4、あらたなる霊能者あらわれる
死神の初心者講習の行なわれた鍾乳洞で、ジョンは、海草のような青黒い髪をかきむしり激怒していた。ジョンの前では、双子の魂が実体化したジョーイがふてくされ、レーミアがしおれている。
「レーミアが邪魔しなかったら、あの魂を手にいれることができたんだ」
ジョーイが自分には落ち度がない態度で主張した。
「でも、死ぬとはかぎらない人の命をうばってはいけないわ」
レーミアが反論した。
「そのとおり、オベリスの霊魂の色はグレーだ。死ぬ運命のブラックと違い、おれたちはその死に関与できない。おまえたちがしでかそうとした不祥事がコンプライアンス局に知られたら、その監督官のおれはどうなる?」
ジョンが自分のあごに両手をかけ、
「おれはくびだ」と首からはずして持ちあげて見せる。
ジョーイとレーミアがしらけた表情で見つめている。
ジョンの得意げな表情がきえ、自分の頭をもとに戻した。
「おれは死神の職をやめさせられるというプラクティカルジョークだったんだが、胎児の霊魂のあんたらにはまだ理解できなかったようだな」
「けどさ」とジョーイ。「相手を殺さないで、どうやってその魂をうばうんだ」
「そこは頭をつかうんだ。ここはベテランのおれにまかせておけ」
「でも」とレーミア。「わたし、お父さんもお母さんも殺したくないわ」
「あの2人は、事故現場からおれたちを見捨てたんだぞ」ジョーイが反発する。
「でも」と言いあらそう双子をジョンはなだめにかかる。
「お嬢ちゃんは、お父さんとお母さんといっしょに暮らしたくないのかい」
「それは暮らしたいわ。でも、わたしはうまれる前に死んじゃったから……」
「そうなんだ」とジョンが口調をやわらげる。「お嬢ちゃんは現世に戻れなくても、お父さんとお母さんをこちらの世界に連れてくることはできる。そうして4人家族で仲良く暮らせばいいじゃないか」
「おれたちを見捨てた薄情な親と仲良くできるもんか」
「ジョーイ、おまえは黙っていろ」
「4人家族で暮す」レーミアはまんざらでもなさそうだ。
「そうだよ」とジョンは猫なで声で、「お嬢ちゃんとジョーイとおれとで協力しあい、あんたらの両親の魂を手にいれようじゃないか」
「けどさ」とジョーイ。「直接、手をくだしたらいけないんだろ。相手に自殺行為をさせるしか手はないじゃないか」
自殺行為か――。ジョンの頭にひらめくものがあった。その方法は成功の可能性が高いように思えた。しかも、美しいところがジョンの気にいった。
死神4原則
1、死ぬ運命の霊魂は、それを獲得する割りあてが決められている。割りあてられていない死神がその魂を刈りとってはいけない。
2、生きる運命の霊魂は決して刈りとってはいけない。
3、生死の決まっていない霊魂は、それが肉体をはなれたとき、その場に居合わせた死神が刈りとってもかまわない。
4、ただし、死神は、直接、間接をとわず生物の生き死に関与してはならない。
*
土手の上の崖をシルエットに変え、まばゆい日差しがふりそそいでいる。正午をまわったころあいだ。ランド、ゴーラ、チビット、オベリスは川岸にそって歩いていた。あてがなくなったフェリシアの魂の捜索をいったんきりあげ、シモンの水車小屋に引きかえすところだった。
「御者台にあらわれた双子は、流産した胎児の魂みたいね」
チビットが、ゴーラの頭上から話しかけた。
「そうだろうね」ランドは、ならんで歩くオベリスに視線をおくった。
「間違いありません。2人はジョーイ、レーミアと呼びあっていました。生まれた子の性別によって、そう名付けようとフェリシアと話しあっていたんですから」
その幼児が、ランドたちの乗った荷馬車を崖から転落させようとした。ランド、ゴーラ、チビットはあの双子とかかわりはない。馬車に同乗していたオベリスの命をねらったのだろう。では、その動機はなにか。
