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1、死神は手ひどい失策をしでかす

 御者台のオベリスは、白い煙をあげる1頭立ての荷馬車を疾駆させていた。ゆれる御者席の隣のフェリシアが、ゆったりした衣服の腹部を気づかっている。オベリスは17歳で、フェリシアは16歳だ。


 低い丘のふちをオレンジ色にそめる真夏の太陽が、むし暑い日差しを早朝からふりそそいでくる。オベリスの手綱を握る指が、じっとり汗でしめっている。駆け足の馬に1鞭をくれた。


 荷馬車は、そびえる崖ぞいの道を進んでいた。道の反対側には草のまばらな土手がくだり、朝日の反射する川面に、光りの粒をきらめかせている。


「オベリス、スピードを出しすぎじゃない。こんなにゆられたら、お腹の赤ちゃんが馬車酔いをおこすかもしれないでしょう」


 フェリシアが、ふくらみの目立ちはじめた妊娠3か月の腹部を両手でかばう。


「お腹のジョーイはスピード狂かもしれない。きっとはしゃいでいるよ」


「うまれてくるのが男の子とはかぎらないでしょう。レーミアだったら、スピードにおびえて泣きだしちゃうわよ」


 2人は、うまれてくるのが男ならジョーイ、女ならレーミアと決めていた。


「もしレーミアのほうだったら、悪いけど我慢してもらおう。そろそろ追手がかかるころだよ。急がないと父さんにつかまっちゃう」


 白煙のあげる荷台を、オベリスが気づかわしげにふりかえった。


「駆けおちするのに荷馬車しか用意できなかったの?」


「ぼくは小麦商人の息子なんだ。小麦粉を運搬する馬車しか家に置いてないんだよ」


「この白い煙はなんとかならないの?」


「ふだんは小麦粉を運搬しているって言っただろ。荷台は、こぼれた粉でまみれているんだ。なんともならないよ」


「積みこんだ衣服や家財道具がまっ白になっちゃうじゃない」


「パン焼き職人の娘が、小麦粉のまいあがった煙くらい気にするなよ。いつも、粉にまみれてパン生地を練ってるじゃないか」


「でも、ロマンチックじゃないわ」


「追手につかまる前に、まずは大都市のアベロンに逃げこむのが先だよ」


 いくつも小麦畑を経営する大地主の娘とオベリスの結婚が決められたのは1か月前だ。それ以前から、フェリシアとの交際は人知れず続いていた。フェリシアの妊娠が隠しきれなくなり、2人は駆けおちを決行した。


「この先の水車小屋に寄っていけないかしら」


「どうして」オベリスが気のない口調できいた。


「おさないころ、よく遊んでいた水車小屋なの。粉ひきのシモン伯父さんとは、もう会えなくなるから、お別れのあいさつをしたいのよ」


「だめだよ。アベロンに向かう途中の水車小屋に寄ったと父さんに知られたら、ぼくらの行き先の見当がつくじゃないか」


「シモンさんはわたしの味方よ。あなたのお父さんに密告なんてしないわ」


「そんなのわからないよ。金をつかまされるかもしれないだろ。あの偏屈なぼくの父さんにおどされたら口をわるに決まってる」


「シモンさんはそんな人じゃないわ。それに、領主からもらっている水車小屋の管理費で、お金には不自由していないのよ」


「フェリシアがそう言うなら、そうかもしれないけど」


 地鳴りがしたのは、崖ぞいのゆるやかなカーブをまがったときだ。御者台が大きく左右にゆさぶられた。車輪の下の大地がぐにゃぐにゃと頼りなく感じられる。馬がいななき、棹立ちになった。


「地震だ。大きいぞ」オベリスは馬を制御する。


 おびえ、あばれる馬は御者のいうことをきかない。たけりくるって疾走しだす。


 前方の道で、落石がはずんで土手にとびだし川に転がっていった。崖の中腹で土けむりがあがり、岩をはらんだ土砂がなだれおちる。崖くずれだ。このままではそのただなかに荷馬車はつっこんでしまう。


