくぐった。大鎌は、水平に、垂直に、とふりまわされる。その攻撃をさけるのがせいいっぱいで、鎌の手もとにいるはずの本体に弓矢の狙いがつけられない。


 テーブルの木っ端につまずいた。うしろに倒れこんだランドに、なぎはらう巨大な刃が迫りくる。がちっ、とジョンの大鎌を戦槌(ウォーハンマー)が受けとめた。ゴーラが、宙に浮かぶ鎌と柄を交わらせて押しあいになった。


 ランドは、つばぜりあいの下から横ざまに逃れでた。


 そのとき、チビットの魔法の矢(マジックアロー)が飛来し、大鎌の本体に命中した。ジョンの悲鳴があがり、ゴーラの戦槌(ウォーハンマー)に、鎌がはじきとばされた。


 ランドの目が、手足の長いシルエットが頭上高くのびあがるのをとらえた。すぐさま、増強(エンチャント)された矢を連射した。ジョンの悲鳴がたてつづけにあがり、その本体が姿をあらわした。


 漆黒のローブの脇腹に三本の矢を突きたてられた死神が、両手を高く上げている。その肩に、頭はのっていなかった。爆発のさい、ふきとばされたのだろうか。


「もう許さないよ。ルールをやぶってでも、おまえたちの魂をかりとってやる。死神の職なんて、くびになったってかまうものか」


 くぐもったジョンの声が、どこからか聞こえてきた。床にころがった大鎌が宙に浮いて、首のないジョンの手に戻った。


 死神の声はどこから聞こえてくるんだ? その頭を粉砕できれば――。


 ランドはあたりを見まわした。燃えあがる炎と黒煙と熱気の充満する店内に、ジョンの頭部は見つけられなかった。



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