「生まれる前の命を事故でなくしたんで逆恨みしているのよ」
チビットの指摘に、うなだれたオベリスは足どりが重くなったようだ。
「あれは不慮の事故だったんです」とランドはなぐさめた。「あの地震と崖くずれは誰にも予期できませんでした。あなたに落ち度はありません。いまはフェリシアさんの回復を第一に考えましょう」
オベリスの返答のないのが、ランドは気がかりだった。
水車小屋に戻ると、仕事場に隣接した居間に、40年配の男が待ちかまえていた。男はつやのある黒髪をなでつけ、わし鼻に、とがったひげをたくわえる。赤茶のチュニックにビール腹をつつみ、乗馬むちを手に、ブラッカエのズボンと革靴で立ちはだかっている。
「父さん、どうして」オベリスはおどろいた様子だ。
オベリスの父はロドリーと名のった。ロドリーは小麦粉を手広くおろしていて、粉ひきのシモンとは商売仲間だと話した。
「パン焼きの小娘はもとに戻らないようだな。霊媒師の話によれば、あの娘は魂のぬけがらだと言うじゃないか。心のない女を、おまえはいつまでも愛しつづけられるのか。はらんでいたおまえの子供は流産したんだろ。もはや、あの女とはなんのしがらみもないんだぞ」
オベリスは言いかえさず、黙って父親の言葉を聞いている。
「おまえも一生、独身ではいられまい」ロドリーが続ける。「地主の娘のポーラさんとの縁組みだが、先方は破談を考えなおしてもいいと申しでてくれた」
はっとオベリスが顔をあげた。
「ポーラさんはいま、アベロンの都市にある彼女の大伯母の屋敷にいる。そこに1週間の滞在の予定だ。おれもそこで待っている。おまえは結婚を承諾するんだ。返事を長引かせるんじゃないぞ」
わかったなとロドリーが念をおし、革靴の足音をひびかせて立ちさった。
ぶーんとチビットがオベリスの周囲に飛んでくる。
「地主の娘との結婚を承諾したらだめよ。フェリシアさんとは駆け落ちするほど深い仲だったんでしょう。愛する婚約者をよみがえらせるんでしょう」
「……そうだね」オベリスの声には迷いが感じられた。
フェリシアの魂を見つけられないまま3日が過ぎた。4日目の朝、ランドとその仲間は、オベリス、シモン、ゲールと、気まずいテーブルをかこんだ。かたいパンとスープの朝食は重苦しい沈黙のまま進んだ。木製のコップと皿、スプーンを使う音がやけに耳についた。
「食事のあと、アベロンに行ってみるよ」ぽつりとオベリスが言った。
集まった食卓の視線をさけるように下を向いたまま、
「ポーラさんとの縁談から勝手に逃げだしたのはぼくのほうなのに、先方はそれを許して話をすすめてもいいと申し出でくれた。なんのあいさつもしないのは失礼ですよね。アベロンでは父がぼくの返事をまっているし」
いや、とオベリスが顔をあげた。
「ポーラさんと結婚すると決めたわけじゃないんだ」
「おれはかまわん」とシモンが応じた。「回復の見込みのたたない花嫁をもらってもしかたあるまい。あんたの人生は自分で決めるんだ」
「すみません」オベリスの声に、彼の心のうちがうかがえた。
雨模様のどんよりくもった空の下、オベリスがアベロンの都市に出発した。下流域にあるアベロンは、水車小屋から徒歩で1時間の距離だ。
ランド、ゴーラ、チビットは、4日目の捜索を開始した。崖くずれの近くの川の流域は探しつくした。フェリシアの魂が迷いこみそうな、彼女の友人や知人の住まいも訪問した。もはや万策つきた感があった。
日が暮れはじめたころ、雨が降りだした。ランドの一行はその日の捜索をあきらめ、シモンの水車小屋に引きかえした。今回の依頼は達成できないかもしれない。ランドはそんな予感をいだきはじめていた。
夜になると、雨のいきおいは増した。激しい雨音が水車小屋の屋根をたたき、水車をうち、川面をさわがせる。小屋の窓の板戸を、雨まじりの強風が震わせる。嵐になりそうだとランドは予想した。