「止まれ。止まってくれ」オベリスは手綱をはげしく引いた。


 荷馬車は止まらず、もうもうとあがる土煙につきすすむ。閉ざされた視界のなかで、岩の落下音と、地すべりの轟音がなりひびく。


 御者席の反対側から、ものすごい衝撃がきた。


 荷馬車が大きくかたむき、がくんと落下した。かたむいたまま進む馬車が横転する。御者台は上になり、下になり、天地の感覚がわからなくなる。つぎの瞬間、オベリスは横ざまになげだされた。


 オベリスは背中を強くうち、意識がすうっと遠ざかっていくのをおぼえた。


                  *


 その中腹のえぐれた崖の上から、ジョンは崩落現場をながめていた。なめらかな赤茶色の地肌が三角形にひろがり、灰色の岩石まじりの土砂が下の道をおおっている。地震はやんでいた。


「こいつは目もあてられねえ」とジョンがつぶやいた。


 ジョンはやせ細った長身を崖からおどらせると、崖くずれのすべり面をひょいひょいと六歩で、土と砂と岩にうまった道におりたった。


 土手をくだった川のほとりに、半ばつぶれた荷馬車が横だおしになっていた。土手にながれこんだ土砂は、荷馬車の近くまでせまっていた。その周囲には、大小の岩がころがっている。


 崖くずれにまきこまれる直前で、荷馬車は落石にあたって道をはずれ、土手に転落したのだろう。そうでなければ、ひとりも助からなかったはずだ。


 ジョンは、乗車していた4人のうち3人の魂がうしなわれるのを知っていた。


「かわいそうだけどねえ。これも運命なんだ。あきらめてくれよな」


 ジョンは、頬骨のはった、あごの長い、灰色の顔をしている。ひろい額の左右に、海草のような青黒い髪をたらし、おちくぼんだ眼窩の奥の目が赤く光っている。黒いマントからのびる骨ばった手足は異様に長い。


 ジョンを見る者がいたら、彼を死神だと思ったかもしれない。人は見かけによるものだ。おれは人間じゃないけどな。


 横倒しの馬車の御者台のあたりから、20センチほどの2つの光りの球が舞いあがった。2すじの光りがとびかい、からみあい、幼子のようにたわむれあっている。


 さて、いやな仕事を片付けちまうか。ジョンは、この仕事が自分に向いていないと感じていた。しかし、妻をやしなうためには仕方ない。


 ジョンのひとふりした片腕に、柄が身のたけほどもある大鎌があらわれた。刃わたり1メートルの湾曲した刃が、青白い半月の軌跡をえがく。


 ジョンは、まよっている魂を刈ろうと土手にふみだした。


 ずしん、と背後で地響きがした。大きさがひとかかえもありそうな、落石が地面でひとはねして、ジョンの頭上にせまっていた。


「あっ――」がつん! 


 首がもげて飛んだ。くるくる視界が回転する。はずんで、はずんで、ジョンの首は止まらない。なにかにぶつかり、ジョンは気をうしなった。


 ・・・・・・。


 ジョンは、やけつく暑さに目覚めた。まぶしさに目をしばたたく。円錐形にえぐれた崖のシルエットがそびえ、その上にかかった太陽が、放射状のぎらつく日差しを放っている。正午だろうか。