雨風は夜通しつづき、明けがたころ過ぎていったようだ。屋根裏の寝わらで、ランドはまぶしさに目を覚ました。フェリシアがベッドに横たわる窓ぎわから、白くまばゆい朝日が差しこんでいる。
ランド、ゴーラ、チビットは1階の応接間におりた。隣接する仕事場では、歯車と石臼の音がひびき、ゴトンゴトンと水車の回転音がいつもより大きい。昨夜の豪雨で川が増水しているのだろう。
パンとスープの朝食のあと、片付いた食卓の上に、シモンが金貨のはいった革袋を置いた。兄のゲールを救出した報酬だという。
「フェリシアの魂の捜索はこれをもってうちきる。姪の体力を維持する魔法の効果は昨夜で切れた。もとに戻る見込みのない体を、魔法の力でいたずらに維持しつづけるわけにはいかない。おれの財力にも限りがあるんだ」
シモンの通告に、ランドはあらがえなかった。探す場所のあてはもうない。フェリシアをもとの状態に戻す任務は失敗におわったのだ。
「わかりました」ランドはくやしい思いで革袋を取りあげた。
ランドの一行は出発の準備をはじめた。ランドは複合弓を肩にかけ、ベルトに矢筒と短剣を装備する。シモンが粉ひきの作業にかかり、テーブルに頬杖をついたゲールが退屈そうにしている。
水車小屋の戸が叩かれた。シモンが仕事の手をとめて応対に出た。
小屋を訪問したのは、40がらみの男だった。広い額の左右に青黒い髪をたらし、おちくぼんだ眼窩の奥の瞳が笑っている。痩せて背が高く、漆黒のマントとローブからのびる手足が異様に長い。
「わたしは世界最高の霊能者ジョンと申します」
「なんだと」ゲールがそくざに反応した。「世界一はわしだ。大都市アベロンでは、わしの偉大な霊能力の噂でもちきりになっているだろう」
「あなたはフェリシアさんの霊魂を呼びもどすのに失敗しましたね」
「なに」とゲールは言葉につまった。
「彼女の霊魂はある場所にしばりつけられています。あなたが呼んだところで、やって来はしません。フェリシアさんを回復させるには、彼女の体のほうを魂のもとに運ばなければなりません。それで、わたしはここに来たんです」
「フェリシアさんの体がここにあると、どうしてわかったんですか」
ランドはジョンの説明をうたがい、そう問いかけた。
「フェリシアさんの霊魂から聞いたんですよ。伯父の水車小屋にある彼女の体を持ってきてほしいと本人から頼まれたんです」
「その魂が自縛している場所はどこですか」
「城塞都市アベロンです。わたしがこれからその場所にご案内しますよ」
「わかった」とシモンが同意した。
「シモンさん、あなたはこんなうさんくさい話を信用するんですか」
「フェリシアの体はいずれその機能をうしなうだろう。姪が目覚めるかもしれないなら、それがどんなささやかな可能性でも、おれは賭けてみるつもりだ」
「しかし」と反対するランドをさえぎり、
「きみへの依頼は解消したはずだ」
ランドは言葉にうしなった。自分はフェリシアの魂の捜索に失敗しているのだ。
「土手の上の街道に馬車を用意しています」ジョンが口をはさんだ。「フェリアさんの体をそこまで運ばなければいけません」
「では、ぼくが手伝います」とランドはかってでた。
これからアベロンに向かうつもりだったと嘘をつき、「その報酬はいらないので、アベロンまで馬車に乗せていってください」
シモンが、ランドとジョンの顔を交互に見くらべている。ランドとその仲間のいるほうが、やはり心強いと判断したらしい。
「それでもかまわないか」とジョンにたずねた。
「ご自由にどうぞ」うさんくさい霊能者が余裕の態度でこたえた。
シモンを先頭に水車小屋を出た。ランドとゴーラは、寝わらをしいた戸板でフェリシアを運んでいる。そのうしろを、のんびりした足どりのジョンが続く。
ゲールは、あんな霊能者は信用できないと同行をこばんだ。アベロンを根城にする赤鼻団の報復をおそれているのもあるだろう。
川岸で、白いしぶきがあがっている。昨夜の嵐で増水していた。カナヅチ川を渡れるだろうかとランドは気がかりになった。
水柳の林をぬけてカナヅチ川の本流に出た。土手のきわまで水位が上がり、波立つ川の流れはそうとう速くなっている。戸板に乗せたフェリシアを運んで、向こう岸に渡るのはあまりに危険だ。
「近くに橋はかかっていないんですか」ランドはシモンにきいた。
「アベロン市内か、オベリスの住んでいたミルリバー村まで戻らないとない」
これから行く目的地のアベロンで橋を渡ってもしかたない。アベロンの真反対に位置するミルリバーまで引きかえす手間ひまもかけられない。
「では、ボートはありませんか」
「川岸に一艘、もやってあったが、昨夜の嵐で流されてしまった」
豪雨にそなえ、岸に上げておいてもらいたかった、とランドは悔やんだ。
土手の上の街道には馬車が用意されている。ランドは対岸に視線をおくった。川幅は40メートルほどか。シモンに、できるだけ長いロープはないかときいた。
了解したシモンが、ほどなく、水車小屋からロープの束をかついで戻ってきた。長さは45メートルあるという。それだけあれば充分だ。
ランドは、ロープの一端をゴーラの胴体に結びつけた。反対側の端をシモンと握って、まずはゴーラを対岸に渡らせる。
川に入ったゴーラは、たちまち胸のあたりまで沈んだ。重い岩の体でも、増水した水流にほんろうされている。ランドは慎重にロープを送りだす。ゴーラが流されそうになるたび、ロープを引いて補助した。上空で、チビットが応援する。
ゴーラは、ななめに流されながらも川を渡りきった。ランドはロープの端を岸辺に近い大木に結びつけた。対岸まで命綱のロープが張られたのだ。
その命綱を伝い、霊能者のジョンが川を渡りだした。ジョンは痩身のわりに腕力が強く、流れに足をとられながらも、危なげなく向こう岸にたどりついた。
つぎはシモンだ。「充分に気をつけてください。増水した川の流れにさらわれたら、助からないかもしれません」
「心配するな。おれはアベロン1の泳ぎの達人なんだ。水車小屋で育ったおれにとって、カナヅチ川は自宅の庭みたいなもんだよ」
それでも、流されないにこしたことはない。腰まで水につかったシモンが、水流にあらがって川を渡りきるまで、ランドはずっと気をもんでいた。
いよいよランドとフェリシアの番になった。ランドは、木に結んだロープをほどいて、フェリシアの腰に結びかえた。向こう岸のゴーラに、あまったロープを体に巻きつけてぴんと張るように指示した。
ランドはロープを手首に巻いてつかむと、フェリシアをかかえて川に入った。すぐさま早瀬に足をとられた。ランドは、フェリシアの顔が水上に出るように片腕で支えた横泳ぎの姿勢で、逆巻く流れに身をまかせる。
細かく飛びちる水ごしの視界に、対岸で命綱のロープをつかんでふんばるゴーラの姿があった。シモンも加勢にはいった。ゴーラとシモンを支点に、ランドは振り子のように向こう岸に運ばれていく。
川岸が迫ってきた。ランドは、フェリシアの体をかばって土手にぶつかった。離しそうになった命綱を握りなおす。しぶきから顔を上げると、40メートル先でロープを持ったゴーラとシモンの心配そうな顔がかいま見えた。
ランドは、フェリシアの体を岸辺に引きあげにかかった。水流はなおもランドを川に引きずりこもうとする。
ぷつり、とロープの抵抗がなくなった。命綱が切れたのだ。ランドとフェリシアは急流にのみこまれた。水中にしずんだランドは、フェリシアを守ろうと、とっさに彼女の体を両手でかかえこんだ。
流される動きが不意に止まった。ランドは、フェリシアを抱きかかえたまま、水流にゆられている。ランドは苦しい息をこらえる。2人の体がずるずる引っぱられだした。――いったい誰が?