 ジョンの頭は、草むらの石をまくらに横たわっていた。後頭部のほうからせせらぎがする。土手を川べりまで転がりおちたんだとわかった。


 ジョンは視線だけであたりをあらためた。


 土手の降り口に、はだけた黒いマントから両足をのぞかせた、上下さかさまのジョンの胴体が両手をひろげて這いつくばっていた。


 情けねえなあ。なんて無様な姿なんだ。


「おい、起きろ。自分の頭をひろいに来るんだ」


 ジョンの体がのろのろと起きあがり、土手の上の道にはいあがっていく。


「バカ。そっちじゃない。逆だよ、逆。川べりまでおりてこいよ」


 ジョンの体は、なにかを探すようにその場でくるくるまわりだした。


「なに、やってんだ。こっちだよ。自分の頭が見えないのか。――見えないよな。おーい、こっちだって。おれの声が聞こえないのかよ」


 土手の上につったったままの体に、聞こえている様子はない。


「こっちだ、こっち。ほら、手の鳴るほうへ。バカ、手なんか叩かなくていい。ああ、もう、頭と体がばらばらだとめんどうくせえなあ」


 ここは意志の力で手足を遠隔操作するしかない。


 ジョンは自分の体の向きをかえさせると、ゆっくり足をあやつって土手におろした。ゆるやかな傾斜の土手だが、慎重な歩みを心がける。


 首のない黒いマントの胴体が、長い両手でバランスをとり、おぼつかない足どりでおりてくる。草のまばらな土手の、川岸までの距離は40メートルほどか。


「いいぞ、まっすぐそのままだ」


 ジョンの目の前に、ばさばさとカラスが舞いおりた。体長30センチの大ガラスだ。漆黒のつばさをこれ見よがしに大きくひろげる。


「前が見えないじゃないか。どけよ、邪魔だって」


 カラスがバカにしたように、あーあーと鳴く。


「なにが、あーあーだ。どけって言ってんだろ。あっ、突っつくなよ。痛い、いたい。バカ、目を突っつくなって。こんちくしょう」


 ジョンが大口をあけ、長いあごをがくがく動かした。1歩しりぞいたカラスが、こんどはジョンの青黒い髪をついばみ、引っぱりだした。


「痛い、いたい。やめろよ、海藻じゃないんだ。抜けちまうだろ」


 ぐらり、と頭部をのせていた石が動いた。せせらぎの近さに、ジョンの危機感は高まった。自分がいるとおぼしき川べりに、長い歩幅で自分の足を速める。


 どたどたと足音をひびかせて、首のない体が近づいてきた。おどろいたカラスが飛びたった。「あっ」と足がもつれ、なにかにつまずいた。両手を前につきだした自分の胴体が、ジョンに倒れかかってくる。


 目の前に影がせまり、ジョンは目をみはった。ジョンの手が、ジョンの頭をはじいた。くるりと反転した視界に、川の流れがうつる。


 ――ぽちゃん。


 ジョンの頭は浮きつ沈みつ流されていった。荷馬車が横倒しになった川岸を通りすぎる。刈りとるはずだった魂はどこにも見当たらなかった。


 のろのろと立ちあがったジョンの体が、かなたの岸辺で途方にくれている。


 あ~あ、ひでえことになっちまった……。日差しの照りかえしがおどる水面を、ジョンの頭はくるくる流れていった。


                  *


 密生する水柳の枝葉をかきわけて、ランドは目指す支流を見つけた。


 川岸は、しなやかな枝からたれさがる青緑の葉におおわれている。湿気をおびた風に柳葉がいっせいにゆれ、支流の入り口を隠そうする。もと|森林監視員(レンジャー)のランドの目はごまかされなかった。


 18歳のランドは、半袖のチュニックに、はき古した革靴で湿地を進む。ベルトには短剣と矢筒を下げ、肩に複合弓(コンポジットボウ)を背負う。


 ランドのあとにはゴーラが続く。ゴーラは、岩の体に粘土の関節をもつゴーレムだ。つぶれた鼻に大きな口、愛嬌のある半月型の目をしている。身長155センチのごつい外見だが、まだ4歳になったばかりだ。


 ゴーラの頭に生えたコケの上に、身長20センチの女性がすわっている。彼女は翼と魔法で飛行する妖精のチビットだ。あまり飛ぼうとしないけれど。


 ランドとゴーラ、チビットの一行は、冒険者組合のあっせんした依頼をうけ、依頼人の水車小屋に向かっていた。


 柳の林をぬけると、むんとした暑さに汗がふきだした。8月にはいったばかりの暑さはきびしい。水場の水蒸気でむされるようだ。


 水流の先の木立のあいだに、二階建ての水車小屋がかいま見えた。水ぎわの小屋の赤茶色のレンガ塀では、直径2メートル半の水車が回転している。依頼人のシモンの住居にちがいない。


「今回は心霊がらみの依頼らしい。どうして、ぼくらが選ばれたんだろう」


 ランドはずっといだいていた疑問を口にした。


「そうね」とチビットが同意する。「あたしは魔法使いでゴーラは戦士、ランドは狩人なんだから、霊能力とは縁がないのよね」


「それは依頼人に会って、聞けばいいんだな」


 そうしよう、とランドは水車小屋のドアをたたいた。


 ドア口にあらわれたのは、白髪まじりの髪と口ひげの、粉にまみれた40代半ばの男性だった。革のジャーキンのボタンを胸もとで止め、膝たけのズボンに編み靴下、柳の木靴をはいている。


「あんたらは誰だい?」と、はたいたジャーキンから粉がまった。


 ランドは、冒険者組合から派遣された者だと話した。依頼人のシモンが深刻そうな表情でうなずき、ランドの一行を小屋に招じいれた。


 室内は、ごとんごとんと歯車と石臼の稼働する音にあふれていた。


 外の水車からのびる水平な軸の歯車に、垂直な軸の歯車がつながれ、大小のふたつの歯車の組みあわさった下で、小麦をひく石臼が回転している。これだけの機構を用いて製粉しているんだ、とランドは感心した。


「ここは大都市アベロンの領主ロメイン様の水車小屋だ」とシモンが説明した。


 水車の動力を利用すれば、穀物の脱穀や製粉などの労働力を大きく削減できる。その建造や整備、管理には莫大な費用がかかる。シモンは、領主からやとわれた粉ひき職人だという。


 ランドは、シモンの高価な編み靴下に視線をはしらせ、領主から相応の賃金をもらっているんだと推測した。依頼人には申しぶんない。


「依頼は心霊がらみだそうですが」とランドは切りだした。


「説明はやっかいなんだ。まずは助けてほしい患者をみてもらいたい」


 シモンの話に、ランドは依頼内容がいっそうわからなくなった。患者に必要なのは冒険者でも霊能者でもなく医者だろう。


「寝室に案内するよ」シモンが小屋の奥に歩きだした。


 複雑な歯車機構の向こうは、テーブルと椅子の置かれた居間になっている。シモンが、小麦粉の袋を積んだ壁のわきの階段を上がっていく。


 梁のむきだした低い天井の屋根裏部屋に出た。窓ぎわのベッドをつつむ陽だまりのなかに、10代の男性がひざまずいている。


 ベッドのうすいかけ布のなかには、男性と同じ年くらいの女性が横たわっていた。しき布に亜麻色の髪をちらし、うす青い瞳をまっすぐ天井に向けている。その瞳にはなにも映っていないようだ。


「おれの姪のフェリシアだ。2週間ずっと意識がもどらないんだ」


 心臓は動いている。呼吸もしている。意識を必要としない身体的機能は保たれている。しかし、呼びかけても返事はない。体をゆすっても反応しない。外からの刺激には無反応なのだという。


 ぶーんと飛んだチビットが、ベッドのヘッドボードにとまった。表情のないフェリシアの白い顔を、チビットがまじまじと見下ろしている。


 フェリシアの目の前にかがんだゴーラが、大口を顔いっぱいにひろげ、つぶれた鼻の穴をふくらませ、半月型の目をくるくる回した。


 チビットがヘッドボードでのけぞり、げらげらと笑いだした。


 ゴーラの変顔にも反応しない患者は重症だとランドは判断した。


「フェリシアさんの意識障害の原因はわかっているんですか」


「わからん。かかりつけ魔術師によれば、フェリシアは深い眠りについているという。魔術師の処方した栄養薬で、フェリシアの体力を維持している状態だ。栄養薬は高い。金の切れ目が、フェリシアの命の尽きるときでもある」


 うわあ、とベッドにひずまずく男性が泣きだした。


 彼は? とランドは問いかける視線をシモンになげた。


「フェリシアの婚約者のオベリスだ。アベロンに小麦粉をおろしている大商人の一人息子で、わしよりずっとふところぐあいはいい」


「ぼくは、いまは一文無しなんだ」オベリスが声をふるわせた。


 パン焼き職人の娘のフェリシアとオベリスは幼なじみだという。2人はいつしか恋仲になった。そんなオベリスに、小麦畑の大地主の娘との縁談が決まった。


「父さんの決定にはさからえないし、フェリシアをすてるわけにもいきません。彼女はぼくの子供を身ごもっていて、妊娠3か月だったんです」


 ランドは、昏睡状態のフェリシアに目をやった。かけ布におおわれた腹部の状態がどうなっているかはわからなかった。


「流産したよ」とシモンが口をいれた。「荷馬車で災害にあったんだ」


 大地主と商家の結びつきを強めたいオベリスの父が、息子とフェリシアの結婚をみとめるはずない。オベリスはフェリシアとの仲を隠しとおし、地主の娘との婚礼の1週間前、ついに駆けおちをはかった。