引きあげられた岸辺に、ランドはフェリシアとともに転がった。酸素をもとめる肺があえぐ。息をととのえて上半身を起こした。
切れたロープの端を握っていたのは霊能者のジョンだった。そのうしろには、ロープの切れた反動で、ゴーラとシモンが尻をついていた。
あのジョンが1人で、ランドとフェリシアを引きあげたというのか。ランドは、ジョンの人並みはずれた怪力に驚嘆した。
ゴーラとシモンが駆けより、チビットがぶーんと飛んできた。そのあとを、ジョンが両手を背中にまわし、ゆうゆうたる足どりでやって来る。
ランドはジョンに礼をのべた。「うさんくさい霊能者であるかのようにうたがって、申しわけありませんでした」
「あなたを助けたわけじゃないですよ。フェリシアさんの魂のもとに、彼女の体を運搬するのがわたしの役目ですから。いや、いい流されっぷりでした」
ジョンが青白い目を光らせて、不気味な笑みをうかべた。
ランドとゴーラは、フェリシアの体を土手の上に運んだ。街道には、2頭だての天蓋なし4輪馬車が止まっていた。それは6人乗りの大型の馬車で、御者の姿はなかった。ジョンが一人で御してきたようだ。
ランドは思いあたって、双子を探したが、車内のどこにも見当たらなかった。
馬車の二列になった座席の後部にフェリシアを横たえた。命綱に使用したロープは座席の下に積みこんだ。前の席にゴーラとシモン、御者席のジョンの隣にランドがすわると決めた。チビットは、後部座席の背もたれの上にとまっている。
ゴーラの岩の足が馬車のステップにかかると、前輪が嫌な音をたててきしんだ。ランドは、静かに乗車するように注意した。
ジョンが手綱をあやつり、馬車がアベロンに向けて出発した。
ランドはふと、ジョンが水車小屋を訪問したとき、命綱もなく、どうやって川を渡ってきたのかと疑問をいだいた。
ランドはさりげない口調で、その点をジョンに問いただしてみた。
「わたしが土手におりたときには、まだ水位は上がっていませんでしたよ」
ジョンが視線を前に向けたまま答えた。
「あなたの訪問から、フェリシアさんを運んでカナヅチ川に出るまでに20分もたっていませんでした。ずいぶん急激な増水でしたね」
「昨夜はひどい嵐だったでしょう。上流で洪水が起きた場合、そのあふれた水が下流に到達するまでに何時間もかかります。雨はやんでいても、時間差でふいに川が氾濫することだってあるんですよ」
ジョンがもっともらしい説明をつけた。
ランドは御者台から、土手の下を流れるカナヅチ川を見下ろした。白いしぶきをあげて渦巻く流れは、茶色くにごっていない。水量は増えているが、岸にあふれるほどではない。時間差洪水は起きていないようだ。
ランドは、ジョンの黒いマントから滴がたれているのに目をとめた。ジョンが水車小屋を訪問したときには、彼の衣服がかわいていたのを思いだした。
ランドが、濡れた服はどうしたのかとたずねると、
「着替えたんですよ」ジョンはこともなげに答えた。
ジョンは、川に流されたランドとフェリシアを救った一方、その言動にはおかしな点もある。ジョンを信用していいのかと迷うところだ。
カナヅチ川の流れの先に、城塞都市の城壁と塔が見えてきた。アベロンの都市をつらぬいて、この川は流れているのだ。
そのアバロンには、オベリスが昨日のうちに向かっていた。地主の娘との縁談の返事をすると彼は言っていた。オベリスはどうするつもりなのか。
「シモンさんは」ランドはふりかえった。「フェリシアさんとオベリスさんが交際しているのを知っていましたか」
「フェリシアに恋人がいるのは聞いていた。それがオベリスだとは知らなかった。崖くずれに巻きこまれたフェリシアの救援をもとめ、オベリスが水車小屋に来るまでは、あの若者と会ったこともなかった」
「では、オベリスさんは、どうして水車小屋の場所を知ったんでしょうか」
「フェリシアから教わっていたんだろう」
オベリスは荷馬車の転落で負傷していた。その体で水車小屋までたどりついた疲労とショックで、気をうしない、事故が起きてからの記憶をうしなったらしい。本当にそうだったのか、とランドは疑問をおぼえた。
崖くずれの場所から水車小屋まで、健康な足で20分ほどだ。幅40メートルの川を渡り、見つけるのに苦労した水柳の林にわけいって、小屋のある支流に出る。
負傷したオベリスにそれが可能だったのか。オベリスは本当に記憶をうしなっていたのか。そもそも、彼は真実を語っていたのか。
続