「アベロンの都市に逃げこむ途上で、この水車に流れる川ぞいの道で崖くずれにあい、乗っていた荷馬車ごと土手に転落したらしいんだ」


 親の反対をおしきった駆け落ちで、オベロンは勘当されたのだろうとランドは推測した。それで裕福だったオベロンは、『いまは一文無し』になったのだ。


 ランドは事故のいきさつをオベリスにたずねた。


「ぼくは、川べりに横転した御者台からはいだし、川の流れをたどって、フェリシアから聞いていた水車小屋に助けをもとめたらしいんです」


「らしい?」とランドはききかえした。


「ぼくは小屋の戸口で力尽きました。翌日には目覚めましたが、崖くずれにあってからの記憶がなくなっていたんです」


「それはこういう経緯だったんだ」とシモンが話をついだ。


 昼食を終えたシモンが、石臼をまわそうとしていたときだったという。


「かぼそいノックの音がした。石臼が稼働していたら聞こえなかったかもしれん。ドアを開けると、この若者がおれの胸にたおれかかってきた。彼がフェリシアの婚約者だと、おれは知らなかった」


 あんたは誰かときいても、オベリスは『フェリシア』と繰りかえすだけだった。


「おれは、姪の名前にハッとなった。なにがあったかと彼にたずねた」


 オベリスは、崖が崩落した場所を告げると、意識をうしなったという。


「事故現場に駆けつけると、なにがあったかは一目瞭然だったよ」


 崖の中心がえぐれ、くずれおちた土砂で道は遮断されていた。土手にまであふれた土砂の手前に、荷馬車が横倒しになり、1頭の馬車馬が死んでいたという。


「フェリシアは御者台の下敷きになっていたよ。わしはてっきりだめかと落胆した。フェリシアを台の下から助けだすと、かすかに息をしている。わしはおどろき、よろこんで、姪をかついでここまで運んできたんだ」


 フェリシアは一命をとりとめたが、それから意識がもどらないらしい。


 オベリスとフェリシアの不始末に、大地主の娘との結婚は破談になった。オベリスは実家を追いだされたと話した。


 フェリシアの両親はパン屋で、その大地主の畑の小麦を、パン粉の原料に使用していた。フェリシアの両親は村で肩身のせまい思いをしているという。そこで伯父のシモンが、フェリシアのかかりつけ魔術師の住むアベロンに近い水車小屋で姪をあずかる話になった。


 結婚は家と家のむすびつきだ。むすばれないオベリスとフェリシアは駆けおちし、アベロンで幸せをもとめた。そんな2人にさらなる不幸がおそった。ランドは気の毒に思う。けれど――。


「弓の使い手のぼくは、患者のためになにをしたらいいんですか」


「そこで霊能者の出番なんだ」とシモンがこぶしを打ちあわせた。


 話が見えてこない。ぼくは『弓の使い手』と言ったはずだ。


「わしの兄のゲールは霊媒師だ」とシモンが続ける。


 粉ひき職人の家に生まれたゲールは、親の職業を継がず、霊魂を呼びもどす妖術に没頭した。そんないかがわしい研究にふけるゲールは勘当された。いまではアベロンで霊媒師の名をはせているという。


「フェリシアの魂は深い眠りにおちいり、いまの状態になったという診断だ。死者の魂を呼びもどせるゲールなら、生者の魂を目覚めさせるのもたやすいだろう」


「では、あなたのお兄さんに頼んでください」


「まあ、待て」とシモンがランドを引きとめた。「そのゲールなんだが、先週の日曜の降霊会を最後に行方不明になった。今回の依頼というのは、そのゲールを見つけだしてほしいんだ」


 なるほど、とランドはようやく自分の任務を了解した。



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